【完結】俺の好きな人は誰にでも優しい。

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恋愛が組み込まれていない人生

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 ヒューゴが実家にやって来てから、早くも3日が過ぎた。猛吹雪は1日でさすがにその勢いを弱めたものの、空から落ちてくる雪はその後も続き、今日になってやっと小降りと言えるくらいになった。
 白に閉ざされた景色の中、俺たちは家の周囲や屋根に積もった雪を、息を白くしながら必死に掻き出していた。
 その作業において、ヒューゴは驚くほどの力を発揮した。黙々と雪を退けるその姿は頼もしく、結果として彼がこんな場所まで来てくれたことに感謝するほかない。

 彼は案外心配性なのか、ただ俺の首にマフラーをぐるぐる巻きにする作業が好きなだけなのか、とにかく俺の首元を温めようとする。
 暖炉がついている家の中でも服の襟を上に上げようとするのだから、意味が分からない。家の中を移動するときはなぜか俺の隣ではなく、後ろに立とうとするのだからこれまた意味が分からない。
 しかし元から変人のきらいがある男だ。どうせ言っても言うことを聞くはずもないし、好きにさせている。
 毎日後ろから抱きつかれて、俺の体を温めようとする彼より早く眠るという日課にも順応してきた今日この頃。

 日付はとうに学園が年末年始休暇に入っている頃で、大晦日まで数日しかない。大晦日は、年越しパーティーが開かれる日でもある。俺は暦を確認するたびに"31日"の文字から意識的に視線を逸らしてしまう。
 フィリオン様とエヴァドネ様との昼食の席で、彼らは当たり前のように俺を家令としてそばに置くことを強調していた。注目され、顰蹙を買うことを恐れる俺を頷かせた手腕は見事だったと言うしかない。
 しかしそんな話も無駄だったな、と雪掻きをしながら哀愁の漂うため息を吐く。俺は学園に残らず、入学してから初めて年越しパーティーには参加しないのだから。

 フィリオン様とエヴァドネ様が並んで踊る姿は、きっと息をのむほど美しいに違いない。
 まるで最初から結ばれる運命だったかのように、互いの輪郭が溶け合い、ひと目でお似合いだとわかる2人が、パーティーの中心に立つのだろう。
 その光景を間近で見ずに済んだことに、ほっとする自分がいる。それでも同時に、少しくらいは見てみたかった、という思いが胸の奥で静かにせめぎ合っていた。
 好きになった人が、華美な服装に包まれて美しい場所で踊る姿を目に焼き付けて、それを最後の思い出としたならば、この恋にも終止符が打てそうな気がしたから。
 そんなことをぼんやりと考えながら雪掻きをしていたせいか、俺は注意力が散漫になっていた。

「おい…!上!」
「…え?」

 同じく雪掻きをしていたヒューゴの焦ったような鋭い声に弾かれるように顔を上げた。
 次の瞬間、屋根から滑り落ちたのだろう、巨大な雪の塊が視界を覆い尽くす。潰される、そう思った途端、俺は反射的にきつく目を閉じた。

 だが、いつまで待っても冷たい衝撃は訪れない。代わりに、頬を切り裂くような風が走り、同時に強く抱き寄せられる感触が伝わってきた。
 誰かの腕の中で、俺はただ息を詰めたまま、その一瞬をやり過ごしたあと、恐る恐る目を開ける。
 雪の塊は俺の足元にあり、彼に助けられたことで難を逃れたことを察した。

「なにやってんだバカ!あぶねぇだろーが!」

 お礼を言おうと口を開こうとしたところで、容赦のない怒声が耳元で弾ける。キーンと鼓膜が痺れるが、俺の落ち度なことは明らかであるため、すんなりとその声を受け入れた。

「…ごめん。助けてくれてありがとう」
「雪掻きしながらボーッとしてんじゃねぇ!ただの雪の塊でも屋根から落ちてきたら立派な凶器になることくらい、分かってんだろーが!直撃してバカなあんたの頭がもっとバカになったらどーすんだ!」
「なっ…た、確かにぼんやりしてた俺が悪いし助けてくれたことは感謝してるけど!バカバカ言わないでよ!自分がバカなことくらい、よく分かってるってば!」
「ならバカなあんたは家ん中に入ってバカな脳細胞を温めておけ!少しはマシになっかもだろ」
「…っ!うるさい!後は任せたから!」

 売り言葉に買い言葉で、俺は苛立ちに任せてスコップを雪の中に放り投げるとそのまま家の中に入る。頭についた雪を手でわしゃわしゃと振り払い、イライラとする感情を必死に外に逃がす。

「ちびランラン、大丈夫か?なんか騒いでる声が聞こえたが」
「…大丈夫!俺はちょっと疲れたから休憩」
「そうしろ。働かせすぎてて悪いな。雪が止めば頼んでおいた魚介類が届くはずだし、御馳走を食べながら年越ししような」
「うん!楽しみだなぁ」

 ヒューゴの言葉にカチンときていた心が、ピカピカの魚介類を思い浮かべるだけで浄化されていく。助けてくれたのにちょっと言いすぎたかな、と少し反省する気持ちが沸き上がり、温かいお茶を彼に届けようと思い直す。
 長兄は体調の優れない兄嫁の看病をするために家の中にいたが、次兄は家の裏手にある水道管が雪で凍ったため、それを解消するための作業をしている。
 ヒューゴと次兄の分のお茶を用意して手袋をはめた手に持ち、距離が近いヒューゴから渡しに行こうと玄関を出ると。

「見ない顔だけど、ここの店の新人?かっこいいわね、あなた!」
「……」

 ヒューゴが、見知った女の子に声をかけられていた。女の子と言っても15歳くらいで、学校には通わず家の手伝いを活発にしている子だ。

「ねぇ、名前くらい教えてもらえない?私、すぐそこのパン屋の娘よ」
「……」
「ここの商人家の人たちとは昔から顔馴染みだから怪しい者でもないわ!末っ子のロランとはよく遊んでたもの」
「……」

 しばらく見ないうちにまた大きくなったなぁ、という感慨深い気持ちと、あんな見るからに野蛮で怪しそうな男に自分から声をかけれるほど女性としての自信をつけたのかという驚きが混ざる。
 一生懸命ヒューゴに話しかけるも、彼は無表情でせっせと雪掻きをしていて相手に視線の一つも送ろうとしない。

「ねぇ、私が焼いたパンをあげるから、うちに…」
「うぜぇ」

 真っ赤な手袋に包まれた彼女の手がヒューゴの腕に触れようと伸ばされたとき、彼はバシッとその手を叩いて強い拒絶を示した。その鋭さに、彼女と同じく俺も驚きで目を見開く。

「ガキには興味ねぇ。失せろ」

 その声とその言葉は、あまりにも冷たかった。周囲を覆う雪よりも、吹きつける風よりもなお低い温度を宿しているように思えた。
 彼は、なんだかんだ言っても遊び人と呼ばれる男だ。女の扱い方も心得ていて、不器用なりにも相手を傷つけない断り方をするのだろう――そう思い込んでいた。
 だが、現実は違った。ここまで容赦なく、感情を削ぎ落とした拒絶があるとは、想像もしていなかった。

 パン屋の娘はそこそこ可愛い顔をしている。これまでこんなふうに冷たくあしらわれたことなどないはずだ。唖然としたあと涙目になった彼女は、唇を噛んで背を向けて走り去って行く。
 その後ろ姿にすら興味がないと言わんばかりに、彼は雪掻きを再開しようとして、呆然と突っ立っている俺に気付くとどこか気まずそうに近付いてきた。

「…んだよ、詫びのお茶か?」
「まぁ…そんなところだけど…今の子…」
「あ?見てたのか。あんなガキ、相手にしてられっかよ。あんた、あのガキと親しいのか?遊んでやってたんだって?何して遊んでたんだよ?」
「え…?いや、普通に雪合戦とか鬼ごっことかだけど…」
「ふーん?アイツに惚れてるからあんたは男しか無理だと思ってたが、女もイケるたちか?」
「なっ、そ、それは分からないけど…ってかそんなことはどうでもいい!ヒューゴっていつもあんなに女性に対して冷たいの?それともあの子が誰かのものでもなく幼いから?」

 自分に本気になりそうな相手を選ばないために、人の彼女ばかりを相手にしてきたような男だ。他人のものでなければ、あんなにも削げなく扱うのだろうか。

「あー?女なんてあれくらいの態度で十分だろ。冷たくしても遊ばれるのが目的のやつは食い下がってくるしな。そういう女の方が後腐れなくていい。今みたいに泣くような女は遊びと本気の境界線が曖昧になるからぜってぇ相手にしねぇわ」
「……ヒューゴって人に優しくしたこと、ある?」
「いつもあんたに優しくしてやってんじゃねーか。こんなとこであんたの分まで雪掻きしてやってんだぞ?曲がりなりにも貴族のオレが」
「いや、それはそうなんだけど…聞き方を変えるね。今まで女性に優しくしたことある?…お義姉さん以外で」
「んなことあるわけねーだろ。女に優しくなんかしてみろ。惚れられたら面倒だし、何よりも……姉貴のような女を作るなんてごめんだ」

 その声に、かすかな悲痛さが滲んだような気がして、俺はようやく自分が無神経な問いを投げてしまったのだと気づいた。
 胸の奥に罪悪感が広がり、言葉を探す代わりに、俺は黙って湯気の立つ湯呑みを差し出す。
 彼はぶっきらぼうにそれを受け取りながらも、短く礼を口にした。その所作に、俺は思わず――なんだかんだ言って優しい男なのだ、と感じてしまう。
 だが、その優しさが俺にだけ向けられたものなのではないか、という考えが頭をよぎった瞬間、俺は大きく頭を振ってその思考を追い払った。
 そんな都合のいい解釈に、縋るべきではないと自分に言い聞かせながら。それは彼の次の言葉で、正しいと証明される。

「オレは恋だの愛だのなんつーもんに、自分の内側を支配されるような愚か者にはならねぇからな。人に優しくする理由なんざ、ねぇってことだ」
「…俺にはそこそこ優しいのに?」
「あんたは……別枠。オレたちはもう共犯者みてぇなもんだからな。アイツへの恋心と復讐心をそれぞれ捨てようと決めた仲。一蓮托生っつーわけ」

 彼の特別だと言われているみたいで、複雑な気持ちになる。
 この男は、恋に狂って破滅した姉のようには絶対になりたくないのだ。誰かに心を預けて信頼して、裏切られるのが怖いのだ。大切なものをもう一度、失いたくないのだ。

「…勝手に決めるな、ばか」
「あー?今さらオレから逃げようだなんて、無駄だからな。オレはあんたをここまで追ってきたんだ。どこまででも追いかけてやんよ」
「何のために?俺をからかうのが楽しいから?」
「まぁ、それもあるし、恋愛に縛られる人生なんてバカらしいとあんたも気付き始めただろ?恋なんてもうこりごりだろ?だからオレと恋愛なんて組み込まれていない人生を一緒に楽しもうぜ。恋を捨てたあんたとなら、それが出来そうだしおもしろそーだろ?」

 ――恋愛が、組み込まれていない人生。誰かに心を奪われ、縛られることのない生き方。それは確かに、俺を強く誘惑する響きを持っていた。
 にやりと犬歯を覗かせ、白い息を吐きながら笑う男。その表情を見ていると、この男となら、まだ見ぬ楽しい景色をいくつも見られるような気がしてくる。

 胸の奥にわずかに残った違和感にはあえて視線を向けず、俺はそっと見て見ぬふりをして、彼に曖昧な笑みを向けた。
 いつの間にか、雪は、完全に止んでいた。近付いてきている不穏な足音は、まだ、聞こえていなかった。


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