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不穏な足音が実家に到着
しおりを挟む実家に大きな爆弾が落とされたのは、その日の夜だった。
そろそろ寝支度を始めようかという時間帯で、雪もようやく止み、静けさを取り戻した夜にこのまま眠れるのだと、胸を撫で下ろした――その矢先。
閉ざされた扉を打ち据える、金属の乾いた音が唐突に響いた。静寂を切り裂くその一撃に、家の空気が一変する。
一足先に眠った兄嫁とは別に兄たちにおやすみの挨拶をして、これから自分の部屋に入ろうとしていた足が止まる。後ろにいたヒューゴも、同様に怪訝な顔をして俺と視線を合わせた。
「誰だ、こんな時間に。来客の予定でもあったのか?」
「いや、そんなものあったなら前もって教えてくれるはずだけど…俺、ちょっと見てくる」
「オレも行く。盗賊だったらあぶねぇからな。ま、律儀にノックをする盗賊なんていねーけどよ」
そんな会話をしながら2階から1階へと降り、店がある隣の廊下を進んで玄関へと向かう。後ろから兄たちの声と気配もついてきて、彼らの不思議そうな声から、やはり唐突の訪問者のようだ。
夜の寒さに冷えきった玄関でぶるりと身を震わせながら、俺は扉の先にいるであろう人物に聞こえるように、声を張り上げた。
「どちら様ですか?今日の商売はもう終えてまして…」
「――ロラン、私だよ。君を迎えにきた」
その声が耳に届いた瞬間、時間が凍りついたかのような錯覚に囚われた。
叩きつけられた衝撃の大きさに、思考は一気に白く塗り潰され、何一つ反応を返すことができない。
言葉を失ったまま立ち尽くす俺の横で、空気を一変させたのは――ヒューゴだった。
「あ?帰れ、クソ野郎。まだ休暇中だろーが。コイツは休暇明けまでこの家にいんだよ」
「……やはり、お前もいたんだね。ロラン、この迷惑男に付きまとわれて大変だっただろう?私が解放してあげるから、ここを開けてもらえるかい?結構な寒さで、凍えそうなんだ」
「す、すぐに開けます!」
「…っおい!」
フィリオン様が実家の前にいて、寒さの中で震えている。その事実だけで俺の体は自然と次の動きを取っていた。
止めようとするヒューゴの腕を振り払い、鍵を開けて木製の扉を開ける。夜を背負うように立つ彼は、薄く笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
それはこれまでに見てきたどんな穏やかな微笑よりも、底知れず不穏で、喉に刃を当てられたような冷えを伴う笑みだった。
月明かりに照らされた仮面がひび割れたような笑いに、全身を絡め取られたかのように動けない。瞬きをすることすら、その笑みに奪われていた。
「もう学園内の害虫は駆除し終わったから迎えに来たよ。そこの害虫はここに置いて、私と共に帰ろう」
差し出された手のひらは、青白く、ひと目でわかるほど冷えきっていた。
招いているように見えながら、その実、すでに俺の手をがっしりと掴んでいるかのような錯覚を覚える。
その掌からは、否を許さぬ覇気と圧が滲み出ていた。これまで感じたことのないほどの怒りが彼から伝わり、俺は思わず一歩、後ろへと後ずさった。
「君は私の家令になるのだから、私の言うことを聞けるよね?逆らうことは、しないよね?」
「その目は節穴か?どう見ても拒んでんじゃねーか。コイツはあんたとは帰んねーよ。オレや家族とここで過ごしてーってよ」
「お前はちょっと黙ってろ。私はロランに話しかけているんだ。ロラン、黙っていないで答えなさい。君は私の家令になると約束したよね?私から逃げるつもりかい?」
「そ、っそんなことは、ありません…!フィリオン様の家令になれるなんて身に余る僥倖なことですから…!ただ、まだ学園には…」
「年越しパーティーまでに戻らなければいけないだろう?お兄さんの体調も大したことがなかったのなら、学園に戻ろう。君も私と初めて過ごせるパーティーを楽しみにしていたはずだ」
フィリオン様の言葉を聞いてピンと来た。彼がこんなところまでわざわざ俺を迎えに来た理由。
きっと、エヴァドネ様のためだ。もしくは彼女が俺をパーティーまでに連れ戻すよう、命じたのかもしれない。
俺がフィリオン様の家令になるのだと、パーティーで周囲に知らしめようと意見が合致していた2人。俺がいなければその計画も破綻する。
もしここで俺がフィリオン様の言葉を拒否するということは、エヴァドネ様を拒否することと同義だ。それでは、フィリオン様が彼女から責められ、婚約話に亀裂がはいるかもしれない。
そう考えた俺は、覚悟を決めて後ずさった一歩を取り戻した。
「…分かりました。すぐに学園に帰る準備をしてきます」
「はぁ?なに言ってんだよ!コイツの言いなりになるつもりか!?」
「ヒューゴはしばらく兄たちの手伝いをしてあげてほしい。お礼はまた今度するから。俺は先に学園に戻ってるよ」
「ふざけんな!あんたが戻るならオレもここにいる意味はねぇ!着いてくに決まってんだろ!」
「お前が乗る馬車はない。学園に戻りたいなら自分で馬車を手配しろ。…ロラン、良かった。さすがは私の家令になる子だね。早く準備しておいで」
「あ、その間…狭いですけど、居間でお待ちください。暖炉は消したばかりでまだ部屋の中は温かいので」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
「…クソが!」
苛立ちを吐き出したヒューゴに申し訳ないと思いつつも、階段の下で俺たちの様子を見守っていた兄たちに事情を説明してフィリオン様を居間に案内してもらう。
兄たちは彼が伯爵令息だと分かるや否や、商売人の顔をしてフィリオン様を迎え入れた。
俺はそのすきに部屋に戻り、素早く身支度を整える。もともと持って帰ってきたものは少ない。すぐに鞄一つに荷物をまとめて手に持ち、居間に行こうとしたが、俺を鋭く睨み付けるヒューゴに行く先を阻まれた。
「マジでアイツと帰るつもりかよ?どーせあんたを迎えに来たのも、あんたを気に入ってる婚約者候補のためだろーが。自分からまた利用されに行くのか?それともなんだ、まだアイツのことが…好きだからか?」
「…そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにせよ、俺にフィリオン様の命令を断ることは出来ない。こんなところまで迎えに来て頂いて、とんぼ返りさせるわけにはいかないもの」
「勝手に来やがったんだぞ?あんたがアイツの我が儘に付き合う必要なんかねーよ」
「俺が帰らなければたぶんフィリオン様はいつまででもここに居座ると思う。彼をこんな平民の家に寝泊まりさせるわけにはいかないし、パーティーの準備もあるだろうからなるべく早く学園に戻らないと」
「ハッ!オレも同じ貴族だが、平民の家に居座るのはオレはお似合いで、アイツは不似合いなわけね。――勝手にしろ」
「…本当にごめん。また学園でね」
冷たい視線で突き放され、まるで匙を投げられたかのような感覚が胸に残った。その痛みを押さえるように胸に手を当て、俺は彼の脇をすり抜け、重たい足取りで居間へ向かう。
扉を越えた瞬間、そこにはまるで別世界が広がっていた。フィリオン様と兄たちは和やかな笑みを交わし、穏やかな声で談笑している。
その緩みきった空気が、つい先ほどまでの冷え切った会話とあまりにもかけ離れていて、俺は思わず立ち尽くした。そんな俺に気づいた次兄が声を上げる。
「ロラたん!なんで伯爵家の家令になるなんて大事な報告をしてくれなかったの!?凄いじゃないか!さすがは僕たちのロラたんだね!」
「家令を目指すとは言っていたが、まさか伯爵家のご子息に気に入られているとは鼻が高いぞ。こんな場所までちびランランを心配してわざわざ迎えに来て下さるほどお優しい方の家令になれるなんて、素晴らしいことだ」
「ロランを溺愛するお兄様方が立派に彼を育てて下さったおかげです。彼ほど私の家令にふさわしい子はいないですよ。学園を卒業した暁には、ぜひこちらの商品も購入させて頂きます。品質が良ければ業務提携も考えたいと思ってますので」
「そ、それはぜひ…!うちの品はすべて品質に強いこだわりを持っておりますから!ご縁がなくて貴族の方たちに手を取って頂く機会がなかっただけで、一度使って頂ければきっと気に入るはずです」
「モララスの言う通りです。今後とも、ロラン共々、我が家をよろしくお願い致します」
「こちらこそ大切な末弟さんを大切に預からせて頂きますのでご安心下さい」
俺の知らないところで、俺の知らない話が進んでいる。彼らの会話を聞いて"外堀から埋める"とはこういうことを言うのかな、なんてぼんやりと考えた。
また雪の予報が続くため、降り始める前に出発しようというフィリオン様の声で俺は兄たちに別れを告げて実家を出る。最後は兄嫁とヒューゴの顔を見れなくて残念だったが、仕方がないと割りきるしかない。
馬車の中は温かく、学園のものではなく伯爵家仕様のものであることに気付く。長時間の移動でも腰が痛くならないふかふかの椅子に座ると、馬車はゆっくりと動き出した。
久しぶりにフィリオン様と密室の中でふたりきり。
学園に到着するまでのあいだ、彼に何を言われるのだろうかという緊張感が、早速俺に襲いかかろうとしていた。
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