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エピローグ
しおりを挟む誰しも、一度や二度は聞かれたことがあるだろう。
「好きなタイプは?」
知り合ったばかりの人間と仲を深める取っ掛かりとして。友人と他愛もない話の一部として。
そしてそのたびに一番多く答えられているのは、間違いなくこれだろう。
「優しい人」
俺はそんな理想の「優しい人」に出会い、彼に3年間、恋をした。しかし彼はただの「優しい人」ではなく、「"誰にでも"優しい人」だった。
初めての恋は、俺に恋の正体を教えた。
それは甘やかな夢ではなかった。むしろ逆だ。
胸の奥に沈めていたはずの嫉妬や醜さ、目を逸らしてきた愚かさや哀れさ――そんなものを容赦なく引きずり出し、白日の下に晒す残酷な光だった。
誰にでも優しく微笑む彼を見るたび、胸の内側がじりじりと焼けた。
喉の奥が熱くなり、噛みしめた唇の内側に滲む鉄の味で、ようやく自分を保つ。
どうして俺だけじゃない。
どうしてあいつにも、その笑顔を向ける。
そんな醜い独占欲に支配されながら、それでも、捨てられなかった。
たとえこの想いが俺を歪ませようと、初めて芽吹いた恋を手放すことは出来なかった。
だが。
そんな俺の前に、ヒューゴは現れた。
まるで暗闇を裂く閃光のように。
目を逸らすことも許さない強烈な光と、燃え上がる夕焼けを閉じ込めたような色をまとって。
近づくだけで心臓が跳ねる。触れられれば思考が白く弾ける。
彼の放つ衝撃は、ただ眩しいだけではなく、根を張るように深く俺の内側へと入り込んでいった。
動揺。困惑。苛立ち。
そして――抗いきれない吸引力。
気づいたときにはもう遅かった。俺の心の奥に、新しい芽が植え付けられていた。
それは密やかに、しかし確実に育っていった。
否定しようとするほど、強く。
見ないふりをするほど、深く。
やがてそれは、固く閉じた蕾となり、内側から胸を押し広げる。そして、今。
俺の心には、新たな恋の花が咲き誇っている。
最初の恋が教えてくれた痛みも、醜さも、全部抱えたまま。それでもなお、美しく、どうしようもなく。燃えるように。
「ぼ、僕は許しません!!!絶対に絶対の絶対に、ロラたんと生意気クソガキ野郎の交際など、認めません!!!医学科に転科は凄いけど、こんな野郎の助手になどさせません!!!」
「俺もだ、絶対に認めない!ちびランランはこいつに騙されてるだけだ。そうだろう?」
「……ヴィスにぃ、ラスにぃ。ふたりに認められなくても別にいいよ。俺は好きにするから」
「ロラたん!?」
「ち、ちびランラン……」
「くくくッ……やるじゃねぇか、ロランちゃん」
たとえ、誰に反対されても。たとえ、誰にも認められなくても。たとえ、祝福の言葉ひとつ与えられなくても。
それでも俺は、ヒューゴの隣を歩いていきたい。
彼の背に刻まれた重い過去と、消えない傷跡。
俺の胸に残る、苦い初恋と拭いきれない贖罪。
どちらもなかったことには出来ない。綺麗に消える日も、きっと来ない。
それでもいい。
なだらかな陽だまりの道も、足場の悪い険しい坂も、ふたりで並んで進めるなら、それでいい。
「わりぃけど、ロランちゃんはオレがもらってくんで。これから長い付き合いになっから、よろしくな。オニイサン?」
「こ、こんの泥棒猫……!!!」
「今度こそ煙突に突っ込むぞ」
「ヒューゴも煽んないでよ……」
人は、見えている面だけが、その人のすべてではない。自分が見ている一面の裏では、全くの一面を併せ持つ。それが、人間だ。
そしてそれは、恋も同じだ。
胸をときめかせ、幸せな気持ちをもたらす一方、暗く淀んだ、自分自身ですら知らなかった感情を浮き彫りにさせる。
もしかしたら、俺はまだ、恋の全貌を知らないかもしれない。
これから先、これまでよりももっと深く、もっと息が詰まるような感情に呑まれるのかもしれない。
愛するということは、きっと優しさだけじゃない。執着も、嫉妬も、弱さも、全部ひっくるめて抱える覚悟なのだろう。
それでも。たとえ未来がどれほど苦しいと分かっていたとしても、ヒューゴの手を離すことだけは、したくない。
「んじゃ、それだけを報告に来たから、もう帰るわ」
「はぁ!?!?嘘でしょ!?!?」
「ちょっ、待て!ちびランラン!」
「ヒューゴ!?~~あぁ、もう!にぃにたち、ごめん!また夏に帰ってくるから!あ!姪っ子の名前は、ナディアね!希望の意味を込めて!」
「あら、いい名前。ありがとうロラン!気をつけて帰るのよ!次来るときには、可愛い姪っ子と一緒に出迎えるわ!」
「ありがとう!またね!」
「そんな……っ…ロラたん――…!!!」
「あぁ……愛おしいちびランランが…盗賊に拐われた……」
傲岸不遜で、ぶっきらぼうで、不器用で、子供みたいに嫉妬深い人。俺以外には冷たく、優しくない人。
それでも――いや、だからこそ。
「盗賊じゃねぇ!オレはロランちゃんの恋人だっつーの!」
彼は、俺の好きな人だから。
差し出された大きな手を、今度は俺の方から強く握り返す。離さないと、言葉にしなくても伝わるように。
その指先のぬくもりを確かめながら、俺たちは、これからも歩いていく。
「くはッ!逃走成功だな!」
「もう!こんなの聞いてないんだけど!?」
「言ってなかったしな」
「どこ行くつもり!?」
「南だ。約束しただろ?ここよりあったけぇ春の場所で、ゆっくり過ごそうぜ」
「……来年の話かと思ってた」
「もちろん来年の冬も行く。その次も、何年後も、何十年後も……ずっと。オレはどこまでも、あんたを連れ去ってやるよ」
「……ばか」
祝福のない空の下でも。
嵐の夜でも。
それでも確かに、ふたりで。
「そんなオレを……?」
「うっ、あ、ぁ、あ、あい、してる…っ!」
「―――オレも、すんげぇ愛してる」
物語は終わらない。
このキスは、次の一歩が始まる合図だ。
なぜなら。
俺の好きな人は"俺にだけ"優しい。
END.
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