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Undeadman meets Vampiregirl

娼館街にて

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 そんなわけで、只今俺は娼館街に来ております。
 ほぼ裸の格好をした女達が、香を焚きながら客引きをする姿が散見される中をのんびりと歩く。
 やー、青少年の目に毒だねー。

「あらビットちゃぁん?これからどぉ?」

「残念、先約アリだ。金次第で可愛がってやるから精々稼げよー」

「やぁん、じゃあ頑張るわぁ」

 娼婦の一人が猫撫で声で擦り寄ってきたので尻を撫でて追い返す。
 因みにあの女は、自分や客にヤバいモノをキメてるらしいので仕事を受ける気はない、ただのリップ・サービスだ。
 娼婦相手のこの仕事だが、後先考えない頭の軽い女は相手にしない。
 俺のささやかなプライドである。
 話しかけて来る娼婦たちに適当に挨拶しながら、俺は娼館街で一番大きな建物の前に到着した。
 この界隈を仕切っている元締めに顔出しだ。

「よーす。ババア居るか?」

「黙んな若作りジジイ。居るよ」

 ドアを開けて軽口を叩くと、奥から艶のある声の買い言葉が返ってくる。
 地面から一段高く作られた床に畳が敷かれた奥には、どう見ても20代半ばにしか見えない白い肌に黒髪の女が煙管を咥え、しな・・を作って座っていた。
 紅の引かれた唇も、目元の泣き黒子も、着崩した服の隙間から覗く肢体も、どれもこれもが扇情的で情動を揺さぶる。
 相変わらずの若作りババアだ。

「若作りジジイはねぇだろギン。これでも精神年齢は18だぜ?」

「戯言吐くなら仕事回してやんないよ」

「ごめんなさい」

 靴を脱いで床に上がり、減らず口を叩くとそう切り返されて土下座する。
 女はそれを横目にふっと煙を吐き出した。
 ギン・ヴィレ。
 元娼婦にして娼館街の女達を纏め上げる元締め。
 嘗ては高級娼婦としてこの街の全ての男の憧れであったが、現在では娼館街の全てを支配する女傑である。
 因みに、この若作りババア、俺が初めて会った時から一切歳食っていない。
 不死者の俺が言うのもアレだが、このババアは男から若さを吸い上げているのではないかと疑っていたりする。

「………どうやら、一度本気で灸を据えにゃならんかね?」

「あら、顔に出てた?」

 いかんいかん、ポーカーフェイスポーカーフェイス。
 俺が二枚目を気取るとギンは呆れ顔で目を細めた。

「あんたは、いつまでたっても変わらんね」

「まぁな。不死人おれはそういう生き物だからよ」

 カン、と煙管から灰を落とし、新しい煙草を詰める。

「……で、今日は誰だい?」

「カイだ。前金貰った」

 指先から魔法で火を灯して煙管に点けながら『またかい』とギンがごちた。

「あの子にゃもっと稼いで貰わないとならんのだけどねぇ。そら」

「どーも。………ぷふっ。……お前の直弟子って点を踏まえると、あいつは十分やってると思うぜ?」

 煙管を寄越されたので、それを一飲みしながらカイへのフォローを掛ける。
 カイはギンが手塩にかけて育てた女だ、稼いで貰いたいという気持ちは分からんでもない。
 ……が、お前人の事どうこう言えんだろ。

「お前が現役の頃はもっと酷かった記憶があるな」

「……ぐっ、痛いところを」

 ギンが渋い顔で僅かにたじろいだ。
 コイツの娼婦時代は夜は仕事、昼は俺と毎日体を重ねるなんてザラだった。
 明らかに持て余し過ぎである。

「手管が巧すぎんのも考えものだな。女ってなぁ怖い怖い」

「喧しいっ!あたしもまだまだ青かったんさね!」

 俺がケラケラ笑うと、ギンは顔を真っ赤にして怒鳴った。
 こういう所は変わらんね。
 思い起こせば、俺がこの仕事を始めたのは、ギンに俺の手技を見出されたからだ。
 俺がコイツの欲求不満を解消している内に、他の娼婦達からも金を積まれて解消してやる様になった。
 そういった経緯もあって、現在ではギンが取り締まっている娼婦達のケアを俺が請け負っているというわけだ。

「ったく……カイなら上に居るよ。あたしに顔出すって知ってて居座ってたんだろうけど」

「はいよ。………覗くなよ?」

「いいからさっさと行けっ!!」

 キーッと威嚇されたのでさっさと退散。
 バタバタと慌ただしく二階に上がった。




 二階の一番奥の部屋に入ると、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
 娼婦達に古くから伝わる、男を昂らせる香の匂いだ。
 奥のベッドの上には、娼婦着ベビードール姿のカイが寝そべって俺を待っていた。

「待たせた。今日はどんな趣向で?」

「今日は、普通に抱いて?」

 おや、コイツが普通のケアを求めるとは珍しい。

「なんだ、いつもは女装だの、緊縛だの、普段出来ないプレイばっかりなクセに」

「いいじゃない、たまにはこういうのも燃えるものよ?」

 そう言ってカイは起き上がり、ベッドから降りて娼婦着に手を掛ける。
 ぱさりと布が落ち、生まれたままの姿を俺の目の前に晒した。

「……ま、一理あるな」

 カイの言葉に頷いて俺は彼女を押し倒した。

「いただきます」

「フフフ…どっちのセリフかしらね?」

 楽しめるんならどっちだっていい。
 そのまま俺とカイは、一時の享楽に身を任せた。





「…………ぷふー」

 裸になっている俺はカイの横に寝そべって紙巻煙草に火を点け、煙を吐き出す。
 カイの体は最高だった。
 流石はギンに認められた一番弟子といった所か。
 これで金が貰えるんだからこの仕事はやめられない。
 ………うん、分かってる。金もらって女抱けるなんて刺されろって言われるのは分かってる。
 だが、これしか俺が金を得る手段は無いのだから仕方ないだろうが。

「………どうしたの?不機嫌そうな顔」

「………なんでも」

 不貞腐れているを察してカイが俺の頭を軽く撫でた。
 黒と白が入り混じった髪を梳かれて少し気持ちいい。
 相変わらず男が弱っているのを察するいい女だ。

「………サンキュな」

「どういたしまして」

 枕元の灰皿に煙草を押し付け、起き上がる。

「もう帰るの?ゆっくりすればいいのに」

「あんまり遅いとレイラちゃんに怒られる。悪いな」

 俺の言葉にカイは少し不服そうな顔をした。

「あら、女の前で他の女の子の話はタブーよ?」

「お前がンなタマかよ」

 服を着ながらクツクツと笑って皮肉ると、カイもまたクスクスと笑う。
 俺達が突き詰めれば、カラダとカネだけの関係だと分かっているからこそ出来るやりとりだ。
 俺もカイもそれ以上踏み込むつもりはない。

「じゃ、はいこれ」

「ん?…っと」

 唐突に何かを投げられ、咄嗟に受け取る。
 投げられたのは革袋、じゃら、と決して少なくない量が入っている音がした。

「……おいおい、ちゃんと報酬は前払いで貰ってたろ?」

「愉しませてくれた追加報酬よ。………それと、香水の匂いをぷんぷんさせて帰るんだから、何か贈って取り繕う位しなさいな」

 珍しく真剣な顔でカイが俺の顔を指さす。
 同じ女で思う所があるのだろう、フォローはちゃんとしろと言いたいらしい。
 ………うん、まあ、今回はお言葉に甘えておくとしよう。

「ありがと。正直、助かる」

「宜しい。次はもっとサービスしてね?」

 俺の礼に、にっこりと最上級の笑顔で答えるカイ。
 ………仕事に手ぇ抜いてた事にしっかりと釘を刺していきやがった。やっぱコイツギンの弟子だわ。






 娼館を出てぶらぶらと夜道を歩く。
 他の娼館も殆ど明かりが落ちて、道を照らすのは街灯と月だけだ。

「…ん~…何を買うかね…」

 明日レイラちゃんに何を贈ろうか思案中のこと。

「……ッ!?がっ!」

 突如襟首を掴まれ、路地裏に引きずり込まれた。
 あまりに突然な出来事に一瞬思考が停止する。

「……な、誰っ…!」

「黙れ」

「ぐっ…!?」

 容赦無く首を締め付けられる。
 薄暗い視界には、武装した数人の男がニヤニヤと笑って俺を見下ろしていた。
 どう見ても冒険者のパーティだ。だが装備の質はあまり良くない。

「テメェ、娼館街の元締めの屋敷から出てきたよな?」

「…!」

 男の一人が俺の胸を踏みつけながらそう問う。
 ………ああ、そういうことか。

「テメェが不死人だって事は知ってるぜぇ?娼婦からいい思いしてカネも貰ってるって事もだ」

 つまりこいつらは。

「いい女抱いてカネまで貰ってるんだ。俺達におこぼれをくれたっていいだろ?」

 俺から金を巻き上げようって魂胆か。
 ……あーあ、ツイてねぇな。例えるならブタとフルハウス。
 俺の心情を他所に、男共は俺の懐からカイに貰った小遣いを抜き取った。

「……へぇ!結構貰ってるんだな!」

 中に入っていた銀貨を見て連中は歓声を上げる。
 ……カイには悪いけど、運がなかったと言って謝ろう。
 そんな事を考えていると、男の一人が何かに気付いた様に俺の顔をまじまじと見た。

「……おいおい、コイツ、男だけど結構な上玉じゃねえか?」

「……ッ」

 ………どうやら、俺の不運はまだまだ続くらしい。
 手前味噌な話ではあるが、俺の顔は中性的で整っている。
 かと言って可愛いという訳ではなく、どちらかと言えば綺麗と言った所だ。
 カイ曰く、『それなりの格好をすれば美女で通る』。
 ぶっちゃけ嫌だ。
 だが目の前の連中はそんな事構いやしない。
 俺の服に手を掛け、あっさりと引き裂いて裸にひん剥かれた。

「へへ…普段は愉しんでんだ、俺達も愉しませてくれよ」

 こいつら、男娼相手にしたことあるな?
 どんな時代にもこういう男色家ヘンタイが無くならんのは何故だろうか。

「おい、幾らコイツが弱くても、暴れられちゃ面倒だぜ?」

「ハッ…だったらこうするまでだ!」

 一人が不安そうにそう口にすると、リーダーと思しき髭面が腰の剣に手を掛け、

「……ギッ…!」

 ばっさりと俺の左腕を肩口から切り落とした。
 にゃろ…幾ら死なないっても痛いもんは痛いんだぞ!?

「おいお前ら、コイツの残りの手足も切り落とせ。どうせ死にゃあしねえんだ」

「ヘイ」

「…あぐ…ぎ…がぁ…!?」

 髭面の言葉に他の面子は平然と頷き、俺の手足を乱雑に切り落とす。
 痛みで泣きそうになるが、意識は飛ばない。
 永く生きてきてこの程度の痛みには体が慣れてしまったのだ。

「へへへ…本当に生きてら」

「アージャ、コイツは楽しめそうですネェ」

 ……なるほど、髭面の名前はアージャか。
 俺は頭の中に髭面の容姿と名前を刻み込んだ。

「それじゃぁ、可愛がってやるぜ?不死人ちゃんよぉ」

 そう言って髭面がズボンのベルトに手を掛ける。
 ああ、最悪だ。本当に最悪だ。例えるならブタとロイヤルストレートフラッシュ。
 手足を落とされ、複数人に陵辱されながら俺は自らの不運に辟易する。
 天は人の上に人を作らず。
 しかして、かみは人の下に不死人おれを作る。
 こんな状況になると、自らが圧倒的に弱者であると自覚させられる。
 落ちることのない意識の中、俺は一晩中犯され続けた。





 夜が明ける。
 朝もやの中、娼館街のゴミ捨て場でバラバラのぐちゃぐちゃになった俺を娼婦の一人が見つけ、ギンの屋敷に運び込まれた。
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