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Twin Snakes

蛇 1

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 嬢たちが初めての魔物狩りを達成して更に数日。
 俺は嬢たち吸血種ノスフェラトゥ組を連れて娼館街にあるギンの屋敷を訪れていた。
 ………や、違うよ?別に借金のカタに嬢たちを売っぱらおうとか考えてないよ?第一そんな事したらギンに殴られるし。
 確かに借金の返済のためにギンを尋ねたのもあるが、本命は別にある。

「………確かに。これであんたの借金はチャラだね」

「あ゛ー、終わった終わったー」

 銀貨を数え終えたギンの言葉に、俺は漸く借金苦から開放された安堵の声を漏らす。
 さて、早速本題に取り掛かろうかね。

「そんじゃギン、部屋借りるぞ」

「ん、好きにおし。見張りは居るかい?」

「いらねー。人払いだけしといてくれ」

 ギンの気遣いに俺は不要だと返し、立ち上がってから嬢たちを屋敷の奥に手招きする。

「嬢、ジャコ、キーシャ。奥に行こう」

「………」

 あれ?
 俺の呼び掛けに三人は、妙に緊張した面持ちをして俺の顔を見ていた。

「どうした?腹でも痛いのか?」

「アホ。ちゃんと説明してなかったね?」

「あでっ」

 首を傾げる俺の後頭部をギンが張り倒す。
 いきなり何すんだコラ。

「なんだよ、俺が悪いんかよ」

「あのねぇ、いきなり娼館に連れて来て『奥に行こう』だなんて、誤解されるに決まってんだろう」

「あ」

 言われて俺も思い至った。
 この状況、下手すりゃ休憩宿モーテルに女連れ込んでるようなもんだわ。

「す、すまん。『そういうの』じゃ無いんだよ」

「じゃあなんだと言うんだ貴様。ついて来た私達も私達だが、どう見ても『そういうの』にしか思えんぞ」

 年長者としての責任か、顔を真っ赤にしたキーシャが詰問する。
 嬢もジャコもキーシャの言葉に同意するようにうんうんと頷いていた。

「………キーシャから排斥派の事を聞こうと思ってたんだが、この話を青猫亭やどでする訳にはいかねぇだろ?」

 打たれた頭を掻きながら弁解すると、三人は微妙な表情を浮かべながらゆっくりと頷く。

「………確かに、子供には少々刺激が強い話よね」

 アルカ嬢の言うように、子供レイラちゃんが居る青猫亭で血生臭い話をしたくないというのも勿論あるが、それ以外にも『極力外に話が漏れない状況を作りたい』というのもある。
 壁に耳あり障子に目あり。人の口に戸は立てられぬ。
 ふとした拍子にこの話が誰かの耳に入れば、それだけ嬢達の所在が排斥派やっこさんにバレる可能性が高まる。
 暗躍や密談は水面下で音を立てず、静かに進めるものだ。
 その点、娼館という施設はそれに打って付けと言っても過言ではない。
 なんせ男と女が睦み合う場所だ、蜜月を出歯亀をする野暮はそうそう居ない。
 美人局ハニートラップで寝込みをザックリ、なんてことも無くはないが、今回は身内で話す事だ、その心配はいらないだろう。
 生々しい話を交えつつ説明を終えると、三人は顔を赤くしながらも納得したと首肯。
 そんじゃ、さっさと奥に行こうかね。





「茶ぁ汲んでくるから適当に掛けてな」

「……って、お前も交じるんかい」

 部屋の一室を借り切って早々ギンがそうのたまいやがった。巻き込まれる気満々だな、物好きババァめ。

「……とりあえず、キーシャが知ってる限りの排斥派の事を話してもらおうか」

「……それは構わんが」

 キーシャは躊躇いがちにギンの去ったドアを見る。
 ああ、そういやこれも言ってなかったっけか。

「別にギンあいつに聞かせても問題ねぇよ。嬢達の事情は全部教えてある」

 ギンが茶を淹れてくると言っていたが、俺は酒の気分なので部屋の酒瓶を漁りながら言っておく。
 ……あ。

「……………」

「待った。あいつは俺の話を余所に漏らす真似はしねぇから、嬢達の事が外部に漏れる心配はないよ」

 だからジャコ、むき出しの殺気を向けんといて。無言で血晶ナイフ作らんといて。

「ジャコ」

「…………申し訳ございません」

 アルカ嬢に窘められて渋々ジャコは引き下がる。
 あー、死ぬかと思った。死なねぇけど。

「で、キーシャ。聞かせてくれるか?」

「………私も所詮は雇われ兵だからな。そこまで詳しくは説明出来んぞ」

 別にそれでも構わない。
 些細な情報が活路を開く場合もある。
 あと個人的に、少ない情報から正解を導き出すロジックとか好きだし。
 俺はグラスに注いだ酒を一杯煽り、キーシャに話を促した。




 キーシャの話を纏めると、排斥派は正体不明の『盟主』を筆頭に、盟主を補佐する『十老とおろう』と呼ばれる十人が集った事が起源だそうだ。
 組織の大まかな舵取りを盟主が担い、それを十老が合議によって細かく取り決め、それを更に下へ指示しているという完全なヒエラルキー方式。
 十老はそれぞれ第1から第10の『師団』を持ち、それを『師団長』が取りまとめ、振り分けた『部隊長』が末端へ指令を出すのだとか。
 窮屈そうだな、俺なら2日でバックレる自信がある。
 そしてキーシャは第7師団の師団長に雇われ、嬢の暗殺依頼を受けたんだと。
 半年かけて嬢の居場所を突き止め、正体を悟られぬように徐々に追い詰めていったのだが、結果はおして然るべし。
 俺の機転で一発逆転、キーシャは敗北して俺に鞍替えして現在に至るって訳だ。

「………これが私の知る限りの排斥派の詳細だ。役に立ったか?」

「立った立った。こっちが持ちかけた話とは言え、ちゃんと話してくれてありがとよ、キーシャ」

「私からも礼を言うわ。ありがとう、キーシャ」

 グラスの中身を飲み干し、カンっとテーブルに置いてキーシャに頭を下げると、アルカ嬢もそれに倣う。

「ふ、ふん。支払った金に見合った仕事をするのが私のポリシーだ」

 頭を下げられたキーシャは、酒も飲んじゃいないのに顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
 ははは、ツンデレさんめー。

「………だが、これから先は気をつけた方がいい」

「ん?なんで?」

 真剣な表情で話すキーシャに、俺達は僅かに気を尖らせる。

「………お前たちを完全に信用できるまで黙っていたのだが、恐らく私が奴らを裏切っているのはもうバレていると見ていい」

「………どういうこった」

 話がキナ臭くなってきた。
 俺は目を細めてキーシャに続きを促す。

「実は、ビット・フェンに雇われる以前まで、連中の部隊長と定期的な連絡を取り合っていたのだ」

「………あー…」

 まずいなこりゃ。
 刺客として放った傭兵との連絡が途絶えた。
 つまりは排斥派に暗殺失敗が露呈したということ。
 ならば次に排斥派が差し向ける刺客は。

「その部隊長が次の刺客か」

「恐らくは」

 俺の指摘にキーシャは重々しく首肯する。
 ………やれやれ、反撃よりも先にその刺客をどうにかせにゃならんらしい。

「そいつが誰か知ってるか?」

「ああ。『蛇王ナーガ』のエイガン、『蛇姫ラミア』のアメイル、そう呼ばれている双子の吸血種だ」

 キーシャは「もっと早く言うべきだった」と額に手を当てて俺達に詫びを入れる。
 出来ればキーシャの裏切りがバレる前にどうにかしたかった所だが、それは彼女の信用を得られなかった俺の落ち度ではあるし、何より襲撃前に刺客の情報を得られたのは大きい。
 問題はどうやって刺客を撃退するか、そちらに重点を置くことの方が肝要だろう。

「蛇王、蛇姫ね。お前といい、ジャコやアルカ嬢といい、異名を付けるのが吸血種の慣例なのかね?」

 口に出しながらも、俺は内心否定する。
 両親のどちらかが吸血種なら話は変わってくるが、基本的に吸血種は常人種ヒューマンの突然変異。この原則に変わりはない。
 言うなれば『記号』か。
 吸血種にはキーシャやジャコの様に身体の一部が異形化する例がある。
 化け猫ケット・シー然り、化け提灯ジャック・オ・ランタン然り、付けられた異名はその特徴に因んで呼ばれているのだろう。
 だとすれば、蛇王、蛇姫から自ずと敵の事は予想できる。

「その部隊長とか言うの、蛇の吸血種か」

「ああ、目つきも態度も蛇の様な気味の悪い双子だ」

 思い出すのも嫌なのか、蛇王達の事を口にするキーシャの顔はひどく不機嫌だ。

「嫌なこと思い出させる様で悪いけど、その蛇達の血晶魔法ブラッドアーツ、戦法なんかも教えてくれるか?」

「……正直本当に嫌だが仕方あるまい。武器は二人共サーベルを使った二刀流、暗闇からの暗殺や騙し打ちが得意だが、真っ向勝負だと二人で連携して相手を翻弄するのも上手い。一対一なら私は負ける気がしないが…二人同時に相手をするとなると、正直厳しいな」

 顎に手を当ててそう考察するキーシャの顔は真剣そのもの。
 プロの傭兵であるキーシャにそこまで言わせる蛇達はそれ程のものなのか。
 だが、それ以外にも少々引っ掛かる。

「……暗闇からの暗殺が得意って言ったな」

「ああ、私も夜目は利くが、あの二人の様は完全な暗闇でも昼間と変わらず動けると聞いたことがある」

 ……………成る程。
 俺はそれを聞いて頬を緩める。

「……どうした?」

「もしかしたら、蛇達を上手いこと撃退できるかもな」





 翌日、俺とキーシャは二人で街をぶらついていた。

「………おい、ビット・フェン」

「ああ?なんだよ?」

 俺の後ろを歩くキーシャは不満気な顔で俺を睨んでいる。

「貴様、少々暢気が過ぎるのではないか?」

「はははははー、確かになー」

 キーシャの言葉に俺はヘラヘラと笑った。
 彼女の言わんとする事は分かる。
 敵は暗殺を得意とする吸血種、定期的な連絡を取り合っていただけあって、もう近くまで来ているだろう。
 危険がもう目の前に迫っているのにもかかわらず、こうものんびりとしていて良いのか、キーシャはそう言いたいのだ。

「アルカ達の方は知らんが、蛇共は少なくとも私の顔を知っているのだぞ?こうして外に出ているだけで奴らが何時襲い掛かってくるか…」

「少なくとも、真っ昼間に人の目がある中で手出しはしねぇだろ」

 欠伸を噛み殺しながらキーシャの言葉を遮る。
 この状況で血晶魔法を向けるのはよっぽどの自信家かよっぽどの馬鹿か。
 少なくとも表立って自分達を吸血種だとひけらかす事はねぇだろ。

「……だったら何故私も連れて来た」

エサだよ。正確には俺がだけど」

 八百屋で買ったリンゴを齧りながら答えると、キーシャは怪訝そうに俺を見た。

「あちこち転々する傭兵、しかも嬢を狙う刺客として雇われていたお前が、見た目は常人種ヒューマンの俺と一緒にいる。奴さんに取ってそれはどう映る?」

「………よく分からん」

 あ、少し難しかった?
 首を傾げるキーシャに苦笑しながら俺は答え合わせ。

「お前と行動を共にしている時点で奴さんに取っちゃ俺は少なくとも、嬢と何かしら関わりがある奴、嬢の居場所を知ってそうな奴に映る」

 実際、キーシャもそうだったしな。

「………成る程」

 自分も似たように考えたからか、キーシャは俺の考察にコクリと頷いた。

「で、お前ン時みたいにあっさり攫われたなんてオチは勘弁なんでな、護衛よろしく」

「………考えるだけ考えてあとは丸投げか。他力本願にも程がありすぎるぞ貴様」

「しょうがねぇよ。俺弱いもん」

 じっとりと睨め付けるキーシャに視線を受け流しながら、俺はケラケラと笑ってリンゴにかぶりついた。





 日の落ちかけたガルサの裏路地を俺達は歩く。
 もう直夜になる。奴さんが動くとしたらそろそろだが。

「……もちっと人気のない方に行こうかね」

「分かった」

 路地に座り込む浮浪者に眉をしかめながらキーシャは俺の後に続く。
 秋の夕暮れは数分もすると、路地裏に徐々に暗い闇を落としていく。
 そうしてしばらく歩き、1人の浮浪者の前を横切った。

「…………見ぃぃぃっけ」

「っ!ビット・フェン!!」

 浮浪者の纏っていたボロ布の下から紅い線が俺に伸びる。

「ぐぼっ!?」

 その線、血晶の長剣は正確に俺の腹を掻っ捌いた。
 腹から血が噴き出し、臓物が周辺に飛び散る。
 問答無用で殺しに来るんかい!?

「ぶっ…げふっ!」

「ちっ!」

 直ぐ様キーシャが俺の身体を抱え、持ち前の身体能力で壁を蹴って上空へ退避する。
 あでででで!?千切れる!背骨が千切れるぅぅぅぅ!?

「げぼっ!キーシャ!体もげる!マジでもげる!」

「どうせ千切れても再生するだろうが!今は逃げるのが優先だ!」

 口喧嘩しながらもキーシャはそのまま三角跳びの要領で壁を蹴り上がり、建物の上に出た。

「シャァァァ!!」

「っ!?ちぃっ!」

 突然目の前から現れた自らの喉を狙う紅い刃を、キーシャは空中で体をひねることで回避した。
 俺を抱えたまま屋根の上に着地し、凶刃の持ち主を睨みつける。

「あぁ~あ、躱さなかったら痛い思いをしないで一息に死ねたのにねぇ」

「………蛇姫ラミア

 踊り子衣装にケープを纏っただけの女がそう言うと、キーシャは女を睨みながらその名を口にする。
 この女が蛇姫って事は、さっき俺をぶった切ってくれたのは蛇王ナーガか。
 作戦の第一段階は成功、これからが勝負所だ。

化け猫ケット・シーィ。人嫌いの引き篭もりちゃんのあんたが、なぁんでそんな常人種ヒューマンと一緒にいるのかしらぁ?」

 艶のある唇を蛇のように大きく歪ませ、爬虫類を思わせる瞳でキーシャを射抜きながらそう言葉を吐く女。
 砂糖菓子の様に甘ったるい喋り方、一つ一つの動作に劣情を催させる挙動は男を溶かす娼婦を思わせるが、それらはその奥にあるものを隠すためのカモフラージュだと、長年娼婦の相手をしてきた俺の勘が警鐘を鳴らす。
 あれは男を誘う娼婦の『技』と似て非なる『毒』。
 一度とぐろに飛び込んだが最後、一息で丸呑みにされる蛇の毒だ。

「貴様に答える義理は無いな、蛇姫」

 キーシャは険しい顔で蛇姫、アメイルを睨みつける。
 自らの犬歯で親指の腹を噛み切り、右手に血晶の剣を創りだして切っ先を蛇姫に向けた。

「ビット・フェン、傷の再生にあとどれほど掛かる?」

 蛇姫の様子を見ているキーシャは、奴に聞こえない様に声を落として俺にそういった。

「……少なくとも五分、ハラワタ持ってかれてるから下手すりゃ倍以上掛かるかも」

 腹の傷を押さえてそう答えると、彼女は『ギリギリだな』と渋い顔で呟く。

「貴様が回復するまで時間を稼ぐ。それ次第で第二段階に移行するぞ」

「おいおい、お前昨日二対一じゃ分が悪いって言ってただろうが。俺を捨て置いて嬢の方に行けよ。そんで助けてくださいお願いします」

俺がそう言うと、キーシャは呆れと諦めの混じった顔で俺を見て、小さくため息を吐いた。

「本当に、どこまでも締まらんな貴様は。………断る」

「え?」

 そして俺の言葉に否定の声を返す。

「確かに普通に戦うには分が悪い。貴様を庇いながらだと殊更にな。だが貴様は私に『護衛』を命じた。ならばその命令に応えねば、傭兵としての私のプライドが許さん。それに…」

 血に汚れるのも厭わずに、キーシャは左腕で俺の身体を抱え上げる。

「カネを受け取って、服まで新調してもらって、それで貴様を見捨てる様な真似をしたら、私は傭兵どころかひとでなしだ」

「………くく」

 俺なんかよりもずっと男前な彼女の姿に俺は思わずぷっと吹き出した。

「おい、今は笑っていられる状況じゃあないだろうが」

「くははは、悪い悪い…優しいな、お前」

「やさっ…!?」

 蛇姫を睨んでいたキーシャが、その発言を聞くとぎょっとして俺を見る。
 暗くて表情が少し分かりづらいが、その頬はトマトみたいに真っ赤に染まってんだろうな。

「こ、こら!今はフザケている場合じゃ…!」

「落ち着けよ。ヘビ子ちゃんが待ちくたびれてるみたいだぜ?」

 そう言いながら蛇姫に目を向けると、対岸の屋根で此方を見ている奴さんの気配が、俺の言葉で身体を揺らすのが分かった。

「あぁら、作戦会議はもう終わりぃ?」

 右手の剣を弄んでいた蛇姫が甘ったるい口調でそう言葉を吐く。
 ………この女、完全に俺らのこと舐めきってんな。

「随分緊張感が無いみたいだけどぉ、そっちの美形ちゃん、エイガンにやられたんじゃなぁい?」

「さて、どうだかね」

 軽い口調ではぐらかして見せるが、漂う血の匂いは誤魔化しようがない。
 やっぱりあの浮浪者は蛇王ナーガの変装だったか。
 未だに俺達の前に姿を現さないのは、俺かキーシャを確実に仕留める為だろうな。
 正直なところ、俺は足手まといにしかならんが、キーシャの意思を尊重するとしよう。

「……頼むぜ、キーシャ」

「了解した!」

 俺を抱えたままキーシャは蛇姫に背を向け、屋根の上を駆ける。

「アハハハハハハ!鬼ごっこかしらぁ?…逃がさないよぉ!」

 脱兎の如く駆け出す俺達を蛇姫は笑いながら追ってきた。
 人ひとり抱えている差か、徐々に距離を詰めつつ蛇姫が剣を振るう。

「シャァッ!!」

「っく、はっ!」

 ぎん、と血晶がぶつかり合う音。
 俺の喉を狙った剣閃をキーシャが辛うじて弾いたのだ。

「ほらほら、上手く防がないと美形ちゃんの綺麗な顔がグチャグチャになっちゃうよぉ!」

「ぬ、ぐ、ちぃっ!」

 ぎゃりん、ぎぎんと火花が散る。
 次々と振るわれる剣戟を、キーシャは屋根の上で八艘飛びを演じながら的確に防御した。
 蛇姫の剣は執拗に俺を狙い続けている。
 蛇姫はキーシャが俺を護るため、逃げに徹しているのに気付いているのだ。
 裏切り者の粛清とアルカ嬢達の暗殺が主目的の筈なのに、わざわざ嬢の手掛かりである俺を狙うとはこの女、性格が腐ってんな。
 恐らく護衛対象である俺を殺すことでキーシャの傭兵としてのプライドをへし折りに掛かってやがる。
 俺を殺してからキーシャの動揺を誘い、捕まえて拷問なりなんなりして嬢の居場所を突き止める腹積もりだろう。
 そして未だに姿を隠している蛇王の存在。
 奴の狙いも蛇姫と同じく俺を殺すことならば、自ずと攻撃するタイミングは見えてくる。
 奴が再び手を出してくるとするならば…!

「っ!キーシャ!下っ!」

「!」

「シャァッ!!」

 蛇姫の攻撃の隙だっ!
 がぃん!と一際大きい音が響く。
 屋根を飛び移る瞬間、建物の隙間から飛び出した剣の切っ先を、キーシャが咄嗟にズラして直撃を避けた。
 鋭利な血晶の刃が俺の後ろ髪とキーシャの前髪を数本切り取っていく。
 それに追従するように、襤褸ぼろを纏った男が屋根の上に飛び出してきた。
 屋根に着地した男が頭を覆っていた布を外すと、ターバンを頭に巻いている、蛇姫とよく似た顔立ちが顕になる。

「あぁ~あ、ばっちりのタイミングだったんだけどねぇ~」

「もぉ、エイガンったら何やってんのよぉ!」

 男、蛇王ナーガことエイガンがニヤけながらごちると、蛇姫ラミアが不満気な顔で蛇王の隣に立つ。
 こうして見るとそっくりな顔なので、双子の吸血種ノスフェラトゥの名に偽りがない事が見て取れた。
 蛇王の手にはウロコ状の刃が何枚も連なった鞭のような血晶剣が握られている。
 あれがヘビのように伸びて俺達を狙ったらしい。

「それにしても、俺の蛇腹剣ガリアンソードを弾くなんてやるねぇ~、化け猫ィ」

 そう言いながら蛇王が軽く剣を振ると、垂れ下がっていた剣の刃が縮こまって湾曲を描いたサーベルの形を取る。
 蛇の吸血種だから武器は蛇腹剣とは、徹底してるな。

「ヒヒヒ、そっちの男、まだ生きてたんだぁ~。結構バッサリ行ったんだけどなぁ~」

 蛇王は俺の様子を伺いながらサーベルの峰をぬらりと舐める。
 その舌は先端が二股に割れて細長く、本物の蛇と錯覚した。

「へぇ~、エイガンが殺ったと思ったのに死んでないなんて、なんでぇ~?」

 同じく細長い先の割れた舌で唇を舐める蛇姫。
 ……あ、なんか嫌な予感。

「その男、ただの常人種ヒューマンじゃぁないねぇ~」

「血の味はどんなだろぉ~?」

 蛇の様な緑の瞳が俺を射抜く。
 その目は俺のことを、ただのエサとしか見ていない。
 二人の蛇は空いている手を血晶剣で傷つけ、もう一振りの剣を作り出す。

「……キーシャ、傷の再生にはもう少し掛かる。………言いたいことは分かるな?」

「……っ」

 俺の言葉に、キーシャは瞳に険しいものを宿しつつも一つ頷いた。

「裏切り者の化け猫は吸血姫アルカードの居場所を吐かせて殺す」

「男は血を吸い尽くして殺す」

「吸血姫は手足と首をバラして殺す」

化け提灯ジャック・オ・ランタンは顔のカボチャを剥いで殺す」

「「楽しい狩りの始まりだ」」

 蛇達の声が重なる。
 そして四振りの蛇腹剣が俺達に襲い掛かった。
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