主語のない2人

さつき

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出会い

10話 いつもの言葉

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入学してから、三週間が過ぎた。

最初は静かだった教室も、今ではかなりにぎやかだ。
休み時間になると、あちこちで笑い声が聞こえる。

クラスのグループも、だいたい決まってきていた。

西村は窓側の席で、ぼんやり外を見ていた。

春の風で、校庭の桜が少しずつ散り始めている。

そのとき、隣の席の椅子が引かれた。

水野が座る。

カバンを机に置いて、小さく息をつく。

「ねむい」

小さな声。

西村は少しだけ笑う。

「また?」

水野は机に少しだけ突っ伏す。

「昨日ちょっと遅くて」

「動画?」

水野は顔を上げて、西村を見る。

「なんでわかるの」

「前も言ってた」

水野は少し笑った。

「覚えてるんだ」

西村は肩をすくめる。

「普通だろ」

水野はすぐ言う。

「それ便利だね」

二人で少し笑う。

しばらく沈黙が流れる。

でも、気まずくはない。

この席に座っていると、自然と会話が生まれる。

西村はふと気づく。

入学してから、ほぼ毎日こうして話している。

大した内容じゃない。

授業のことだったり、宿題だったり、どうでもいい話ばかりだ。

それでも、会話は続いている。

西村は水野の方をちらっと見る。

水野はノートを開いていた。

真面目な顔で何かを書いている。

その様子を見ていると、ふと思う。

名前を呼べばいいのに。

「水野」

そう言えばいい。

簡単なことだ。

でも、やっぱり少しだけ引っかかる。

今さら変えるのも変な気がする。

西村は小さく息をついた。

そして、いつもの言葉を口にする。

「ねぇ」

水野がすぐに顔を上げる。

「なに?」

その反応が、もう当たり前みたいになっている。

西村は少しだけ考えてから言った。

「今日、体育ある?」

水野は少し笑う。

「あるよ」

「まじか」

「嫌なんだ」

「まあ」

水野はノートを閉じる。

そして西村を見る。

「西村」

「ん?」

「最初の日さ」

西村は少し首をかしげる。

「最初?」

「入学式の日」

水野は少し笑った。

「最初に話しかけたとき」

西村は思い出す。

シャーペンを借りたときだ。

「ねぇ」って言った。

あの日のこと。

水野は言った。

「なんであのとき、“ねぇ”だったの?」

西村は少しだけ考える。

でも、すぐ答えた。

「なんとなく」

水野は少しだけ笑う。

「そっか」

それだけ言って、またノートを開いた。

西村は窓の外を見る。

桜の花びらが、ゆっくり落ちていく。

たぶん、この呼び方はしばらく変わらない。

名前を呼ばなくても、会話はできる。

「ねぇ」

それだけで、水野は振り向く。

西村はもう一度、口にした。

「ねぇ」

水野が顔を上げる。

「なに?」

そのやり取りが、もう自然になっていた。

こうして、二人の高校生活は始まっていく。

名前を呼ばないまま。

「ねぇ」から始まる会話だけで。
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