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14『ふたりの秘密』
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次の日、会社に行くと千場店長はいつも通りテキパキと仕事をしていた。
あんなに素敵な人の彼女だなんて信じられない。夢を見ているようだ。
「おはよう。天宮」
ニッコリして言われるだけで、ドキドキしてしまう。
千場店長はアイコンタクトをしてくるような気がして、恥ずかしいから目をそらしてしまった。
ランチタイムになり、三浦さんは旅館でのことを聞いてきた。
ふたりで会社近くの喫茶店でピラフを食べつつ、会話をしている。
ドキドキ嬉しい夜だった反面、佐々原主任との関係を聞いてしまって気持ちが落ち込んでいた。
「なんかさ、千場店長と彩歩ちゃん。ギクシャクしてない?」
「そ、そうですか?普通です……」
誤魔化そうとしても、三浦さんは鋭い。
隠しきれないから、正直に言おう。
「一応、お付き合いすることになりました。でも、社内の皆さんには、秘密にしてくださいね……」
「おめでとう。でも、どうして秘密にしなきゃいけないの?」
「佐々原主任と千場店長は過去に関係があったみたいで、スッキリさせてからにしたいんです」
「そうなんだ。過去のことならこだわる必要はないと思うけどな。誰にだって過去はあるんだから」
もう少し、ちゃんと話を聞いてからにしたかった。
不安な気持ちをちゃんと伝えられればいいのに、うまく聞けないのだ。
自分のこんな性格が嫌になってしまう。
自信があればいいのに。
*
付き合い初めてもう2週間が過ぎた。
千場店長は、休みが合うと、私の家に泊まりに来てくれて、手をつないだままDVDを鑑賞したりしていた。
恋人ができたことがないから、ひとつひとつの出来事が新鮮だ。
私が小説を書いている時に千場店長は、ノートパソコンで仕事をしたりしている。
一緒にご飯を食べて、キスして、抱き合って。
愛の言葉をささやき合ってそれだけで、充分幸せだ。
だから、これ以上考える必要はないのかもしれない。
そう思いながら、佐々原主任との過去は考えないようにしていた。
きっとそれでいい。
不安な気持ちは押し殺すのが一番だ。
今日は朝から仕事が忙しい。頭の中は佐々原主任のことばかり浮かんでしまう。
余計なことを考えないようにしなきゃ。
ぼんやりしていると宅配会社の人が荷物を持ってきた。受け取ると先日私が発注した商品だ。
在庫置き場に整理しておこうと思って、ダンボールを開けてみる。
「ん?」
私は発注ミスをしてしまっていた。慌ててカタログ番号と確認すると、数字を間違えて書いている。
なんてことをしてしまったのだろう。完全に自分の不注意である。
立ち上がって千場店長のところへ行く。
「どうした?」
「申し訳ありません……。間違ったものを発注してしまいました」
「ぼんやりしているからだろ」
「申し訳ありません」
私のミスのせいで千場店長の仕事を増やしてしまった。
ぼんやりしたり、浮かない心でいるからミスなんかしちゃうんだ。
「すぐに発注書作り直してくれ」
「はい……」
がっくりと落ち込んだ。
反省しながら書類を作っていると、郷田さんがさり気なくフォローしてくれた。一緒に働く仲間として心から、感謝しなきゃ。
すぐにミスは千場店長の手で回避された。千場店長が近くの店舗にある在庫を確認して商品を売ることには影響は出ずに済んだのだ。
その日は、定時に上がることができたので、郷田さんと途中まで一緒に帰ることになった。
「千場店長ってさ、人を平等に扱うところがいいですよね」
郷田さんがいきなり話題を振ってくるから驚く。
「好きな人だからって手加減しないで注意したり。当たり前のことなんですが、前の上司はそれができなかったんで」
「そうだったんですか」
「だから、天宮さんの選んだ男は間違いないと思いますよ」
「あ、ありがとうございます……」
付き合っているなんて言ってないのに、知られてしまってるのだろうか。
会社ではイチャイチャしたりしてないのに。
家に帰って今日のことを反省しつつ、小説を書いているとメールが届いた。
『彩歩。今日、会社で怒鳴って悪かった。今後は気をつけるように。彩歩、最近様子が変だぞ。あんなミスをする人じゃないのに。なんかあったのか?一樹』
怒鳴ったことを謝るなんて……いいのに。
私のミスなんだから……。
お詫びのメールを打っていると再びメールが届く。
『でもさ。郷田とふたりきりで帰るなんて、許さない。一樹』
『私の好きな人は、千場店長だけです。今日は、申し訳ありませんでした。彩歩』
こんな甘いメールを送ってしまった自分に苦笑いしてしまう。
明日はミスしないように、頑張ろう。
『たっぷりと、お仕置しないとな。一樹』
千場店長らしくて笑えてくる。
恋をして仕事が手につかないなんて本当に駄目だ。しっかりしなきゃ。
*
それからはしばらく普通に働いた。
8月下旬に全国店長会議があり、千場店長の仕事は忙しくしている。
遅くまで資料を作ったりしていて残業続きだから、身体を壊さないか心配だ。
仕事を頑張っているのを応援するのも、恋人の役目だと思うから、一生懸命支えたい。
最近仕事も忙しくて、執筆活動との両立に体力も限界を感じていた。
けど、とにかく一生懸命やりきろうと思っている。
家に来たいはずだけど、締め切りが忙しいと言ってから千場店長は「会いたい」と言わなくなった。きっと、気を使っているのだろう。
寝ないで必死に書いていると、深夜2時にスマホが震えた。
千場店長だ。
「もしもし」
『やっぱり、まだ起きてたね。無理しちゃダメだぞ』
「はい。締め切りが近くて……」
『そっか。じゃあ、明日の夜とかも忙しいか』
「ごめんなさい」
『うーん。仕方がないか。わかった。頑張れ』
悲しそうな声が耳に届く。
千場店長に申し訳ないと思いつつも、断ってしまう。
『夢を応援してるから』と言ってくれるけど、寂しい思いをさせている気がする。このまま、付き合いを続けてもいいのだろうか。
相手できなくて嫌われちゃうかな。
『おやすみ、彩歩』
「おやすみなさい」
*
今日は店長会議だったので全国からたくさんの店長が来ていた。
会議を終えて懇親会が行われることになり、三浦さんが取り仕切っている。
私は行きたくなかったけど、立場上お手伝いをしなければいけなくて行くことになっていた。
会社近くの大人数が入れる居酒屋に行ったけれど、千場店長には女性店長が群がっていて、ひっきりなしに対応をしている。
私は、店長さんたちをねぎらうつもりで、お酌をして回っていた。
「お疲れ様です」
挨拶すると皆さん優しく返事をしてくださる。
「お疲れ様」
「ねぇ、天宮さん。千場店長の好きな人って知ってる?」
美人な女性店長が話しかけてきて、そのそばにいる数人の店長さんもニコニコしながら私を見ている。
「いえ」
「そう。好きな人がいるって言うのに千場店長ったら、教えてくれないのよね」
「どんだけ、美しい人なんでしょうね~」
「千場店長って、理想高そう~!」
――好きな人がいるって、言ってるんだ。
それって、佐々原主任のことじゃないのかな。
私は名ばかりの彼女だから。
最近はプライベートで全然会えてないし。
佐々原主任とはランチをしているみたいだし……。
時折、千場店長と目が合うと意味ありげな視線を送ってくれる。
たまにはふたりでゆっくりしたいな……。
締め切りが終わったら一緒に一日中いたい。
少し落ち着いて座ると、郷田さんが近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
心配しながらお酌をしてくれる。私もお酌をして乾杯をした。
「けっこう、疲れちゃいましたね。でも、大丈夫です」
「明日が休みならいいですけどね。今日はゆっくり休みましょうね」
千場店長にギュってしてもらいたい気分になる。
ふと千場店長を見ると、隣には佐々原主任がいて、楽しそうに話していた。
遠くにいるから、どんな内容なのかはわからないけど……。
堂々と交際宣言したほうが、気が楽になるのかな。
いや、そんな勇気は私にはない。
懇親会が終わると、それぞれ2次会に行く人がいた。
私は笑顔でお見送りすると、自分の家に帰ろうと歩き始める。
あぁ、疲れた……。
「彩歩」
その呼び方にドキッとして振り向くと、追いかけてきた千場店長がいた。
「皆さんと2次会に行かないんですか?」
「行くけど……一言、言わせろ」
急に機嫌を悪くした千場店長に驚く。
「ごめん」
小さい声で謝られた。
「だって、彩歩。郷田と仲良くし過ぎなんだもの。俺のことは無視するのに」
「無視なんかしてないです。ただ、私と千場店長では不釣り合いですし、佐々原主任とのほうがお似合い」
話の途中で、千場店長は私をギュッと抱きしめる。
ここは、公の場だ。
誰かに見られたらどうするつもりなんだろう。
「不安なのはお互い様なんだぞ。俺を信じてくれよ。不安ならハッキリ言えばいい。その不安を取り除くように、努力するし、説明するから」
抱きしめていた私をそっと離した千場店長は、ポケットからなにかを出した。
「手、出して」
手を差し出すと、鍵を置いてくれる。
これは、千場店長の家の鍵?
「俺の家の鍵。合鍵だから。いつでも自由においで」
「……え?」
「こういうのって、迷惑か?」
「あ、あの。ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「……」
こんな性格で本当にごめんなさい。
そんな思いで私はひとりで電車に向かって歩いていく。
だって、だって、不安なの。怖いの。
でも、いつまでも逃げる訳にはいかないよね。
やっぱり、素直にならなきゃ。
歩みを止めて考える。
いま、戻れは千場店長はまだ居るかもしれない。
そう思って走って戻っていくと千場店長はまだいた!
……けど、佐々原主任もいた。
佐々原主任は、まだ千場店長を好きなのかもしれない。
私なんか、勝てっこない。
ふたりに気がつかれないように、トボトボと電車に向かって再び歩き出した。
電車の中で泣かないように我慢していたけど、ポロッと涙が零れる。
私が悪いのだけど、千場店長を避けているせいか、元気がでない。
家に戻ってポストを開けると、封筒が届いていた。
『春風新人賞小説募集係』
はぁ、また落選通知か。
ふーとため息をついて部屋に入っていく。
封筒を開ける気にもならず、机の中に片付けてしまう。
手のひらを開くと、千場店長からもらった鍵がある。
私は千場店長からもらった合鍵を投げようと手を上げたけど、やっぱり、そんなことができなくて……。
自分のキーケースにつけた。
勇気を出してちゃんと聞くなんて、無理だよ。
なにもする気が起きなかったけど、次回作のプロットを考える。
キャラクターの名前も考えないとなぁ……。
こんなに自信をなくすなら最初から人を好きになって、付き合わなければよかったとさえ思えてしまう。
あんなに勇気を出して告白したのにな……。
自分の問題なんだろうけど、うまくいかない。
じれったい自分の性格が嫌になった。
あんなに素敵な人の彼女だなんて信じられない。夢を見ているようだ。
「おはよう。天宮」
ニッコリして言われるだけで、ドキドキしてしまう。
千場店長はアイコンタクトをしてくるような気がして、恥ずかしいから目をそらしてしまった。
ランチタイムになり、三浦さんは旅館でのことを聞いてきた。
ふたりで会社近くの喫茶店でピラフを食べつつ、会話をしている。
ドキドキ嬉しい夜だった反面、佐々原主任との関係を聞いてしまって気持ちが落ち込んでいた。
「なんかさ、千場店長と彩歩ちゃん。ギクシャクしてない?」
「そ、そうですか?普通です……」
誤魔化そうとしても、三浦さんは鋭い。
隠しきれないから、正直に言おう。
「一応、お付き合いすることになりました。でも、社内の皆さんには、秘密にしてくださいね……」
「おめでとう。でも、どうして秘密にしなきゃいけないの?」
「佐々原主任と千場店長は過去に関係があったみたいで、スッキリさせてからにしたいんです」
「そうなんだ。過去のことならこだわる必要はないと思うけどな。誰にだって過去はあるんだから」
もう少し、ちゃんと話を聞いてからにしたかった。
不安な気持ちをちゃんと伝えられればいいのに、うまく聞けないのだ。
自分のこんな性格が嫌になってしまう。
自信があればいいのに。
*
付き合い初めてもう2週間が過ぎた。
千場店長は、休みが合うと、私の家に泊まりに来てくれて、手をつないだままDVDを鑑賞したりしていた。
恋人ができたことがないから、ひとつひとつの出来事が新鮮だ。
私が小説を書いている時に千場店長は、ノートパソコンで仕事をしたりしている。
一緒にご飯を食べて、キスして、抱き合って。
愛の言葉をささやき合ってそれだけで、充分幸せだ。
だから、これ以上考える必要はないのかもしれない。
そう思いながら、佐々原主任との過去は考えないようにしていた。
きっとそれでいい。
不安な気持ちは押し殺すのが一番だ。
今日は朝から仕事が忙しい。頭の中は佐々原主任のことばかり浮かんでしまう。
余計なことを考えないようにしなきゃ。
ぼんやりしていると宅配会社の人が荷物を持ってきた。受け取ると先日私が発注した商品だ。
在庫置き場に整理しておこうと思って、ダンボールを開けてみる。
「ん?」
私は発注ミスをしてしまっていた。慌ててカタログ番号と確認すると、数字を間違えて書いている。
なんてことをしてしまったのだろう。完全に自分の不注意である。
立ち上がって千場店長のところへ行く。
「どうした?」
「申し訳ありません……。間違ったものを発注してしまいました」
「ぼんやりしているからだろ」
「申し訳ありません」
私のミスのせいで千場店長の仕事を増やしてしまった。
ぼんやりしたり、浮かない心でいるからミスなんかしちゃうんだ。
「すぐに発注書作り直してくれ」
「はい……」
がっくりと落ち込んだ。
反省しながら書類を作っていると、郷田さんがさり気なくフォローしてくれた。一緒に働く仲間として心から、感謝しなきゃ。
すぐにミスは千場店長の手で回避された。千場店長が近くの店舗にある在庫を確認して商品を売ることには影響は出ずに済んだのだ。
その日は、定時に上がることができたので、郷田さんと途中まで一緒に帰ることになった。
「千場店長ってさ、人を平等に扱うところがいいですよね」
郷田さんがいきなり話題を振ってくるから驚く。
「好きな人だからって手加減しないで注意したり。当たり前のことなんですが、前の上司はそれができなかったんで」
「そうだったんですか」
「だから、天宮さんの選んだ男は間違いないと思いますよ」
「あ、ありがとうございます……」
付き合っているなんて言ってないのに、知られてしまってるのだろうか。
会社ではイチャイチャしたりしてないのに。
家に帰って今日のことを反省しつつ、小説を書いているとメールが届いた。
『彩歩。今日、会社で怒鳴って悪かった。今後は気をつけるように。彩歩、最近様子が変だぞ。あんなミスをする人じゃないのに。なんかあったのか?一樹』
怒鳴ったことを謝るなんて……いいのに。
私のミスなんだから……。
お詫びのメールを打っていると再びメールが届く。
『でもさ。郷田とふたりきりで帰るなんて、許さない。一樹』
『私の好きな人は、千場店長だけです。今日は、申し訳ありませんでした。彩歩』
こんな甘いメールを送ってしまった自分に苦笑いしてしまう。
明日はミスしないように、頑張ろう。
『たっぷりと、お仕置しないとな。一樹』
千場店長らしくて笑えてくる。
恋をして仕事が手につかないなんて本当に駄目だ。しっかりしなきゃ。
*
それからはしばらく普通に働いた。
8月下旬に全国店長会議があり、千場店長の仕事は忙しくしている。
遅くまで資料を作ったりしていて残業続きだから、身体を壊さないか心配だ。
仕事を頑張っているのを応援するのも、恋人の役目だと思うから、一生懸命支えたい。
最近仕事も忙しくて、執筆活動との両立に体力も限界を感じていた。
けど、とにかく一生懸命やりきろうと思っている。
家に来たいはずだけど、締め切りが忙しいと言ってから千場店長は「会いたい」と言わなくなった。きっと、気を使っているのだろう。
寝ないで必死に書いていると、深夜2時にスマホが震えた。
千場店長だ。
「もしもし」
『やっぱり、まだ起きてたね。無理しちゃダメだぞ』
「はい。締め切りが近くて……」
『そっか。じゃあ、明日の夜とかも忙しいか』
「ごめんなさい」
『うーん。仕方がないか。わかった。頑張れ』
悲しそうな声が耳に届く。
千場店長に申し訳ないと思いつつも、断ってしまう。
『夢を応援してるから』と言ってくれるけど、寂しい思いをさせている気がする。このまま、付き合いを続けてもいいのだろうか。
相手できなくて嫌われちゃうかな。
『おやすみ、彩歩』
「おやすみなさい」
*
今日は店長会議だったので全国からたくさんの店長が来ていた。
会議を終えて懇親会が行われることになり、三浦さんが取り仕切っている。
私は行きたくなかったけど、立場上お手伝いをしなければいけなくて行くことになっていた。
会社近くの大人数が入れる居酒屋に行ったけれど、千場店長には女性店長が群がっていて、ひっきりなしに対応をしている。
私は、店長さんたちをねぎらうつもりで、お酌をして回っていた。
「お疲れ様です」
挨拶すると皆さん優しく返事をしてくださる。
「お疲れ様」
「ねぇ、天宮さん。千場店長の好きな人って知ってる?」
美人な女性店長が話しかけてきて、そのそばにいる数人の店長さんもニコニコしながら私を見ている。
「いえ」
「そう。好きな人がいるって言うのに千場店長ったら、教えてくれないのよね」
「どんだけ、美しい人なんでしょうね~」
「千場店長って、理想高そう~!」
――好きな人がいるって、言ってるんだ。
それって、佐々原主任のことじゃないのかな。
私は名ばかりの彼女だから。
最近はプライベートで全然会えてないし。
佐々原主任とはランチをしているみたいだし……。
時折、千場店長と目が合うと意味ありげな視線を送ってくれる。
たまにはふたりでゆっくりしたいな……。
締め切りが終わったら一緒に一日中いたい。
少し落ち着いて座ると、郷田さんが近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
心配しながらお酌をしてくれる。私もお酌をして乾杯をした。
「けっこう、疲れちゃいましたね。でも、大丈夫です」
「明日が休みならいいですけどね。今日はゆっくり休みましょうね」
千場店長にギュってしてもらいたい気分になる。
ふと千場店長を見ると、隣には佐々原主任がいて、楽しそうに話していた。
遠くにいるから、どんな内容なのかはわからないけど……。
堂々と交際宣言したほうが、気が楽になるのかな。
いや、そんな勇気は私にはない。
懇親会が終わると、それぞれ2次会に行く人がいた。
私は笑顔でお見送りすると、自分の家に帰ろうと歩き始める。
あぁ、疲れた……。
「彩歩」
その呼び方にドキッとして振り向くと、追いかけてきた千場店長がいた。
「皆さんと2次会に行かないんですか?」
「行くけど……一言、言わせろ」
急に機嫌を悪くした千場店長に驚く。
「ごめん」
小さい声で謝られた。
「だって、彩歩。郷田と仲良くし過ぎなんだもの。俺のことは無視するのに」
「無視なんかしてないです。ただ、私と千場店長では不釣り合いですし、佐々原主任とのほうがお似合い」
話の途中で、千場店長は私をギュッと抱きしめる。
ここは、公の場だ。
誰かに見られたらどうするつもりなんだろう。
「不安なのはお互い様なんだぞ。俺を信じてくれよ。不安ならハッキリ言えばいい。その不安を取り除くように、努力するし、説明するから」
抱きしめていた私をそっと離した千場店長は、ポケットからなにかを出した。
「手、出して」
手を差し出すと、鍵を置いてくれる。
これは、千場店長の家の鍵?
「俺の家の鍵。合鍵だから。いつでも自由においで」
「……え?」
「こういうのって、迷惑か?」
「あ、あの。ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「……」
こんな性格で本当にごめんなさい。
そんな思いで私はひとりで電車に向かって歩いていく。
だって、だって、不安なの。怖いの。
でも、いつまでも逃げる訳にはいかないよね。
やっぱり、素直にならなきゃ。
歩みを止めて考える。
いま、戻れは千場店長はまだ居るかもしれない。
そう思って走って戻っていくと千場店長はまだいた!
……けど、佐々原主任もいた。
佐々原主任は、まだ千場店長を好きなのかもしれない。
私なんか、勝てっこない。
ふたりに気がつかれないように、トボトボと電車に向かって再び歩き出した。
電車の中で泣かないように我慢していたけど、ポロッと涙が零れる。
私が悪いのだけど、千場店長を避けているせいか、元気がでない。
家に戻ってポストを開けると、封筒が届いていた。
『春風新人賞小説募集係』
はぁ、また落選通知か。
ふーとため息をついて部屋に入っていく。
封筒を開ける気にもならず、机の中に片付けてしまう。
手のひらを開くと、千場店長からもらった鍵がある。
私は千場店長からもらった合鍵を投げようと手を上げたけど、やっぱり、そんなことができなくて……。
自分のキーケースにつけた。
勇気を出してちゃんと聞くなんて、無理だよ。
なにもする気が起きなかったけど、次回作のプロットを考える。
キャラクターの名前も考えないとなぁ……。
こんなに自信をなくすなら最初から人を好きになって、付き合わなければよかったとさえ思えてしまう。
あんなに勇気を出して告白したのにな……。
自分の問題なんだろうけど、うまくいかない。
じれったい自分の性格が嫌になった。
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