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エピローグ

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エピローグ

クリスマスも二人きりでラブラブと、千場店長と一緒に過ごす時間を楽しんだ。
クリスマスに佐々原主任は入籍をしたらしく、千場店長にピースをしている
写メ付きのメールが送られてきた。


お正月も千場店長と一緒に過ごし、1月2日には千場課長のご両親に会いに行くことになった。
ご両親に私を紹介するということは、期待してもいいの?
横浜に住んでいるご両親。
マンションの前に立つと千場課長は静かに話しだす。
「母さんは俺には大学に行ってもらいたかったみたいだけど、俺は家が嫌で高校を卒業してすぐ就職したって教えただろ?大手に就職したから許してくれたけどさ。それから一度も家に帰ってないんだ」
「えっ!?」
「そんな俺が彼女を連れてくるなんて驚くだろうな」
アポなしってこと? 
千場店長らしいけど、一気に身体が硬くなる。
「彩歩のおかげでこうやって帰ってくることができたんだ。ありがとう」
「いえ……」
チャイムを鳴らす。
『はい』
柔らかい声が聞こえてきた。
「一樹です。上がってもいいですか?」
『……どうぞ』
驚いているだろう。
久しぶりの再会に私が一緒でいいのだろうか。
オートロックが解除されて上まで行くと、お母さんとお父さんが出迎えてくれた。ふたりともすごく優しそうに見える。
小さい頃に負った傷はなかなか癒えないだろう。
玄関に入ると千場店長は緊張していた。
「お付き合いしている天宮彩歩さん。同じ会社の部下なんだ。お父さんとお母さんに紹介したくて突然おじゃましました」
私を紹介してくれた。
「天宮と申します。突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいえ。来てくださって嬉しいわ。お正月に一樹が戻って来てくれると思わなかったし、お雑煮があるから召し上がってね」
お母さんは涙目になっていて、心から喜んでいるように見えた。
その様子を見ているお父さんも嬉しそうだ。
リビングに通されると、そんなに広い部屋ではなかった。
暖かな雰囲気のお部屋だ。
お雑煮を出してくれて穏やかな雰囲気だったけれど、千場店長の顔は浮かない感じだ。
数年間の溝があるのかもしれない。
「一樹。あなたを置いて出て行ったことを後悔しているの。子供は一生であなただけと決めて、それを理解してもらってお父さんと結婚したのよ」
お父さんは、隣で頷いていた。
「……そうなんだ」
「ごめんなさい」
「もう、気にしてないよ。いまは俺も幸せだから」
笑顔を作った千場店長は、少し無理しているようにも見える。
すごく心配だ。

また来ることを約束して家を出ると、チラチラと雪が降ってきた。
千場店長はうつむいて深く呼吸をしている。
そのたびに、白い息が出ていた。
「ごめんな。変な空気の中に一緒に連れて行ってさ。彩歩がいてくれてよかった」
「千場店長。よく、頑張りましたね」
私は思い切り抱きしめた。
辛い過去に向き合って、未来を歩いて行こうとする気持ちが痛いほど伝わってきた。
大丈夫。
これからの未来はそんなに悪くないと思う。
私がそばにいて、いつもじゃれ合っていたい。
許されるならずっとずっと一緒にいさせてほしい。




明日は、いよいよ授賞式だ。
受賞した人の名前はすでにホームページ上で発表されていた。
『おめでとう』と会社の皆さんにもお祝いしてもらった。
いいことが続きすぎて人生の運を使い果たしたのではないかと心配になってくる。
授賞式前日から千場店長の家に泊まらせてもらっている。
おそらく、ひとりでいると緊張し過ぎて耐えられないだろうから。
ふたりでゆっくりできるのが一番のリラックスタイムだ。
食卓テーブルを借りて原稿をチェックしている。
千場店長はソファーに座りながらテレビを見ていた。
4月の出版に向けて編集作業もスタートしていて、千場店長の家にノートパソコンも持参している。
ふと、メモリースティックが目に入り、会社に落としてしまった日を思い出した。
「懐かしいな」
呟くと千場店長が「ん?」と言って顔を私に向けてくれる。
「このメモリースティックを千場店長に拾われた時は、人生が終わったと思いました。でも、あの日がはじまりだったんですね」
「弱みを握って意地悪いっぱいして、すまなかった」
「千場店長の束縛は凄いですよね。でも、いまじゃ……それがないと寂しいな……」
立ち上がってソファーに座っている千場店長の元へ行き、抱きついた。
頭を撫でてくれる。
「明日は授賞式だな。頑張ってくるんだよ」
「はいっ」
明日は午後からお休みをもらい授賞式に出席する。
その後、雑誌のインタビューがあったりと、忙しい一日になりそうだ。
一緒にベッドに入ると、千場店長はギュッと抱きしめてくれる。
「今日はダメだよね。明日は大事な日だから」
抱枕を抱くように私を全身で抱きしめてきた。
こんなにぴったりくっつかれるのも初めは驚いたけど、いまじゃこの方が安心する。
私は、ぐっすり眠ることができた。


午前中の仕事を終えると、私は皆さんに頭を下げて出て行く。
千場課長が走ってきた。
「落ち着いて頑張っておいで。家で待っているからな」

緊張しながら授賞式があるホテルへ向かうと、担当の方が案内してくれる。
赤い花を胸につけてくれて、席についた。
たくさんの新聞記者やテレビ関係の方がいて、一気に頭が痛くなってくる。
受賞は嬉しいけど、人前に出るのは苦手だと思った。
名前を呼ばれて賞状を手にした時の喜びは、一生忘れられないだろう。
これからも、読者の皆さんが楽しんでもらえるような作品を書いていきたいって、強く思った。
授賞式を終えると、文芸誌の雑誌ライターさんからインタビューを受ける。
男性でスーツを着こなしていて、テキパキと質問してくる方だ。
ホテルの喫茶店で色々聞かれた。
「この受賞を誰に伝えたいですか?」
「亡くなった祖母です。天国で喜んでいると思います。そして上司です」
「上司?」
「はい。内気な性格の私を上司はいつも励ましてくださり、前向きに考えることを教えて下さいました。今回佳作を頂いたこの小説も『前向きに努力し続けると人生がハッピーになっていく』というテーマを込めているんです」
「素敵な上司なんですね」
ライターさんはニッコリと笑ってくださった。

その夜のニュースでは、授賞式の様子がテレビで流れていて、知り合いから連絡がきて対応が大変だ。
電話が落ち着くと、千場店長は頬を膨らませている。
「どうかしました?」
「俺だけの彩歩じゃないんだなぁーって。寂しい……」
「そんな、膨れないでくださいよ」
「あーあ。俺だけの彩歩だって約束できるものがあればいいのに」
そう言った千場店長は、なにかを思いついたような顔をする。
「とりあえず、出版に向けて頑張って!」
「は、はい……」
また、なにか思いついたのではとヒヤヒヤしていたけれど、特になにも事件は起こらず平穏に暮らしていた。
変わったことと言えば、郷田さんに恋人ができたらしいということ。
先月から派遣で来ている22歳のキャピキャピ女の子は、いっつも「郷田さん、マジ、タイプなんですぅ~」とどこにいてもアピールしていた。
そのたびに、郷田さんは耳が真っ赤になって咳払いをしていたのだ。
私や郷田さんのタイプは、ぐいぐい来られると弱いみたいだ。
でも、幸せそうだからよしとしよう。
三浦さんも相変わらず彼氏と仲良くやっているようだ。
休みの日には、一緒に買い物に行ってくれたり可愛がってくれていて本当にありがたいと思っている。



千場店長の家に行った時、私が受賞した直後に受けたインタビューが掲載されている雑誌を読んでいた。
「お邪魔します」
慌てて雑誌から顔をあげた。
「あ、彩歩……来てたんだね」
照れ笑いしている。
「もしかして、インタビュー読んじゃいました?」
「あ、うん。こんな風に思っていてくれてたなんてありがたいなぁーって。ますます、彩歩が欲しくなる」
珍しく照れまくっている千場店長が可愛くて、私はたまらなくなり、ソファーに座っている千場店長を後ろから抱きしめた。
「大好きですっ」
「彩歩……。俺もだ。ってか、くっつくなよ。我慢できなくなるだろ」




4月になった。
新年度になり、忙しく過ごしている。
仕事は続けながら雑誌での短編を書かせてもらったりしていて両立するのに大変だけど、充実した毎日だ。
出版の準備が着々と進み、表紙を決めたり、見本が届いたりすると現実なんだと感じて、嬉しさと緊張が込み上げてきた。

そして、今日は出版日当日。
仕事を終えると書店に寄った。
自分の本が並んでいるのを見た時、涙が溢れそうになる。夢が叶ったと思うと全身に鳥肌が立ち、声も出ないくらい喜びに包まれた。

その週の土曜日。
千場店長はお祝いをしてくれるとのことで、ちょっとお洒落をして待っていた。車でお迎えに来てくれた。
今日はカジュアルなグレーのスーツで登場した千場店長。いつも素敵だけど、今日は一段と輝いて見えるのは気のせいだろうか?
助手席に座ると、ニコッとして頭を撫でてくれる。
そして、朝から甘いキスをくれた。
「今日は景色のいいところでランチをしようか」
「はい」
車を走らせてくれる千場店長の横顔を見つめる。
大好きな人にお祝いしてもらえるなんて、すごく幸せだな。
連れてきてくれたのは富士山が見えるホテルのレストランだった。
入り口からして高級感が漂っている。
富士山が一番見えやすい席が予約されていた。
小さな音でクラシックが流れていて、心地いい雰囲気を作り出している。
座るとタイミングよくドリンクが運ばれてきた。
千場店長が料理のコースも予約してくれていたみたいだ。
「彩歩、出版おめでとう」
「ありがとうございます」
乾杯をして見つめ合う。
それにしても、こんなに贅沢しなくていいのに。
ランチは和食で美味しいお魚をたっぷり堪能し、デザートのぜんざいまでしっかり完食した。
「はぁ、お腹いっぱいです」
「ああ、よかった」
一瞬。
空気が止まったように感じた。
すると、千場店長は私の本をテーブルに置く。
わざわざ持ってきたのか。
「大作家になって手の届かないところへ行ってしまう前に、サインをしてほしいんだ」
ボールペンを私の手に持たせた。
「ここで……? というか、そんな手の届かないところなんて行きませんよ」
「お願い」
強く懇願される。
私はくすっと笑う。
「わかりました」
本を開くとなにか挟まっている。封筒?
千場店長は、黙っている。
封筒には「天宮彩歩様」と書かれていた。
封筒の中身を確認すると薄っぺらい紙……婚姻届……。
びっくりして千場店長を見つめる。
「彩歩。俺のお嫁さんになってください」
真剣な顔で言われた。
驚きと、サインってそう言う意味だったのかと思ったのと、なによりも嬉しさが溢れだした。
私はしっかりと千場店長を見つめる。
「はい。よろしくお願いします」
「はぁ、よかった……」
千場店長は、柔らかい表情になった。
気がつけば、まわりにいるスタッフさんたちが、拍手をしてくれていた。

私と、千場店長は婚姻届にお互いの名前のみを記入する。
自分の名前を書くだけなのに、すごく緊張して手が震える。
温かい眼差しを送ってくれた。
千場店長も同じように緊張していて、書き終えるとニコッと笑う。
「なんか、照れるな」
「はい」
千場店長が日程が決まるまで持っていることになった。
「富士山に誓います。俺は彩歩を絶対に幸せにする」
「ありがとうございます。私も、一樹さんを支えていきます」
「一樹って言ってくれた」
顔を赤くして喜んでくれている。
温かい日差しが降り注ぐ中で、永遠の愛を誓う――。
きっとこれからも、束縛されつづけるだろうけど、私の辞書には束縛はこんな風に書かれるだろう。
最大級の彼の愛情表現。


                  エンド



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