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置き手紙
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「――どうしたのですか、そんなに泣いて……」
ひどく心配するようなその優しい声音に、胸が苦しくなる。ハーノインのもつランプの明かりに照らされた彼のこちらを心から気遣う表情に、サレナは再び涙を流した。
(こんな風に優しくされる権利、俺にはないのに……)
見ていられないほど痛ましくぼろぼろと涙を流しながら、華奢な肩を震わせるサレナ。心を蝕む恋という名の病は、愛しいハーノインを目の前にすると一層苦しみをもたらした。
「……言いづらいような事なのですね。それなら、無理に聞き出したりはしません」
めそめそと泣くばかりで口をきかないサレナに、ハーノインは慈悲深く微笑みかけると――包み込むようにそっと、サレナのその小柄で細い身体を抱きしめ、あやすように背中を撫でてきた。
(ッ……‼)
服越しに伝わってくるハーノインの体温、すぐ近くで感じる息づかい、清潔な香り、その全てがサレナの理性を甘く溶かす。高まる心臓の拍動が彼に聞こえてしまうのではないかと思うと、サレナは息の仕方を忘れてしまいそうなほど苦しくなる。
(……ごめんなさい、好きで、好きで堪らない……愛して、しまいました)
ハーノインの慈悲につけ込むようでずるいと思いながらも、サレナは彼に縋り付き、その腕に抱きしめられた。
とめどなく涙を流しながら、ハーノインの背に手を回す。こうしてくっついて居られるだけでも恐ろしいほどの幸福感がこみ上げてくるのに、もっと……恋人のように口づけてみたいと、生肌を触れあわせ熱を交わし合いたいという淫らな欲望が沸いてきて、サレナは自分自身に恐怖した。
(もう、ここには居られない……)
――――――
――懺悔の夜から一週間が経った。夜闇の中、サレナは礼拝堂のオルガンの前にたたずみ、その鍵盤の上にそっと一通の手紙を置く。
この一週間、悩み、苦しみ、何度も涙で濡らしては書き直したその手紙には、今まで育ててくれたハーノインへの感謝と、突然手紙だけ残して去ることへの謝罪を記した。
(これでいいんだ、これで……)
深く息をつき、礼拝堂から、そして教会から永遠に去るべく、踵を返した……その時だった。
「――どこへ行く気ですか、サレナ」
――全く、気配を感じていなかった。あまりの驚きに、一瞬息の仕方も忘れ、心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃を受ける。
オルガンに手紙を添え、後ろを振り返るとすぐそこに居たのは、ひどく冷たい表情をしたハーノインだった。
「し、司教様、これはっ……」
今まで見たこともないハーノインのそんな表情にサレナは怯え、後ずさりする。
「……その手紙、中身はこれと同じですね?」
ハーノインは懐からしわくちゃになったサレナの手紙の“書き損じ”を取り出すと、震えて尻餅をつくサレナにゆっくりと詰め寄っていった。
「逃げるつもりなんですか、ここから」
「ご、ごめんなさい、司教様、ごめんなさいっ……」
サレナは顔を蒼白にして、ガタガタと怯えおののく。
いつもあんなに温厚で、穏やかで、慈愛に満ちた微笑みを崩さない彼を……ここまで怒らせてしまった。
しかし、何も言わずに去ろうとしたことがどんなに恩知らずな行為だったとしても、サレナが何年も一緒に過ごし見てきたハーノインは、これほどに怒るような人ではないはずだった。
「謝るばかりでは分かりませんね。どうして私の元を去ろうなどと思ったのです」
「……ッ」
いつもより一段と低い彼の声に問われて、サレナは口を噤んだ。
まさか、ハーノインに恋慕するあまり、嫉妬や独占欲といった醜い感情に心を汚し、教会という神に祈りを捧げるための聖なる場所で淫らな妄想ばかりしてしまい辛くなったなどと……司教に仕える資格など無くした罪深い人間だから出て行くのだなどと告白できるわけがない。
黙りこくるサレナを厳しい眼差しで射貫くと、ハーノインは静かにため息をついた。
「最近の君はいつもそうですね。黙って泣くばかり……まぁ、良いでしょう。いずれ全て吐かせますから」
ハーノインの美しい造形の手が、サレナを強引に抱き寄せる。
――次の瞬間、いつもとはまるで違うハーノインの雰囲気に狼狽していたサレナの唇は、彼によって深く奪われた。
「ッ……⁉」
長い舌がサレナの唇を割り、中を犯す。夢にまで見た彼との口づけなのに、口内をじっくりと蹂躙される未知の感覚に思考が停止した。
「……もう逃がしませんよ、絶対に」
ひどく心配するようなその優しい声音に、胸が苦しくなる。ハーノインのもつランプの明かりに照らされた彼のこちらを心から気遣う表情に、サレナは再び涙を流した。
(こんな風に優しくされる権利、俺にはないのに……)
見ていられないほど痛ましくぼろぼろと涙を流しながら、華奢な肩を震わせるサレナ。心を蝕む恋という名の病は、愛しいハーノインを目の前にすると一層苦しみをもたらした。
「……言いづらいような事なのですね。それなら、無理に聞き出したりはしません」
めそめそと泣くばかりで口をきかないサレナに、ハーノインは慈悲深く微笑みかけると――包み込むようにそっと、サレナのその小柄で細い身体を抱きしめ、あやすように背中を撫でてきた。
(ッ……‼)
服越しに伝わってくるハーノインの体温、すぐ近くで感じる息づかい、清潔な香り、その全てがサレナの理性を甘く溶かす。高まる心臓の拍動が彼に聞こえてしまうのではないかと思うと、サレナは息の仕方を忘れてしまいそうなほど苦しくなる。
(……ごめんなさい、好きで、好きで堪らない……愛して、しまいました)
ハーノインの慈悲につけ込むようでずるいと思いながらも、サレナは彼に縋り付き、その腕に抱きしめられた。
とめどなく涙を流しながら、ハーノインの背に手を回す。こうしてくっついて居られるだけでも恐ろしいほどの幸福感がこみ上げてくるのに、もっと……恋人のように口づけてみたいと、生肌を触れあわせ熱を交わし合いたいという淫らな欲望が沸いてきて、サレナは自分自身に恐怖した。
(もう、ここには居られない……)
――――――
――懺悔の夜から一週間が経った。夜闇の中、サレナは礼拝堂のオルガンの前にたたずみ、その鍵盤の上にそっと一通の手紙を置く。
この一週間、悩み、苦しみ、何度も涙で濡らしては書き直したその手紙には、今まで育ててくれたハーノインへの感謝と、突然手紙だけ残して去ることへの謝罪を記した。
(これでいいんだ、これで……)
深く息をつき、礼拝堂から、そして教会から永遠に去るべく、踵を返した……その時だった。
「――どこへ行く気ですか、サレナ」
――全く、気配を感じていなかった。あまりの驚きに、一瞬息の仕方も忘れ、心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃を受ける。
オルガンに手紙を添え、後ろを振り返るとすぐそこに居たのは、ひどく冷たい表情をしたハーノインだった。
「し、司教様、これはっ……」
今まで見たこともないハーノインのそんな表情にサレナは怯え、後ずさりする。
「……その手紙、中身はこれと同じですね?」
ハーノインは懐からしわくちゃになったサレナの手紙の“書き損じ”を取り出すと、震えて尻餅をつくサレナにゆっくりと詰め寄っていった。
「逃げるつもりなんですか、ここから」
「ご、ごめんなさい、司教様、ごめんなさいっ……」
サレナは顔を蒼白にして、ガタガタと怯えおののく。
いつもあんなに温厚で、穏やかで、慈愛に満ちた微笑みを崩さない彼を……ここまで怒らせてしまった。
しかし、何も言わずに去ろうとしたことがどんなに恩知らずな行為だったとしても、サレナが何年も一緒に過ごし見てきたハーノインは、これほどに怒るような人ではないはずだった。
「謝るばかりでは分かりませんね。どうして私の元を去ろうなどと思ったのです」
「……ッ」
いつもより一段と低い彼の声に問われて、サレナは口を噤んだ。
まさか、ハーノインに恋慕するあまり、嫉妬や独占欲といった醜い感情に心を汚し、教会という神に祈りを捧げるための聖なる場所で淫らな妄想ばかりしてしまい辛くなったなどと……司教に仕える資格など無くした罪深い人間だから出て行くのだなどと告白できるわけがない。
黙りこくるサレナを厳しい眼差しで射貫くと、ハーノインは静かにため息をついた。
「最近の君はいつもそうですね。黙って泣くばかり……まぁ、良いでしょう。いずれ全て吐かせますから」
ハーノインの美しい造形の手が、サレナを強引に抱き寄せる。
――次の瞬間、いつもとはまるで違うハーノインの雰囲気に狼狽していたサレナの唇は、彼によって深く奪われた。
「ッ……⁉」
長い舌がサレナの唇を割り、中を犯す。夢にまで見た彼との口づけなのに、口内をじっくりと蹂躙される未知の感覚に思考が停止した。
「……もう逃がしませんよ、絶対に」
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