あの人と。

Haru.

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本編

87 対面

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 気付いたら部屋に戻っていた。いつものカウチの上でダグに抱えられた状態で泣いていた。

 何も言わずただただ優しく撫でてくれる手が暖かくて。ボロボロと次から次へと涙はこぼれ落ちて止まることを知らない。







 どれくらい泣いていたんだろう。随分と経っているように感じるけれど、まだまだ止まる気配はない。
 嗚咽は止まったけれど、涙ははらはらと静かに流れ続けている。

 どうやって止めるんだろう……

「無理に止めるな。泣くときは思いっきり泣くんだ。そうしないと後で泣けなくなる。泣くことは弱いことじゃない。いいんだ、泣いて。その分、強くなろう。一緒に強くなっていこう」

 そんなこと言われたら止めることなんてできなくて。ボロボロ泣きながらダグに縋りつく。

「ダ、グ……ダグぅ……僕、僕家族に会いたい……みんなに会いたい……」

「ああ、そうだな」

「でも、ダグとも離れたくない……」

「ああ、俺もだ」

「僕、欲張り……?」

「そんなことない。むしろ欲がなさすぎるくらいだ」

「でも、日本も忘れられないしこの世界も手放せない……」

「元の世界を忘れる必要なんてない。ユキはいくらでも思い出して泣けばいい。そのたびに俺がユキを支える。いや、俺だけじゃない。リディアだって、陛下方だって、ヴォイド様だって、団長やラギアスだってユキを支えるさ。辛くなったら誰だっていい。いくらでも縋れ。夜中でも早朝でもいつだっていい。いいか、1人で苦しむな。1人で泣くな。俺たちが、俺がいる」

「うん……うん……ありがとう、ありがとうダグ……」

 ダグの愛情がひしひしと伝わってくる。静かな声でゆっくりと言い聞かせるように語るダグの声に安心し、だんだんと瞼が降りてきた。


 おそらく今日が過ぎても、僕は突然日本を思い出して泣くことがあるんだろう。
 だって、18年間生きてきた日本をわすれることなんてできないから。たとえこの世界で生きた時間が日本で生きた時間を越しても、日本のことを忘れることはできないのだろう。


 まさか突然2度と会えなくなるなんて思っていなかった。まだあの家で一緒に暮らしていくものだと思っていた。
 ……僕は父さんたちに目一杯の感謝を伝えられていただろうか。

 もっとたくさんありがとうって言えばよかった。もっと一緒の時間を作っておけばよかった。

 勝手にいなくなってごめんなさい。何も伝えられなくてごめんなさい。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう……みんなが大好きだよ……




 散々泣いた僕はそのままダグに身を託しゆっくりと意識を落としていった。



















*****
















「初めまして、幸仁」

「……あなたは……?」

 気付いたら僕は真っ白な空間にいた。目の前には人間とは思えないほど綺麗な人。

「そうだな、人間の言葉を借りるならば神、かな」

「神様……? じゃあ僕をヴィルヘルムへ連れて来た……」

 神様ならば人間離れした容姿にも頷ける。

「そうなるね」

「……ここは?」

「そうだな、君の夢の中、かな。私が君の夢に入り込んで今この状態だ」

「僕の……? ……なにも、ないんですね」

 ただ白いだけで何もない。夢ってもっと心の中の色んなものが映し出されてると思ってたんだけど、僕の心って空っぽなの……?

「夢といっても一部に過ぎないからね。もちろん、家族や恋人で埋め尽くされている空間もあるよ。たまたま僕がここに入って君の意識をここに呼び寄せたってだけさ」

「そうですか……」

「……落ち着いてるね」

「……本当は色々と聞きたいです。でも、聞きたいことが多過ぎて……」

 僕は元の世界でどうなっているのか? 家族は今どうしているのか? なんで僕が選ばれたのか? 元の世界に帰る方法はないのか?

「……ふむ、なるほど。まずは君は日本では存在がなかったことになっている」

「……予想はしてました」

 してたけど……きついなぁ……

 だめだ、泣くな。泣くな幸仁。1人で泣くな。ダグの元に戻ってから泣かないと。

「……ご家族は元気に暮らしているけど君を忘れてしまった。悲しいかい?」

「……はい。でも、僕があそこにいたという事実は僕の中にも貴方の中にも残っている。それに、ロイが言っていました。関係の糸というものは意思と関係なく築かれるものだからたとえ忘れてしまってもずっと繋がっていると。それで、十分です……」

 だって、僕も家族がいなくなった僕を探してずっと奔走し、結局見つからなかった僕に悲しむなんていやだから。日本どころか地球のどこにもいない僕を探し続け苦しまれるのは嫌だから。
 それならもう、忘れられてしまったほうがいい。それでも僕と家族の糸は切れないのだから、僕はずっとあの人達の家族でいられる。それで、十分だよ。

「そうだね、その通りだ。関係の糸は確かに切れることはない。君とご家族の縁は永遠に結ばれているよ」

「……なら十分です」

「そうか……あとはなんで君だったか、か……君はこの世界で生きていける体だったんだ。魔力という地球にはない力は、地球に生きる生き物にとって普通ならば毒になる。だが君は魔力に耐えれる体を持っていた。歴代の神子もそうだ。魔力に耐えうる体を持つ人間はなかなか産まれない。……いや、産まれても育てばそれが変わることもある。中身がこの世界に送るに値しない人間もいる。その分君は賢いし優しい心も強い心も持つ。だから君はかなり貴重な人材だったんだよ」

「……なら、なぜ神子は必要なんですか」

 異世界から1人の人間を送るのに、なんの意味もないはずがない。それならば送る必要などないから。

「人々の調和、かな。たった少しで良いんだ。神子の優しい心を世界に向けてほしい。君で言えば獣人の解放、かな。達成できなくてももちろん構わない。そんな考えをもった、影響力の強い存在が必要だったんだ。君はいつも通り生活してくれたら良い。君らしく生きてくれ」

「僕らしく……」

「ああ。なんなら毎日恋人といちゃついていても構わないんだよ。現に、あの舞踏会に来ていた貴族達の中には獣人への見方を良い方向に変えた者もいるようだ。君のあの時の行動が、そうさせた。だから君は君らしく生きてくれたらいい」

 まさか、あの時だけで影響があるとは……それですこしでも苦しまなくなった獣人がいたらいいのだけど……

「でも、世の中を変えるためには僕はうごかないとだめなのでは? たとえそれが僕らしいものとは離れてしまっても……」

「あの日の行動も、本心から動いたものだっただろう? 君は、本心のままに生きてくれ。だから、その上で君が毎日部屋で恋人といちゃいちゃしていても構わないってことだ」

「でも、あの日は舞踏会に参加するなど本心ではいやでした」

 嫌だったけれど参加したことで獣人への見方を変えた人間が現れたのならやはり僕は本心を抑えないと……?

「いや、違う。君は君の周りに生きる人間達に迷惑をかけたくない、という本心があったからあれに参加したんだ。すでに君の承認だけとなったあの舞踏会を強く拒否すれば周りが困ると、それだけはだめだと本心から強く願ったからこそ参加したんだ。つまり結局は本心からなのだよ」

「……なるほど。なら僕は気ままに生きます」

 確かにあの時断っていればリディアやロイ達にも影響が出ていただろう。それだけはダメだった。リディア達に迷惑をかけることだけはしたくない。
 なるほど、確かに本心からの行動だったのか。

「うん。それでいい。君は気負う必要など何もない。無理に動く必要もない。君は君らしく、それでいいんだよ」

「……はい。神子として何をしたらいいのか正直わからなかったので良かったです」

「うん、なんの説明もなしに連れて来たのは私だからね。君にはなんの責任もないから、自由に生きてくれ。その上でほんの少しだけ優しさを世界に向けてくれたらいいよ」

「わかりました。それくらいなら大丈夫です。流石に世界の命運を握れ、なんて言われなくてよかったです」

 ただの高校生男子だった僕にそんなこと言われても無理だ。流石に神様とて無理だとわかるだろう。

「流石にそんなことをしてしまったら神と言えども天罰が下ってしまうよ」

 おどけたようにそれでいて本気のトーンで言った神様の表情は何かに怯えているようにも見えた。
 ……なるほど、神様にも地位があるのかもしれない。まだまだ上司となる神様がいるのかな。


「あとは元の世界に帰る方法はないのか、か……すまない、はっきり言ってない」

「でしょうね。……それならもうそれで仕方ないです。確かに家族には会いたい。でもダグと離れたくない。だからこそ不確実なのは嫌だったんです。もしかしたら突然この世界に来た時のように突然戻ることになるのかもしれない、とか」

 今までの神子は寿命で亡くなっていたようだから僕もこの世界で寿命を迎えるのだろうと思っていたけれど、確実とは言い切れなくて。もしかして起きたら自分の部屋だったり……なんて思ったりもしてたんだ。

「ふむ……ならば君はもうダグラスと共に生きておくれ。大丈夫、この先君達が寿命以外で別たれることはないように加護を授けよう」

「ありがとうございます。それは嬉しいです。ダグも僕もいつ誰に襲われるかわからないですから……」

 そう言って思い出したのは竜人の第3王子の事件。何度思い出しても目の前で血を流すダグに身体が震える。本当に生きていてよかった……

「……そうだね、ないとも言えない。この加護は君達が互いを愛し続ける限り永遠に続く」

「なら加護がなくなることはないですね」

「ふふ、そうだね。なさそうだ。でもね、死なないからって敵の攻撃を生身で受け止めたりしないでね。流石に私も防御する前提でいるからね」

「わかりました。なら僕は今まで以上に魔法を鍛えておきます」

「まぁ、ほどほどに、ね? 君の近くには君が無理をすることを許さない人が随分と多いようだしね」

「そうですね、気をつけます」

 ダグとリディアを筆頭にロイ達もだよなぁ……過保護な人達ばかりだ。



「さて、と……そろそろ時間だね。なにか叶えて欲しいことはないかい? 君の人生を変えてしまったお詫びに可能な限り叶えよう」

「……元の世界の家族が幸せに暮らせるように見守っていてください」

「君はいいのかい?」

「僕はダグといるだけで幸せなので。加護がもらえただけで十分です」

 十分すぎるくらいだ。ダグがいる限り僕は幸せ。ならば家族だけ見守っていてもらおう。

「そう。ならばその願いは叶えよう。神の名において其方の願いは聞き入れられた。驕ることなかれ。昂ぶることなかれ。油断することなかれ。世界を見よ。人を見よ。さすらば其方の行く先に道は開かれん」

 真剣な表情で僕にゆっくりと言い聞かせた神がゆっくりと消えていくと僕の意識も沈んでいった。

 
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