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第八話 お泊まりセットを使うとき①
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その申し出に、頭がフリーズした。
固まっている私に、矢野くんは続ける。
「はじめからこうなるのを狙ってたと思われたら心外なんで 誤解しないでほしいんですけど、雷が落ち着いても雨はしばらくずっと降ってるみたいだし、それならうちでゆっくりしてって、朝帰った方が無理がないかなと思いますよ」
まるで仕事で何かを提案する時のようにすらすら話してから、「美緒さんにお任せしますけど」とぽつりと付け足す。
実は今回の、所謂‘おうちデート’については沙織からいろいろなアドバイスを受けていた。たまたまLINEでの会話の流れで、付き合うことになったことを伝えたところ、既読がついた直後にとんでもないテンションの高さで電話をかけてきたからだ。
『万が一ってこともあるから、お泊りセット持って行った方がいいかもよ!だって元カノの置いてったやつ借りるとか嫌じゃない?私そういうのちょっと…ていうか美緒にそんなもん貸してきたら許さない。あー、でも洋服はいらないんじゃない?そうなったら貸してもらいなよ!』
興奮したように一気に言われ、実は今日、一泊できるくらいの簡単な用意はある。
だからこそ、沙織の言っていた‘万が一’の展開になりそうなことへの驚きに、頭がフリーズしたのだ。ほんとになった、と。
こんな天気の中帰るのは気が進まないのは事実だし、送ってもらうのも気が引ける。駅についても公共交通機関がうまく使えないかもしれないし、明日は日曜日だからどうしても今日帰らないといけないわけじゃないし…と頭が整理されないままぐるぐる回る。
一体誰への言い訳なのか考えてから、でも、別に嫌ではないのだということに気付く。いや、むしろ。
「あの、初めてお邪魔したのにそれはありなの?」
「だって天気最悪じゃないですか。こんな中帰らせるの嫌だし」
「それもそうなんだけど、そのー…泊まるっていうことは、えっと…」
「…いや、今の時点で下心が1ミリもないと言ったら嘘になりますけど。でも別になんていうか…そういうことしたいから泊まりを提案してるんじゃないんで」
‘そういうこと’が何なのかは、さすがに分かる。
付き合っている以上、いつかはあるだろうと思っていた。でも、はじめからそれが目的だと言われるとちょっと凹むような、ややこしい葛藤があるようなことで。
でも矢野くんが本当に私の帰路を心配しているということはよく伝わってくる。そしてそれ以上に、自分自身がちょっとこの後に期待していることにも気付いてしまっている。我ながら浅ましさを感じて、黙り込んでしまう。
「俺ってそんな節操なしに見えます?」
「見えない、です…」
「でしょ。俺にも美緒さんはそんな風に見えてないし。だから大丈夫。美緒さんの嫌がることは絶対にしない。それは自信あります」
矢野くんはちょっとおどけたようにドヤ顔で親指をたててから、「あーでもコンビニに必要なもの買いに行ったりしないといけないですかね。メイク落とし?とかそういうやつ」と窓に近付き、外の様子を伺う。
生憎、まだまだ土砂降り。水溜りに波紋が出来る余地すらないくらい、雨粒がひっきりなしに落ちてきているのがわかる。
「どこのメーカーのやつがいいとか、あんまりこだわりないようなら、俺がひとっ走り行ってきますけど」
「あの…」
「ん?」
「あるので、大丈夫…です」
「何が?」
「その……お泊りセット的なもの?」
「え」
矢野くんはばっとこちらを振り返ってから、目を丸くした。
なんだか、彼の言う「はじめからこうなるのを狙ってたと思われたら心外なんで」を、私の方が台無しにしてしまっているようで恥ずかしい。でも、この大雨の中、コンビニまで行ってもらうのは申し訳なさ過ぎた。でも彼はその後、私の方へふらっと近付き、言った。
「…少しでも、そういうこと考えてくれてたってこと?」
このタイミングで、友達が準備していけって言ったからーとか妙な言い訳をするのはなんだか野暮な気がして小さく頷くと、ぎゅーっと抱き締められる。その状態のまま何秒かしてから、ゆっくりと体は離れた。
「風呂溜めてきます」
脱衣洗面所に向かう矢野くんはどことなく嬉しそうで、なんだか可愛かった。
固まっている私に、矢野くんは続ける。
「はじめからこうなるのを狙ってたと思われたら心外なんで 誤解しないでほしいんですけど、雷が落ち着いても雨はしばらくずっと降ってるみたいだし、それならうちでゆっくりしてって、朝帰った方が無理がないかなと思いますよ」
まるで仕事で何かを提案する時のようにすらすら話してから、「美緒さんにお任せしますけど」とぽつりと付け足す。
実は今回の、所謂‘おうちデート’については沙織からいろいろなアドバイスを受けていた。たまたまLINEでの会話の流れで、付き合うことになったことを伝えたところ、既読がついた直後にとんでもないテンションの高さで電話をかけてきたからだ。
『万が一ってこともあるから、お泊りセット持って行った方がいいかもよ!だって元カノの置いてったやつ借りるとか嫌じゃない?私そういうのちょっと…ていうか美緒にそんなもん貸してきたら許さない。あー、でも洋服はいらないんじゃない?そうなったら貸してもらいなよ!』
興奮したように一気に言われ、実は今日、一泊できるくらいの簡単な用意はある。
だからこそ、沙織の言っていた‘万が一’の展開になりそうなことへの驚きに、頭がフリーズしたのだ。ほんとになった、と。
こんな天気の中帰るのは気が進まないのは事実だし、送ってもらうのも気が引ける。駅についても公共交通機関がうまく使えないかもしれないし、明日は日曜日だからどうしても今日帰らないといけないわけじゃないし…と頭が整理されないままぐるぐる回る。
一体誰への言い訳なのか考えてから、でも、別に嫌ではないのだということに気付く。いや、むしろ。
「あの、初めてお邪魔したのにそれはありなの?」
「だって天気最悪じゃないですか。こんな中帰らせるの嫌だし」
「それもそうなんだけど、そのー…泊まるっていうことは、えっと…」
「…いや、今の時点で下心が1ミリもないと言ったら嘘になりますけど。でも別になんていうか…そういうことしたいから泊まりを提案してるんじゃないんで」
‘そういうこと’が何なのかは、さすがに分かる。
付き合っている以上、いつかはあるだろうと思っていた。でも、はじめからそれが目的だと言われるとちょっと凹むような、ややこしい葛藤があるようなことで。
でも矢野くんが本当に私の帰路を心配しているということはよく伝わってくる。そしてそれ以上に、自分自身がちょっとこの後に期待していることにも気付いてしまっている。我ながら浅ましさを感じて、黙り込んでしまう。
「俺ってそんな節操なしに見えます?」
「見えない、です…」
「でしょ。俺にも美緒さんはそんな風に見えてないし。だから大丈夫。美緒さんの嫌がることは絶対にしない。それは自信あります」
矢野くんはちょっとおどけたようにドヤ顔で親指をたててから、「あーでもコンビニに必要なもの買いに行ったりしないといけないですかね。メイク落とし?とかそういうやつ」と窓に近付き、外の様子を伺う。
生憎、まだまだ土砂降り。水溜りに波紋が出来る余地すらないくらい、雨粒がひっきりなしに落ちてきているのがわかる。
「どこのメーカーのやつがいいとか、あんまりこだわりないようなら、俺がひとっ走り行ってきますけど」
「あの…」
「ん?」
「あるので、大丈夫…です」
「何が?」
「その……お泊りセット的なもの?」
「え」
矢野くんはばっとこちらを振り返ってから、目を丸くした。
なんだか、彼の言う「はじめからこうなるのを狙ってたと思われたら心外なんで」を、私の方が台無しにしてしまっているようで恥ずかしい。でも、この大雨の中、コンビニまで行ってもらうのは申し訳なさ過ぎた。でも彼はその後、私の方へふらっと近付き、言った。
「…少しでも、そういうこと考えてくれてたってこと?」
このタイミングで、友達が準備していけって言ったからーとか妙な言い訳をするのはなんだか野暮な気がして小さく頷くと、ぎゅーっと抱き締められる。その状態のまま何秒かしてから、ゆっくりと体は離れた。
「風呂溜めてきます」
脱衣洗面所に向かう矢野くんはどことなく嬉しそうで、なんだか可愛かった。
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