ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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恋人

12.初めての夜①

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 エレベーターの中では、お互いに一言も話さなかった。
 心臓の音が外に聞こえてしまうのではないかと思うくらい緊張していたけれど、でも不思議と怖くはなかった。隣にいるのがこの人なら、大丈夫だろうと。

 カードキーで解錠した彼が扉を開けてくれる。「どうぞ」と先に進むように促されて、おそるおそる中に入ると、後ろからゆるゆると抱き締められる。
 持っていた通勤鞄が床に落ちた。

「…好きだ」
「…知ってる」

 うなじに吐息がかかって、その熱さにきゅんとして。すると、くるりと体を向い合わせにされて、もう一度「ずっと、好きなんだよ」と言われる。
 何かを乞うようなその声に微笑んで、私ももう一度「知ってる」と小さく頷くと、顎に手を添えられて顔が上を向いた。

 静かに顔が近付いて、唇が重なった。柔らかく食むように、何度も角度を変えて触れ合う。
 想いが溢れてくるような口づけに必死になって応える。私も彼のことが好きだと、ちゃんと伝わるように。
 耳や輪郭を指先ですりすりと触られて、くすぐったくて身を捩ると、その隙に舌が口内に差し込まれる。

「ふぁ…んん…」

 それは深くなり、彼の舌が口内を這い回るように動く。
 彼とのキスは初めてではない。
 でもこんな、隙間を埋め合うような濃厚な触れ合い方をしたのは初めて。酸欠になるかと思うような口づけの合間に、上顎を舌で刺激されて、膝の力が抜けそうになる。

「大丈夫?」

 よろめいた私を軽々と抱き上げて、彼は部屋の中に進んでいく。
 大きな部屋に、大きなソファ、大きな窓。でも 広々としたその空間には目もくれず、寝室を目指す。開いていた扉からキングサイズのベッドが置かれた薄暗い部屋に足を踏み入れると、ベッドにそっと横たえられる。
 起き上がってその瞳を見つめ返すと、宏隆は、ネクタイを緩めながら「なんだか信じられない」と笑う。

「信じられない?」
「妄想かなって」
「現実だよ」
「うん、どうやらそうみたいだ」

 そんな風に話しながら、私のブラウスのボタンもひとつひとつ丁寧に外していく。私も彼のワイシャツのボタンに手を掛けると、どちらからともなく顔が近付いて、唇が触れた。

「若菜の方は?心の準備できてる?」
「わかんない…でも」

 彼の首にしがみつくように腕を回すと、体温が移ってくるようで、あたたかい。
 額と額を合わせて目を閉じる。

「…ずっと好きでいてくれて、ありがとう」

 すると、ひと時の沈黙の後、どさりとベッドに押し倒された。

「……ほんと、そういうとこ」

 首筋や鎖骨を、少しかさついた彼の唇が掠めていく。つっ…と舌で舐められて、むずむずする。

「さっき俺に ずるいって言ったけど、そういう意味では若菜の方がよっぽどずるいんだよなあ」

 お腹からするりと大きな手が入り込み、胸に触れた。そのままやわやわと揉まれて、初めての感覚に背筋を反らせる。

「あ、あっ…」
「……柔らかい。ふわふわしてる」

 独り言のように呟きながらひとしきり私の胸をふるふると揺らした後、彼は親指と中指で先端を摘み、くりくりと弄ぶ。
 甘い痺れに声が漏れそうになると、唾液が流れ込みそうなほど深く口付けられた。

「んんっ…んー…っ…!」

 苦しくなって思わず顔を逸らして息をすると、宏隆は体を起こす。

「ごめん、苦しかった?」
「苦しかった、けど…いい…。声出ちゃいそうだから」
「えっ、声出してほしい。聞きたい」
「やだよ、恥ずかしいもん…」

 自分のよがっている声なんて、出来れば聞きたくない。それなのに、彼は「聞きたい。どうしても聞きたい」などと言いながら、慌てている私からブラウスやスカート、ショーツ以外の下着をあっという間に取り去ってしまう。ストッキングまで難なく脱がされて、恥ずかしくて両腕で前を隠したのに、手首を掴まれて広げられた。

「あ、やだ…恥ずかし……やぁん…!」

 さっきまで摘まれていた胸の先端をしゃぶるように舐められる。おまけに舌先でぐりぐりと押し潰すように扱かれて、体に今まで感じたことがない快感が走る。

「や、まっ…て…よぉ…ひゃぁん…っ!」
「…きもちいい?」
「わ、かんない…っ!や、んんっ…ぁ…」

 いやいやと首を振ったのに、彼は私の両手首を片手で抑えて、頭の上に固定する。空いた方の手もお尻や内腿を撫でたり、指先でなぞったりと忙しい。触れるか触れないかくらい微妙な触り方をされるとたまらなくなって、お腹の奥がきゅんとするようで。そんな小さな刺激のひとつひとつを、初めての体は十分過ぎるほど拾っていく。
 びくびくと体が震えるのを宥めるように、優しく落とされるキスに気を取られていると、ゆっくりと脚の付け根に這わされた手が、足の間に入り込み、ショーツのクロッチ部分を指で引っ掻く。

「…下も触りたい」
「え、なん…あぁっ…!」

 次の瞬間、彼の指がショーツの隙間からつぷりと埋められる。そこが信じられないくらいぬるついているということは、さすがに自分でもわかった。

「…すごい、ぐしょぐしょだ」
「も…言わないで…」

 すると私の言葉などまるで聞こえなかったかのように、「嬉しい」と言いながらくちゅくちゅとそこを弄り始める。
 中から溢れた蜜できっと彼の指はべたべただろう。「指がふやけそう」などと耳元で囁かれては、顔から火が出るのではないかと思う。
 
「や、あっ…だ、めって…っ!」
「でも溢れてくるよ。こっちもだんだん膨らんできた」
「あっ、そこはほんとに…や、んぁああっ!」

 自分では触ったことのなかった秘所の小さな膨らみを彼の指が捕らえたとき、あまりの快感の大きさに腰が跳ねた。彼の指はぬるぬると蜜を纏わせて、その膨らみを優しく押し潰すように擦ってくるから、悲鳴のような声が出てしまいそうになる。
 大きな声を抑えたくて、いつの間にか解放されていた両手を口に押し当てる。
 すると、彼は体を下にずらし、私の膝に手を掛けて大きく足を開かせた。

「えっ、何…?あぁ…っ!!」

 それは、これまで感じたことのない感覚。指で何度も擦られて敏感になった秘所の膨らみを、彼が弾くように舌で愛撫し始める。挿し入れた指をゆっくり動かしながら中も刺激されて、腰が震えた。
 そんなところを舌で責められることの羞恥と、それなのにちゃんと気持ちよくなってしまっていることへの困惑の中、目の前がぼんやりと白く霞み始める。
 そんな私の状態をわかっているのかいないのか、じゅうっと吸い上げるようにされた瞬間、甘い痺れが一気に全身を駆け抜けて、爪先がぴんとなった。

「ああぁ……っ!!」

 ふわふわしているのに、体中が熱くてたまらない。初めての感覚に包まれながらぐったりしてしまう。
 彼は口元を拭いながら体を起こして、脱げかけていたシャツやスーツのズボンなどを脱いで、適当に放り投げる。よさそうなスーツだったから一瞬心配になったけれど、その瞳はいつもとは違ってぎらぎらしていて、ああ、私で欲情してくれているんだと、なんだか安心してしまう。
 ちょっと怖いような、何かを期待してしまうような気持ちになりながら、手を伸ばすとぴったりと体をくっつけるように抱き締められた。

「…ねぇ、宏隆」
「ん?」
「私、初めてなの」
「…うん、知ってる」

 一応申告はしておこうと思って改めてそう伝えたけれど、もう知っていたらしい。まあ、それはそうか。
 彼は小さく溜息をついてから、私の額に静かにキスをする。

「できるだけ痛くないようにゆっくりする。本当に無理だったら途中でもやめる。でもごめん……若菜の初めての相手になれるのは単純に死ぬほど嬉しい」

 大真面目にそんなことを言われて、思わずふふっと笑ってしまう。

「宏隆となら痛くても頑張れるから、途中ではやめない。あと、これから先もずっと宏隆がいいなって思ってる」

 だって、この人よりも私のことを好きでいてくれる人は、きっともう現れない。

 すると、それを聞いた彼は一瞬泣きそうな顔になってから「若菜には敵わないや」と小さく笑って口付けてくる。
 しかしそのキスはすぐに、行為の再開を促すような甘く深いものに変わっていった。



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