ちゃんとしたい私たち

篠宮華

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ここだけの話

後輩は推している

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 若菜先輩が、結婚した。
 部長からその話があったとき、一番に心配したのは、まさか寿退社なんてことにならないだろうかということだった。
 「苗字は変わりますが、引き続きよろしくお願いいたします」と言うのでほっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。

 仕事ができて優しい憧れの先輩……最近はますますその可愛らしさに磨きがかかって、時々いい匂いまでするものだから、もはや『推し』状態。私の仕事のモチベーション的に欠かせない存在なのだ。

「若菜先輩、ご結婚おめでとうございます!」

 昼休み、デスクに昼食を広げながら、ずっと思い切り伝えたかったお祝いを伝えると、先輩は幸せそうに微笑む。

「ありがとう」
「お相手は例の『彼氏的な人』ですよね…!?」
「あ、うん。そうそう」

 こんな素敵な人を妻にするなんて、前世で何かものすごく徳を積んだのであろう。
 話によると、小さい頃からの幼馴染みというではないか。小中高、おまけに大学まで同じだったと聞いて、すごいなあと感心してしまう。中高で離れたり、違う大学に進んだり、どこかで途切れることが多いだろう。運命的な縁なのかもと思うと、改めて感嘆の溜め息が漏れる。純愛過ぎません?

 しかし、偶然アパートの隣の部屋に越してきたという話を聞いたあたりで、ん?と思い始める。
 大学卒業して、就職して一度離れたとはいえ、そんな都合のいいことあります…?

「部屋が隣同士だったから、困った時にお迎えに来てくれたり、作り過ぎた料理持ってきてくれたりして。昔から本当に面倒見がよくてね」などと先輩は笑っているけれど、正直幼馴染みレベルを超えていると思う。
 え、その時点で絶対好きでしょ。余程好意のある相手にじゃないとしないと思う。
 それに、面倒見がいいというよりどちらかというと溺愛というか、全力で他の男を寄せ付けないようにしているような感じもする。

 ……もしや旦那さん、結構重め?
 仕事はバリバリするけれど基本的にはほわほわ系の先輩の背後で、先輩に近づく変な虫をやっつけるために目を光らせている人、みたいな印象を受ける。
 そう考えるとこの栄養満点のお弁当も、なかなかの牽制技と言えるような。この間、山崎先輩も食らってたあれ。
 ということは…。

「…もしかして、若菜先輩の初彼氏って旦那さんだったりします?」
「あ、そうそう!よくわかったね」

 やはり。
 これだけモテそうな人がつい最近までフリーだったなんて、何かしらの力が働いていてもおかしくはない。これはおそらく、いや、まさに鉄壁の幼馴染みガード…。この様子だと先輩はそんなことには全く気付いていなさそうだけど。

「恋人っていうより、結婚しようが先みたいな感じだったかな。お互いに」
「おお…なるほど」

 いろいろすっ飛ばして、よくそんな重大な選択ができたなと思うけれど、その辺りは幼馴染み同士の云々があるのだろう。恋愛経験が多ければいいというものでもない。
 大切な推しを、誰よりも愛してくれる存在がいてくれるのは嬉しいものだ。旦那さんがどんな人であれ、若菜先輩が幸せそうだということだけはよくわかるから。

「今度一緒にご飯行きましょ!若菜先輩の新婚生活のお話聞きたいです」

 おにぎりをもぐもぐしている先輩にそう言うと「私の話はどうでもいいけど、最近外に食べに出てないね。いつ行く?」と結構乗り気で返してくれたので嬉しくなる。スマホのスケジュールアプリを開きながら、私は先輩のデスクに椅子を近づけた。



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