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彼女のとある一日②
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講義が終わり、飲み物を買うために売店に向かおうとすると、嘉治くんは「俺もなんか甘いもん買う」とついてきた。
授業が終わったばかりで、売店は同じようにお菓子や飲み物を買いに来た学生で混み合っている。
「甘いもの好きなんだね」
「うん、甘いもん食べないと頭働かなくない?」
それを聞いて、この間、航さんが食べていた95%カカオのチョコレートのことを思い出す。あれは苦かった。一方、嘉治くんが持っているのはいちごミルクのキャンディーだ。私は無事にお気に入りのストレートティーを購入して売店を出る。
すると。
「あっ、唯ちゃんだぁ!」
その声に振り向くと、そこにはポニーテールの小柄な女性が立っていた。どこかのフェスのライブTシャツにゆったりとしたデニムを合わせて、大きめのリュックサックを背負ったその姿はなんだかまるでライブ帰りのようだ。
「わぁ、亜純ちゃん!お疲れさま」
宮田亜純ちゃん。入学式の日にたまたま席が隣だったことで仲良くなった同級生だった。学部は同じだけど学科が違うので、被っている授業は少ない。でも、よく連絡を取り合う友人だ。
私が声を掛けると、亜純ちゃんは手を広げながら私に駆け寄り、ぎゅっと抱き付いてくるので、私も抱き締め返す。帰国子女の亜純ちゃんは、海外で過ごしていた期間が長いせいか、挨拶の仕方がいつもフレンドリーだ。
「おつかれ!はぁー唯ちゃんは今日も天使だなー。………って、え?」
「え?」
急に声色が変わったから、何かあったのかと体を離すと、亜純ちゃんは肩ごしに、私の後ろに立っていた嘉治くんを見ていた。その眉間には深い皺が刻まれていて。
「…もしかして、雅也?」
「…よー元気か、亜純」
「元気だったけど、あんたの顔見たら元気じゃなくなった」
「会って早々にそれはひどくない?」
「あ…あんたまさか、唯ちゃんに変な絡み方してないでしょうね…?」
「は?変な絡み方って何だよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
——なぜそんな喧嘩腰なの…!?
顔を見るなりあっという間に険悪になった二人の間で、慌ててしまう。
売店の前がざわざわしていてよかった。こちらの妙な様子に気付いている人はいない。
「ふ、二人は知り合いなの?」
「知り合いっていうか…」
「…従兄妹なの。積極的に認めたくはないけど」
努めて明るく尋ねると、お互いに牽制するように睨み合ったままではあったけれど、渋々といった様子で答えてくれた。
「従兄妹!?そうなんだ」
場の雰囲気はともかく、すごい偶然だなあと感心していると、亜純ちゃんは嘉治くんに向かって、釘を刺すように言う。
「唯ちゃんにはちゃんと素敵な彼氏がいるんだからね。絶対に手出しちゃだめよ」
「なっ…出さねえよ!しかもなんでそんなことお前に言われなきゃいけないんだ」
「唯ちゃんは私の大事な友達だからよ」
「ま…まあまあ、二人とも落ち着いて」
きょうだいもいない上、誰かが言い合うのを見たのはいつ以来かわからないくらい喧嘩慣れしていない私は、とりあえず笑いながらも二人の傍らで内心頭を抱えていた。
すると、何秒かの沈黙の後、亜純ちゃんは、我にかえったようにはっとして私に駆け寄り「唯ちゃん、ごめーん!」と手を握ってきた。嘉治くんもちょっと慌てたように鞄から飴を出して「これ、あげるから許して」と頭を下げてくる。あまりに息ぴったりなその様子に、再び面食らってしまう。
「あっやばい。次始まっちゃう!唯ちゃん次は?」
「私は今日はこれで終わりだけど…嘉治くんは?」
「俺も終わり」
「次の講義棟までちょっと離れてるから、私もう行かなきゃ。雅也、まじで唯ちゃんに変なことしないでよ」
「だぁから、しないっつってんだろ!うるさいな」
亜純ちゃんは後ろ髪を引かれるような様子で、「唯ちゃん、今度また一緒に遊ぼ!連絡する」と言い残し、去っていった。同じように次の時間に講義の入っている学生がそれぞれの場所に移動を始め、だんだんと人が少なくなっていく。
私は隣に立ち尽くしたままの嘉治くんを恐る恐る見る。すると意外にも穏やかな表情を浮かべていた。なんならちょっと嬉しそうな…。
「あのー…本当は亜純ちゃんと結構仲いい?」
「えっ?あ、いや、別に仲良くはないけど…ていうかあれを見て仲いいと思う来栖さんすごいよ」
「そうかな。何かこう…喧嘩するほど仲がいい、みたいな?」
「…まー、久しぶりに会ったし、一応あんなやつでも従兄妹だから」
「ふーん…」
何かありそうだなと思いつつ、まだ友達になったばかりだし、亜純ちゃん本人のいないところであんまり詮索するのもよくないかなと思って、黙って鞄を持ち直す。
「私、図書館に寄ってから帰るね。お疲れ様」
「待って!連絡先教えて」
「あ、そうだね」
スマホの画面に表示された友達登録の画面に表示された嘉治くんのプロフィール画像を見ると、某テーマパークのマスコットキャラクターの画像が設定されていた。
「あれ、これって…」
「ん?」
「このキャラ、亜純ちゃんも好きだよね」
「え?あ、あーそうなんだ。そ、それは知らなかったな」
視線がうろうろと彷徨っている様子を見て、これは絶対に知ってたなと思う。
「……やっぱり仲いいと思うんだけどなあ」
「………うーん、まあ、昔は結構仲良かったよ」
ちょっと眉を下げて困ったように笑う姿に、それ以上聞くことを躊躇う。自分には年の近い親戚がいないからわからないけれど、きっと何かあるんだろう。亜純ちゃんと嘉治くんが喧嘩しないで話せればいいなと思うけど、何も知らない私には、まだ見守ることしかできなかった。
授業が終わったばかりで、売店は同じようにお菓子や飲み物を買いに来た学生で混み合っている。
「甘いもの好きなんだね」
「うん、甘いもん食べないと頭働かなくない?」
それを聞いて、この間、航さんが食べていた95%カカオのチョコレートのことを思い出す。あれは苦かった。一方、嘉治くんが持っているのはいちごミルクのキャンディーだ。私は無事にお気に入りのストレートティーを購入して売店を出る。
すると。
「あっ、唯ちゃんだぁ!」
その声に振り向くと、そこにはポニーテールの小柄な女性が立っていた。どこかのフェスのライブTシャツにゆったりとしたデニムを合わせて、大きめのリュックサックを背負ったその姿はなんだかまるでライブ帰りのようだ。
「わぁ、亜純ちゃん!お疲れさま」
宮田亜純ちゃん。入学式の日にたまたま席が隣だったことで仲良くなった同級生だった。学部は同じだけど学科が違うので、被っている授業は少ない。でも、よく連絡を取り合う友人だ。
私が声を掛けると、亜純ちゃんは手を広げながら私に駆け寄り、ぎゅっと抱き付いてくるので、私も抱き締め返す。帰国子女の亜純ちゃんは、海外で過ごしていた期間が長いせいか、挨拶の仕方がいつもフレンドリーだ。
「おつかれ!はぁー唯ちゃんは今日も天使だなー。………って、え?」
「え?」
急に声色が変わったから、何かあったのかと体を離すと、亜純ちゃんは肩ごしに、私の後ろに立っていた嘉治くんを見ていた。その眉間には深い皺が刻まれていて。
「…もしかして、雅也?」
「…よー元気か、亜純」
「元気だったけど、あんたの顔見たら元気じゃなくなった」
「会って早々にそれはひどくない?」
「あ…あんたまさか、唯ちゃんに変な絡み方してないでしょうね…?」
「は?変な絡み方って何だよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
——なぜそんな喧嘩腰なの…!?
顔を見るなりあっという間に険悪になった二人の間で、慌ててしまう。
売店の前がざわざわしていてよかった。こちらの妙な様子に気付いている人はいない。
「ふ、二人は知り合いなの?」
「知り合いっていうか…」
「…従兄妹なの。積極的に認めたくはないけど」
努めて明るく尋ねると、お互いに牽制するように睨み合ったままではあったけれど、渋々といった様子で答えてくれた。
「従兄妹!?そうなんだ」
場の雰囲気はともかく、すごい偶然だなあと感心していると、亜純ちゃんは嘉治くんに向かって、釘を刺すように言う。
「唯ちゃんにはちゃんと素敵な彼氏がいるんだからね。絶対に手出しちゃだめよ」
「なっ…出さねえよ!しかもなんでそんなことお前に言われなきゃいけないんだ」
「唯ちゃんは私の大事な友達だからよ」
「ま…まあまあ、二人とも落ち着いて」
きょうだいもいない上、誰かが言い合うのを見たのはいつ以来かわからないくらい喧嘩慣れしていない私は、とりあえず笑いながらも二人の傍らで内心頭を抱えていた。
すると、何秒かの沈黙の後、亜純ちゃんは、我にかえったようにはっとして私に駆け寄り「唯ちゃん、ごめーん!」と手を握ってきた。嘉治くんもちょっと慌てたように鞄から飴を出して「これ、あげるから許して」と頭を下げてくる。あまりに息ぴったりなその様子に、再び面食らってしまう。
「あっやばい。次始まっちゃう!唯ちゃん次は?」
「私は今日はこれで終わりだけど…嘉治くんは?」
「俺も終わり」
「次の講義棟までちょっと離れてるから、私もう行かなきゃ。雅也、まじで唯ちゃんに変なことしないでよ」
「だぁから、しないっつってんだろ!うるさいな」
亜純ちゃんは後ろ髪を引かれるような様子で、「唯ちゃん、今度また一緒に遊ぼ!連絡する」と言い残し、去っていった。同じように次の時間に講義の入っている学生がそれぞれの場所に移動を始め、だんだんと人が少なくなっていく。
私は隣に立ち尽くしたままの嘉治くんを恐る恐る見る。すると意外にも穏やかな表情を浮かべていた。なんならちょっと嬉しそうな…。
「あのー…本当は亜純ちゃんと結構仲いい?」
「えっ?あ、いや、別に仲良くはないけど…ていうかあれを見て仲いいと思う来栖さんすごいよ」
「そうかな。何かこう…喧嘩するほど仲がいい、みたいな?」
「…まー、久しぶりに会ったし、一応あんなやつでも従兄妹だから」
「ふーん…」
何かありそうだなと思いつつ、まだ友達になったばかりだし、亜純ちゃん本人のいないところであんまり詮索するのもよくないかなと思って、黙って鞄を持ち直す。
「私、図書館に寄ってから帰るね。お疲れ様」
「待って!連絡先教えて」
「あ、そうだね」
スマホの画面に表示された友達登録の画面に表示された嘉治くんのプロフィール画像を見ると、某テーマパークのマスコットキャラクターの画像が設定されていた。
「あれ、これって…」
「ん?」
「このキャラ、亜純ちゃんも好きだよね」
「え?あ、あーそうなんだ。そ、それは知らなかったな」
視線がうろうろと彷徨っている様子を見て、これは絶対に知ってたなと思う。
「……やっぱり仲いいと思うんだけどなあ」
「………うーん、まあ、昔は結構仲良かったよ」
ちょっと眉を下げて困ったように笑う姿に、それ以上聞くことを躊躇う。自分には年の近い親戚がいないからわからないけれど、きっと何かあるんだろう。亜純ちゃんと嘉治くんが喧嘩しないで話せればいいなと思うけど、何も知らない私には、まだ見守ることしかできなかった。
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