9 / 15
会えない時も
9.アドバイス
しおりを挟む
「春日、当日のスタッフの手配のことなんだけど」
「今朝言ってた発注の件、役員にも一応共有しといてくれる?」
「M社の連絡、窓口になってたの春日だよね?」
座る間もなく矢継ぎ早に飛んでくる質問や指示。「忙しくなってくると、こっちもよくわからなくなってきて慌てちゃうから、そういう時こそ落ち着いてね」とよく桃子さんに言われていた教えを守り、どうにか平常心を保っているが、正直ぎりぎりだ。
海外事業部に異動して初めて中心となって担当した大きな案件が、まもなくスタートしようとしている。
引き継ぎを受けた時はこんな大きな話になっていくとは思っていなかった。はじめのうちは嬉しい気持ちが強かったが、次第にその責任の重さがしんどくなってきていた。
何より、桃子さんに会えないのは違う。付き合い始めてから、桃子さんの家に毎日のように通い詰めていたから、会いに行けなくなってからの反動がすごい。
まじで無理。充電したい。桃子さんを抱き締めて、その匂いを全力で吸い込みたい。キスしたいし、頭のてっぺんから爪先まで撫で回してべったべたにしたい。足りない足りない足りない。
どこにぶつけたらいいのかわからない苛立ちが募りながらも、仕事は待ってはくれない。
そんな時。
「春日、ちょっといいか」
山岡課長に呼び止められる声にはっとして振り返ると、「疲れた顔してんなー」と苦笑される。
「いい加減に休憩しろ。業務命令」
「いや、でも…」
「じゃあ俺の休憩に付き合え」
しなくてはならないことが山のようにある。あれとか、それとか、これとか。それなのに結局、無理矢理休憩スペースに連行された。
*
「最近毎日最後なんだって?退勤」
「まあ…はい」
「ちゃんと寝れてんのか?」
「寝れてます」
「えー?ほんとかよー?」
疑うように言われたけれど、割と眠れてはいた。というか、眠ることしかしていないと言った方がいいか。
ばたばたと仕事をしながら合間に適当に軽食をつまんで、夜遅くに家に帰ったらスーツだけ脱いでそのまま倒れるように寝てしまう。朝起きて、寝落ちしたことを大後悔しながらシャワーを浴びてどうにか目を覚まし、コーヒーだけ飲んで出勤する。ここ一週間はそんな感じの日々だった。
「今、詰めの時期だとは思うけど、スタート直前で力尽きて倒れるとかなったら、逆に周りに迷惑かけることになるぞ」
「…はい」
「ちなみに、そんなことになりそう?」
「いや…うーん、ならないようにしてるつもりではあります、けど…」
「俺、今日で今動いてるやつがひと段落するんだけど、そしたらそっちのサポート入ってもいい?」
お前だけじゃ頼りないからサポートに入らせろ、ではなく、あくまでもこちらに最終決定を委ねるような確認の仕方。山岡課長の余裕と気遣いが見えて、ありがたい一方で、同時にほんの少しの情けなさも感じてしまう。
「でも…」
「その分だと花山にも会えてないだろ?」
「……はい」
「春日ってほんっとわかりやすいな!」
俺の項垂れた様子を見て、心底楽しそうに笑いながら、山岡課長は「ま、花山と会えてるならこんな疲弊しきってないか」と俺の背中をばしんと叩いた。
「頼れないやつは倒れるぞ」
「……」
「春日の真面目なところは買ってるけど、一人で自分を追い込むところは直した方がいい」
「追い込んで…ますかね?俺」
「いや、もう追い込み過ぎ。顔からしんどそうなオーラががんがん出てるよ。菅原とか、他のやつもみんな心配してる」
「頑張れよ」とは言われたけれど、「大丈夫?」と声をかけられることはなかったから、そんな風に思われているとは思ってもいなかった。
でも、あの先輩だったらもっと要領よくやれるんだろうなとか、俺じゃない人間がやった方がよかったんじゃないかとか、誰かと比べて落ち込むことは、ここ最近多かった。
「周りが見えてなかったです…すいません」
「いや、そんなことはない。春日はめちゃくちゃよくやってるよ。だからこそ、こんな若いうちに背負い込んで潰れないでほしい。そんでもって春日を上司としてちゃんとサポートするのが俺の仕事」
急に真面目なトーンでそんなことを言われて、その顔をぽかんと見つめてしまうと、山岡課長は「だから、俺にも仕事を頂戴?」と揉み手をしながらにやにや笑う。
わざとおどけて見せるその様子に、この人には頭が上がらないなと改めて思う。
『大知くんはもうちょっと自分のこと褒めてあげて』
この間、桃子さんにも言われた。
もう少し自分を、そして周りを信じてみた方がいいのかもしれない。
「なんかいろいろすいませんでした…後でもう少し具体的に進捗状況を共有させてもらってもいいですか」
「もちろん」
ゴミ箱に飲み終えたコーヒーの紙コップを入れようと立ち上がると、「あ、でもその前に」と、山岡課長が何かを思い付いたように言う。
「忙しいところ悪いんだけど、総務部におつかい行ってきてくんない?届けてほしいファイルがあるんだよな」
「総務部…」
「大好きな花山センパイと会えるといいな。でもちゃんと帰って来いよ?」
最近は、チャットや社内クラウドを使ってやり取りすることが増え、他の部署に足を運ぶことはほとんどない。そんな中、わざわざ総務部まで行く用事なんておそらくなかっただろう。
その飄々とした様子をじっと見つめると、山岡課長は「俺って意外といい上司だろ?」と笑った。
「今朝言ってた発注の件、役員にも一応共有しといてくれる?」
「M社の連絡、窓口になってたの春日だよね?」
座る間もなく矢継ぎ早に飛んでくる質問や指示。「忙しくなってくると、こっちもよくわからなくなってきて慌てちゃうから、そういう時こそ落ち着いてね」とよく桃子さんに言われていた教えを守り、どうにか平常心を保っているが、正直ぎりぎりだ。
海外事業部に異動して初めて中心となって担当した大きな案件が、まもなくスタートしようとしている。
引き継ぎを受けた時はこんな大きな話になっていくとは思っていなかった。はじめのうちは嬉しい気持ちが強かったが、次第にその責任の重さがしんどくなってきていた。
何より、桃子さんに会えないのは違う。付き合い始めてから、桃子さんの家に毎日のように通い詰めていたから、会いに行けなくなってからの反動がすごい。
まじで無理。充電したい。桃子さんを抱き締めて、その匂いを全力で吸い込みたい。キスしたいし、頭のてっぺんから爪先まで撫で回してべったべたにしたい。足りない足りない足りない。
どこにぶつけたらいいのかわからない苛立ちが募りながらも、仕事は待ってはくれない。
そんな時。
「春日、ちょっといいか」
山岡課長に呼び止められる声にはっとして振り返ると、「疲れた顔してんなー」と苦笑される。
「いい加減に休憩しろ。業務命令」
「いや、でも…」
「じゃあ俺の休憩に付き合え」
しなくてはならないことが山のようにある。あれとか、それとか、これとか。それなのに結局、無理矢理休憩スペースに連行された。
*
「最近毎日最後なんだって?退勤」
「まあ…はい」
「ちゃんと寝れてんのか?」
「寝れてます」
「えー?ほんとかよー?」
疑うように言われたけれど、割と眠れてはいた。というか、眠ることしかしていないと言った方がいいか。
ばたばたと仕事をしながら合間に適当に軽食をつまんで、夜遅くに家に帰ったらスーツだけ脱いでそのまま倒れるように寝てしまう。朝起きて、寝落ちしたことを大後悔しながらシャワーを浴びてどうにか目を覚まし、コーヒーだけ飲んで出勤する。ここ一週間はそんな感じの日々だった。
「今、詰めの時期だとは思うけど、スタート直前で力尽きて倒れるとかなったら、逆に周りに迷惑かけることになるぞ」
「…はい」
「ちなみに、そんなことになりそう?」
「いや…うーん、ならないようにしてるつもりではあります、けど…」
「俺、今日で今動いてるやつがひと段落するんだけど、そしたらそっちのサポート入ってもいい?」
お前だけじゃ頼りないからサポートに入らせろ、ではなく、あくまでもこちらに最終決定を委ねるような確認の仕方。山岡課長の余裕と気遣いが見えて、ありがたい一方で、同時にほんの少しの情けなさも感じてしまう。
「でも…」
「その分だと花山にも会えてないだろ?」
「……はい」
「春日ってほんっとわかりやすいな!」
俺の項垂れた様子を見て、心底楽しそうに笑いながら、山岡課長は「ま、花山と会えてるならこんな疲弊しきってないか」と俺の背中をばしんと叩いた。
「頼れないやつは倒れるぞ」
「……」
「春日の真面目なところは買ってるけど、一人で自分を追い込むところは直した方がいい」
「追い込んで…ますかね?俺」
「いや、もう追い込み過ぎ。顔からしんどそうなオーラががんがん出てるよ。菅原とか、他のやつもみんな心配してる」
「頑張れよ」とは言われたけれど、「大丈夫?」と声をかけられることはなかったから、そんな風に思われているとは思ってもいなかった。
でも、あの先輩だったらもっと要領よくやれるんだろうなとか、俺じゃない人間がやった方がよかったんじゃないかとか、誰かと比べて落ち込むことは、ここ最近多かった。
「周りが見えてなかったです…すいません」
「いや、そんなことはない。春日はめちゃくちゃよくやってるよ。だからこそ、こんな若いうちに背負い込んで潰れないでほしい。そんでもって春日を上司としてちゃんとサポートするのが俺の仕事」
急に真面目なトーンでそんなことを言われて、その顔をぽかんと見つめてしまうと、山岡課長は「だから、俺にも仕事を頂戴?」と揉み手をしながらにやにや笑う。
わざとおどけて見せるその様子に、この人には頭が上がらないなと改めて思う。
『大知くんはもうちょっと自分のこと褒めてあげて』
この間、桃子さんにも言われた。
もう少し自分を、そして周りを信じてみた方がいいのかもしれない。
「なんかいろいろすいませんでした…後でもう少し具体的に進捗状況を共有させてもらってもいいですか」
「もちろん」
ゴミ箱に飲み終えたコーヒーの紙コップを入れようと立ち上がると、「あ、でもその前に」と、山岡課長が何かを思い付いたように言う。
「忙しいところ悪いんだけど、総務部におつかい行ってきてくんない?届けてほしいファイルがあるんだよな」
「総務部…」
「大好きな花山センパイと会えるといいな。でもちゃんと帰って来いよ?」
最近は、チャットや社内クラウドを使ってやり取りすることが増え、他の部署に足を運ぶことはほとんどない。そんな中、わざわざ総務部まで行く用事なんておそらくなかっただろう。
その飄々とした様子をじっと見つめると、山岡課長は「俺って意外といい上司だろ?」と笑った。
1
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる