あなたと私のこれからのこと

篠宮華

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 午前9時過ぎ。
 少しずつ人が増えてきた。それでもいつもよりも人が少ない駅の大きな柱に寄りかかり、改札の向こうをじっと見つめ始めてから、かなり経つ。
 彼の到着予定時刻の30分以上前には駅に着いてしまったのだけれど、まだお正月ということもあってか開いていないお店も多く、結局ここにずっと立っているのだ。
 そんな私のスマホのメッセージアプリが『ついたよ』という四文字のメッセージの受信を知らせたのは30秒くらい前。

 孝哉が帰ってくる1月1日。離れて過ごす生活が始まって、8ヶ月くらい経っていた。お互いの休みが連続で重なるお正月、この日をどんなに待ちわびたことか。

 彼…樋井ひのい孝哉たかやとは、大学時代に同じサークルに所属していたことから親しくなって、付き合い始めた。学部は違ったけれど、気が合ってすぐに仲良くなったのを覚えている。
 就活も一緒に頑張って、それぞれが無事に希望するところへの採用が決まったときは、二人だけでお祝いパーティーをした。
 就職してからは、案の定とんでもなく忙しくて毎日くたくただったけれど、それでも時間を作って励まし合いながらやってきた。
 そこで、社会人としての生活にだいぶ慣れてきた頃、お互いの職場の丁度中間地点にあるマンションで同棲を始めた。それまでは会う時間を捻出するだけでも一苦労だったのに、家に帰れば、朝起きれば、大好きな人が隣にいるなんてあまりにも幸せで、内心浮かれまくっていた。
 しかし、そんな甘い時間は長くは続かず、同棲を始めて2ヶ月あまりで彼の転勤が決まった。遠くへ行くことになると聞いたときは寂しくて仕方がなかった。でも、私がうじうじしたからといって決定が覆ることはないということ、そして何より、彼が仕事を好きだということも、よく分かっていた。
 だから至って冷静に、あまり動じていないように振る舞った。家族にまで「葵って嬉しいのか怒ってるのか分からないときあるよね」と言われるくらい働かない自分の表情筋が、このときばかりは都合がよかった。
 …それからもう半年以上が経ったなんて。

 その時、大勢の人混みの中で、ダウンジャケットを着込んでやや大きめのリュックを背負った背の高い影が見えた。
 あれだ、間違いない。
 意外とがっちりしていて手足が長いから、スーツが本当によく似合うなあと、毎朝人知れずうっとりしていたのを思い出す。…もちろん、本人に言ったことはなかったけれど。
 仕事のときはきちんとしているのであろう髪は、今はぼさっとしているけれど、そんなところもやっぱり好きだと思う。

 思わずふらふらと改札の方へ足を進めると、向こうも私に気づいたようでこちらにひらひらと手を振りながら駆け寄ってきた。

「ごめん、結構待った?」
「…ううん。そんなに」

 …待ったけど、言わない。
 それよりも、孝哉が私のことを見下ろしながら、まるで有名人にでも会ったときのように「うわぁ…本物だぁ…!」などとはしゃぐからなんだか拍子抜けしてしまう。でも、彼のそういうところにも実は結構救われることが多くて。

「髪伸びたね。ふわふわじゃん。可愛い」
「パーマかけたから。孝哉は短いね」
「ああ、俺は一昨日切ったから。どう?可愛い?」
「可愛い可愛い」
「よっしゃ」

 楽しそうに笑いながら、頭をかく仕草は昔から変わらない。それだけのことなのになんだか今は妙に新鮮でじーんとしてしまう。

 …遠距離恋愛は、思っていたより平気で、思っていたより寂しかった。
 離れていても心は近くにある!と前向きな気持ちになれるときと、一緒にいてほしいときにいつも隣にいない…と落ち込むとき、両方ともあった。少し早めに仕事納めをした私とは違い、彼は大晦日まで仕事があった。そんなわけで、帰ってくることになったのが まさかの元旦だったこともあって、なんなら最近はどちらかというと後者の方が多かったかもしれない。
 …いけない。気持ちが弱っている。
 うるうるしそうになったのを見られないように俯いてから、ぱちぱちと瞬きをする。すると孝哉は「さて」とリュックを背負い直した。

「このまま初詣行ってさ、その後 家でのんびりしない?」
「いいけど…荷物重くないの?」
「いや、大丈夫。余裕」

 するりと指を絡めるように手を繋がれて隣に並ぶ。

「えっ!手冷たすぎじゃん。絶対ここでずっと待ってただろ。もー!」
「…末端冷え性なだけだよ」

 孝哉は冷えた私の手を自分の手でさすりながら、「風邪ひかせたくないんだから、次からはあったかいところにいてよ」と困ったように笑った。



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