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孤月さんの秘密
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しおりを挟むそういえば昼間にいた黒い影はどうなったんだろう?予感だけで、何も起こらなければいいけれど。
「すごい音がしましたが大丈夫ですか、光秋様?」
近づいてきた気配に振り向くと、何人分もの膳を積んだ人がそこに立っていた。膳で顔は見えないけど、この低くて渋い声は――
「和之さん」
「出血、なし。突き指、なし。打撲、なし。お怪我は、無いようですね?」
「す、すみません。すぐ、片づけますから」
膳の塔を一旦置いた和之さんが、心配そうに顔を覗いてくる。
今の俺は、どんな顔をしているんだろう?きっと、人には見せられないような、情けない顔をしているんだろうな。
恥ずかしい、情けない。顔を隠すように俯いて破片を掴むと、その手を慌てて彼が掴んだ。
「かまいません。始末は他の者にやらせますので、光秋様はこちらに……あっ!」
手の平に食い込む破片。そんなに痛みは感じないが、ポタッと赤い液が滴り落ちて俺の着物を染めた。
一瞬の沈黙ののち、彼は青ざめて目を見開くと、飛び退いて勢いよくゴンッ!と床に頭を打ちつけた。
いや、正しくは土下座。両手を床につき、ものすごい勢いで頭を振り下ろすものだから、とんでもなく鈍い音が響く。
「申し訳ありません!当主の大事なお体に、傷をつけてしまった。流血なんて……っ!」
あ、これは嫌な予感。さっきの“嫌な予感”よりはだいぶ軽い、嫌ーな予感。
「お詫びにもならぬやもしれませんが、この腹斬って――」
「や、やめてください!!」
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