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15.小部屋の中
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エドラヒルは俺と目を合わせてうなずくと、俺の前に出た。
「私は年長者だ。先に入ってみよう」
そう言って、すたすたと部屋の中に足を踏み入れて、それから振り返って手招きをした。
「寝台と棚があるだけだ」
中に足を踏み入れると、そこは言葉のとおりのシンプルな部屋だった。
しかし、
「豪華な寝台だな……」
天蓋がついた寝台は大きく、部屋の半分以上を占めている。
部屋の壁には細かい装飾がなされており、狭い空間だが金がかかっているのが見て取れた。――ただの宿屋ではない雰囲気がする。
「そうだ、水晶を捜さないと」
そんなことを考えていたら、入り口が閉じてしまう。
俺は意識を水晶へと戻すと、水晶に魔力を流した。
「――あの棚の、引き出しのどれかだな――」
俺は棚を見た。そのどこかから、確かな反応を感じる。
――しかし、引き出しはいくつもある。そのどれもが、開けば先ほどのように捕獲の罠が作動するのだろうか。
「……オリヴァーよ」
声がして振り返ると、エドラヒルが俺を紫の瞳で見つめていた。
「――私もいるぞ」
「――そうだな」
「……」
しばらく黙って見つめていると、エドラヒルは「はぁ」とため息をついた。
「水晶に魔力を流すのをやってやるから、お前は風でどの引き出しか探ってみろ、と言っているのだ。――察しが悪いな、全く」
「ああ、そういうことか。ありがとう」
協力してくれる、とそういうことか。
俺は水晶をエドラヒルに渡した。
「……“察しが悪い”は、言う必要はなかったと思うけどな……」
そう付け加えると、エドラヒルは眉間に皺を寄せながら、水晶を握った。
「お前ひとりでやる必要はない、と言いたかったのだ」
エドラヒルが水晶に魔力を流すと、水晶が今までで一番明るく光った。
――相方に共鳴するように。
俺は目を閉じると、風の精霊の動きを探った。
エドラヒルの手の中の水晶から、風の流れができている。
それは、引き出しの一カ所へと、流れていた。
「ここだ、エドラヒル」
俺は引き出しの一つを指差した。
エドラヒルは水晶に魔力を流すのを止めると、ポケットから種を出して、発芽させた。
蔓がしゅるしゅると伸び、引き出しを引っ張った。
シュン!
また捕獲魔法が作動し、蔓が暗闇に飲み込まれる。
エドラヒルは再度蔓を伸ばすと、その引き出しの中から袋を取り出した。
蔓はそれを俺の手の中に落とした。
俺は恐る恐る、その袋を開いた。
「――あった!」
中には、鈍く光を放つ――水晶飾りのついた、腕輪のようなものがあった。
俺は目を瞬いた。
まさか、本当に見つけられるとは。
あの水晶の片割れ。
――そして、袋の中には、もう1つ、何か入っていた。
「……これは、手紙?」
入っていたのは封筒だった。
封は開いている。中身を取り出してみると、柔らかな筆跡で、古代文字が並んでいた。
俺は目を細めた。「騎士」「待つ」単語は読めるが――
エドラヒルが俺の手から手紙を取った。
「読んでみようか。――だいすきなきしさま。ねんねするよるを、ずっとこころでまっていたの。わたしは……かごのなかの、ちゅんちゅん」
「ちょっと待て」
俺は頭を抱えた。
「本当にそう書いてあるのか。子どもの“お手紙”じゃないんだから」
「いや、エルフ語の幼児語なんだ、お前の言う古代文字というのは」
俺は『汝の名が』が『お名前なぁに』だったことを思い出した。
古代文字はエルフが古代人に伝えたものだ。人が理解しやすいように幼児語を伝えたということであれば、エドラヒルから見ればそう書かれているのだろう。
「――もっと、こう、翻訳できないか」
「どのように」
「『だいすきなきしさま』は、『愛しの騎士様』、『ねんねする夜』は――“一緒に寝る夜”」
文章の意味を理解した瞬間、顔に一気に熱が集まった。どう表現するべきか。
――こんなものを口に出して言う日が来るとは思わなかった。
「……えぇと、『一緒に過ごす夜』くらいか」
「――なるほど。やってみよう」
エドラヒルは手紙をしばらく見つめてから、口を開いた。
俺はごくりと唾を飲んだ。こいつにできるだろうか。
「――『愛しい騎士さま。あなたとのこの夜をどれほど待ちわびていることでしょう。夫に飼われる鳥籠の鳥のような私にとってあなたは青空』――」
「そこまででいい、エドラヒル」
俺は慌てて制した。エドラヒルは上手く翻訳してくれた。
しかし……耳が熱い。どうして俺が照れなければならないんだ。
柔らかな絨毯。豪奢な装飾に満ちた小部屋。
その中でも、ひときわ細工の凝った寝台。
――つまり、ここは。
「なんなんだお前は。翻訳しろだの、そこで止めろだの。要望が多い奴だな」
それから周囲を見回す。
「人間というのは、複数の相手と契ることもあると聞くが。それは昔からなのだな……」
興味深そうに呟くエドラヒルを、俺は思わず凝視した。
「君は……この場所がどういう場所だったか、わかっているのか?」
「もちろんだ。公にできぬ関係――たとえば夫以外の相手と逢瀬するための場所だろう。――あの遺跡は、大きな邸宅の跡地だったようだが、隠れてこのような場所を生業としていたのかもしれない。……忍び込んだものを捕獲するような仕掛けがあるのもうなずける」
彼は淡々と答える。
「私はお前よりよほど長く生きている。そのような問いは不快だな」
「あ……悪い」
俺は目を伏せた。――どこか浮世離れしていると思っていたのは、俺の勝手な思い込みだったらしい。
「ただ、君は人の社会のことには疎いのかと……」
「知っているぞ。人間は感情が豊かで、気まぐれだ」
エドラヒルは部屋を見回した。
「移り気だからこそ、人間は繁栄しているのだろう。エルフも見習うべきところはある」
「……エルフは移り気ではないのか?」
「エルフにとって伴侶は運命の共同体だ」
一瞬だけ、声が低くなる。
「生涯、ただ一人だ」
彼は静かに息を吐いた。
「……だから、森は息が詰まる」
「私は年長者だ。先に入ってみよう」
そう言って、すたすたと部屋の中に足を踏み入れて、それから振り返って手招きをした。
「寝台と棚があるだけだ」
中に足を踏み入れると、そこは言葉のとおりのシンプルな部屋だった。
しかし、
「豪華な寝台だな……」
天蓋がついた寝台は大きく、部屋の半分以上を占めている。
部屋の壁には細かい装飾がなされており、狭い空間だが金がかかっているのが見て取れた。――ただの宿屋ではない雰囲気がする。
「そうだ、水晶を捜さないと」
そんなことを考えていたら、入り口が閉じてしまう。
俺は意識を水晶へと戻すと、水晶に魔力を流した。
「――あの棚の、引き出しのどれかだな――」
俺は棚を見た。そのどこかから、確かな反応を感じる。
――しかし、引き出しはいくつもある。そのどれもが、開けば先ほどのように捕獲の罠が作動するのだろうか。
「……オリヴァーよ」
声がして振り返ると、エドラヒルが俺を紫の瞳で見つめていた。
「――私もいるぞ」
「――そうだな」
「……」
しばらく黙って見つめていると、エドラヒルは「はぁ」とため息をついた。
「水晶に魔力を流すのをやってやるから、お前は風でどの引き出しか探ってみろ、と言っているのだ。――察しが悪いな、全く」
「ああ、そういうことか。ありがとう」
協力してくれる、とそういうことか。
俺は水晶をエドラヒルに渡した。
「……“察しが悪い”は、言う必要はなかったと思うけどな……」
そう付け加えると、エドラヒルは眉間に皺を寄せながら、水晶を握った。
「お前ひとりでやる必要はない、と言いたかったのだ」
エドラヒルが水晶に魔力を流すと、水晶が今までで一番明るく光った。
――相方に共鳴するように。
俺は目を閉じると、風の精霊の動きを探った。
エドラヒルの手の中の水晶から、風の流れができている。
それは、引き出しの一カ所へと、流れていた。
「ここだ、エドラヒル」
俺は引き出しの一つを指差した。
エドラヒルは水晶に魔力を流すのを止めると、ポケットから種を出して、発芽させた。
蔓がしゅるしゅると伸び、引き出しを引っ張った。
シュン!
また捕獲魔法が作動し、蔓が暗闇に飲み込まれる。
エドラヒルは再度蔓を伸ばすと、その引き出しの中から袋を取り出した。
蔓はそれを俺の手の中に落とした。
俺は恐る恐る、その袋を開いた。
「――あった!」
中には、鈍く光を放つ――水晶飾りのついた、腕輪のようなものがあった。
俺は目を瞬いた。
まさか、本当に見つけられるとは。
あの水晶の片割れ。
――そして、袋の中には、もう1つ、何か入っていた。
「……これは、手紙?」
入っていたのは封筒だった。
封は開いている。中身を取り出してみると、柔らかな筆跡で、古代文字が並んでいた。
俺は目を細めた。「騎士」「待つ」単語は読めるが――
エドラヒルが俺の手から手紙を取った。
「読んでみようか。――だいすきなきしさま。ねんねするよるを、ずっとこころでまっていたの。わたしは……かごのなかの、ちゅんちゅん」
「ちょっと待て」
俺は頭を抱えた。
「本当にそう書いてあるのか。子どもの“お手紙”じゃないんだから」
「いや、エルフ語の幼児語なんだ、お前の言う古代文字というのは」
俺は『汝の名が』が『お名前なぁに』だったことを思い出した。
古代文字はエルフが古代人に伝えたものだ。人が理解しやすいように幼児語を伝えたということであれば、エドラヒルから見ればそう書かれているのだろう。
「――もっと、こう、翻訳できないか」
「どのように」
「『だいすきなきしさま』は、『愛しの騎士様』、『ねんねする夜』は――“一緒に寝る夜”」
文章の意味を理解した瞬間、顔に一気に熱が集まった。どう表現するべきか。
――こんなものを口に出して言う日が来るとは思わなかった。
「……えぇと、『一緒に過ごす夜』くらいか」
「――なるほど。やってみよう」
エドラヒルは手紙をしばらく見つめてから、口を開いた。
俺はごくりと唾を飲んだ。こいつにできるだろうか。
「――『愛しい騎士さま。あなたとのこの夜をどれほど待ちわびていることでしょう。夫に飼われる鳥籠の鳥のような私にとってあなたは青空』――」
「そこまででいい、エドラヒル」
俺は慌てて制した。エドラヒルは上手く翻訳してくれた。
しかし……耳が熱い。どうして俺が照れなければならないんだ。
柔らかな絨毯。豪奢な装飾に満ちた小部屋。
その中でも、ひときわ細工の凝った寝台。
――つまり、ここは。
「なんなんだお前は。翻訳しろだの、そこで止めろだの。要望が多い奴だな」
それから周囲を見回す。
「人間というのは、複数の相手と契ることもあると聞くが。それは昔からなのだな……」
興味深そうに呟くエドラヒルを、俺は思わず凝視した。
「君は……この場所がどういう場所だったか、わかっているのか?」
「もちろんだ。公にできぬ関係――たとえば夫以外の相手と逢瀬するための場所だろう。――あの遺跡は、大きな邸宅の跡地だったようだが、隠れてこのような場所を生業としていたのかもしれない。……忍び込んだものを捕獲するような仕掛けがあるのもうなずける」
彼は淡々と答える。
「私はお前よりよほど長く生きている。そのような問いは不快だな」
「あ……悪い」
俺は目を伏せた。――どこか浮世離れしていると思っていたのは、俺の勝手な思い込みだったらしい。
「ただ、君は人の社会のことには疎いのかと……」
「知っているぞ。人間は感情が豊かで、気まぐれだ」
エドラヒルは部屋を見回した。
「移り気だからこそ、人間は繁栄しているのだろう。エルフも見習うべきところはある」
「……エルフは移り気ではないのか?」
「エルフにとって伴侶は運命の共同体だ」
一瞬だけ、声が低くなる。
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