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1.元聖女は冒険者になりました。
第26話(ステファン視点)
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「……意図的に耳を切られたって可能性もなくはないと思う。アタシも考えたくはないけど」
所長は重々しい表情で言った。
「そうだったとしたら、ひどすぎる――いや、でもそんなことをしていたとしたら、エルフ族が黙っているわけが、ないでしょう」
エルフたちは森の奥で他の種族から離れ、独立した生活をしている。
人間を中心とした僕たちの社会に姿を見せることは稀で、僕もいろいろな土地に行ってるけど、本物のエルフには会ったことがない。
彼らはとにかく同族意識が強くて、他種族が嫌いだという話で――万が一エルフに怪我をさせたりしようものなら、子孫まで追われて報復されるという噂を聞いたことがあった。
エルフの子どもの耳を切ったなんて話がエルフ族の耳に入ったら、報復で殺されるどころの話では済まないと思う。エルフの森に連れて行かれて、死ぬより辛い目に遭わされるんじゃないだろうか。
エルフのことを少しでも知っていれば、エルフの子どもに手を出すような真似は、たとえ悪党でもできないと思う。
「だから、エルフじゃなくて魔族なんじゃないかと思ったんだ」
確かに――それもそうではある。いや、でも……。
頭を抱え込んでいると、コンコンとドアをノックする音がして、リルが僕たちを呼んだ。
「ナターシャ、ステファン、話はまだかかる? 報酬の事務処理は終わったけれど」
「ありがとう、リル。もう終わる」
所長はそう大声で返事をして、僕に向き直った。
「とにかく、ステファン。あの子の周りには何かあるよ。キアーラの大司教とやらが本当に彼女を親から引き取って育てたのか怪しいもんだ」
「というと、例えば――人身売買とかってことですか?」
うん、と所長はうなずく。
「可能性はあると思う。聖職者がそんなことに関わっているなんてことが表に出たら大事件だがな。――でも、キアーラには冒険者ギルドがないし、アタシたちには何もできない」
彼女は険しい顔をした。
所長のこの目で見つめられると、狩られる獲物の気持ちになる。
所長は獣人族の売買の摘発のためにここのギルド長になったと言っていたので、もし本当にレイラが買われた境遇だったとしたら、許せないのだろう。
「とにかく、今は竜の卵の密売の件もあるし――、あの子のことは様子見だけど」
所長は僕の肩を叩いた。
「あの子のこと、くれぐれも面倒見てやってよ」
「……もちろん、です」
少々言葉に詰まってしまった。
内心厄介ごとを抱えてしまったな、とため息をついたけれど、仕方ない。
こんな話になって、レイラを放っておくわけにはいかない。
***
僕たちはテムズさんの馬に、焼けずに無事だった商品の布地をたくさんぶら下げてギルドを出た。歩きながらじっとレイラを見る。
エルフや魔族なら、人間より寿命が長い影響か成長が遅いらしいから、見た目と年齢が一致しないのも合点がいく。
しかも彼らは青年期の時間が長いので、人間の数倍寿命があるといっても、幼児期が数倍長いわけではなく、10代中ごろまでは人間に比べて若干成長が遅いくらいと言われているし。
一方のレイラは前を行くライガの頭をじっと見つめている。
彼女はライガの服を引っ張って足を止めさせると言った。
「所長さんの耳は猫みたいな耳だったよね。……何でライガの耳は、人間の耳なの?」
「俺は狼男だからだよ。獣人と狼男は違う。ナターシャは猫系の獣人で、俺は狼男だ」
「何が違うの?」
「俺は狼になれるけど、ナターシャはあのままで変身しない」
「へええええ!」
感心したように瞳を輝かせるレイラに、ライガはどことなく得意げで微笑ましかった。
そう、ライガのような狼男は狼憑きとも呼ばれ、獣人よりも魔物に近い。
人間の親から突然、狼の姿に変化する子どもが生まれるのだ。
その性格は凶暴で人を襲う者も多い。
――ライガだって最初は魔物みたいだった。
僕は最初に会ったときのこいつの姿を思い出した。
ライガは遠い故郷で国境警備を担う仕事をしている僕の父親が――僕と弟の訓練相手にと、僕が10歳のときにどこかから連れてきた狼男だ。連れてきたというか、今考えると、それこそ、所長の嫌う人身売買で『買った』のだと思う。
ライガは会った当時はずっと狼の姿で、すぐキレて暴れていたけど、一緒に暮らすうちにだんだん落ち着いて、人の姿で過ごせるようになったんだ。
いつから落ち着いたんだっけ。
――一緒に食事をするようになってからだったような気がするな。
そう、実家の屋敷の敷地内には畑があって、料理人がよくそれで野菜たっぷりの料理を作ってくれていた。僕は家族と食べたくなくて、一人で食事をしていて、そしたら、ライガがいつも物欲しそうに見てくるから、分けてやって……、一緒に食事を食べるようになって。
そこでふと、先ほどの所長との会話を思い出した。
『幼い頃から神殿でそんな生活をしてたら、魔族だって聖魔法が使えることは――』
環境や生活習慣――例えば食べるもので性質が変わるってことは? あり得るんじゃないか。
そういえば、ライガも肉ばっか食べてるときは怒りやすくなるような……。
「おい、ステファン! 昼は何食う? 俺また昨日の焼肉屋行きてぇんだけど」
「また! また、あのお店に行けるんですかっ」
ライガの提案にレイラは瞳を輝かせている。
この子、昨日……ライガと同じくらい肉を食べてたっけ、そういえば。
菜食のエルフと、肉食の魔族。
どちらかといえば、レイラは……?
急に頭が冷える感じがして、僕は二人に言った。
「今日は、農家野菜ランチにしよう」
所長は重々しい表情で言った。
「そうだったとしたら、ひどすぎる――いや、でもそんなことをしていたとしたら、エルフ族が黙っているわけが、ないでしょう」
エルフたちは森の奥で他の種族から離れ、独立した生活をしている。
人間を中心とした僕たちの社会に姿を見せることは稀で、僕もいろいろな土地に行ってるけど、本物のエルフには会ったことがない。
彼らはとにかく同族意識が強くて、他種族が嫌いだという話で――万が一エルフに怪我をさせたりしようものなら、子孫まで追われて報復されるという噂を聞いたことがあった。
エルフの子どもの耳を切ったなんて話がエルフ族の耳に入ったら、報復で殺されるどころの話では済まないと思う。エルフの森に連れて行かれて、死ぬより辛い目に遭わされるんじゃないだろうか。
エルフのことを少しでも知っていれば、エルフの子どもに手を出すような真似は、たとえ悪党でもできないと思う。
「だから、エルフじゃなくて魔族なんじゃないかと思ったんだ」
確かに――それもそうではある。いや、でも……。
頭を抱え込んでいると、コンコンとドアをノックする音がして、リルが僕たちを呼んだ。
「ナターシャ、ステファン、話はまだかかる? 報酬の事務処理は終わったけれど」
「ありがとう、リル。もう終わる」
所長はそう大声で返事をして、僕に向き直った。
「とにかく、ステファン。あの子の周りには何かあるよ。キアーラの大司教とやらが本当に彼女を親から引き取って育てたのか怪しいもんだ」
「というと、例えば――人身売買とかってことですか?」
うん、と所長はうなずく。
「可能性はあると思う。聖職者がそんなことに関わっているなんてことが表に出たら大事件だがな。――でも、キアーラには冒険者ギルドがないし、アタシたちには何もできない」
彼女は険しい顔をした。
所長のこの目で見つめられると、狩られる獲物の気持ちになる。
所長は獣人族の売買の摘発のためにここのギルド長になったと言っていたので、もし本当にレイラが買われた境遇だったとしたら、許せないのだろう。
「とにかく、今は竜の卵の密売の件もあるし――、あの子のことは様子見だけど」
所長は僕の肩を叩いた。
「あの子のこと、くれぐれも面倒見てやってよ」
「……もちろん、です」
少々言葉に詰まってしまった。
内心厄介ごとを抱えてしまったな、とため息をついたけれど、仕方ない。
こんな話になって、レイラを放っておくわけにはいかない。
***
僕たちはテムズさんの馬に、焼けずに無事だった商品の布地をたくさんぶら下げてギルドを出た。歩きながらじっとレイラを見る。
エルフや魔族なら、人間より寿命が長い影響か成長が遅いらしいから、見た目と年齢が一致しないのも合点がいく。
しかも彼らは青年期の時間が長いので、人間の数倍寿命があるといっても、幼児期が数倍長いわけではなく、10代中ごろまでは人間に比べて若干成長が遅いくらいと言われているし。
一方のレイラは前を行くライガの頭をじっと見つめている。
彼女はライガの服を引っ張って足を止めさせると言った。
「所長さんの耳は猫みたいな耳だったよね。……何でライガの耳は、人間の耳なの?」
「俺は狼男だからだよ。獣人と狼男は違う。ナターシャは猫系の獣人で、俺は狼男だ」
「何が違うの?」
「俺は狼になれるけど、ナターシャはあのままで変身しない」
「へええええ!」
感心したように瞳を輝かせるレイラに、ライガはどことなく得意げで微笑ましかった。
そう、ライガのような狼男は狼憑きとも呼ばれ、獣人よりも魔物に近い。
人間の親から突然、狼の姿に変化する子どもが生まれるのだ。
その性格は凶暴で人を襲う者も多い。
――ライガだって最初は魔物みたいだった。
僕は最初に会ったときのこいつの姿を思い出した。
ライガは遠い故郷で国境警備を担う仕事をしている僕の父親が――僕と弟の訓練相手にと、僕が10歳のときにどこかから連れてきた狼男だ。連れてきたというか、今考えると、それこそ、所長の嫌う人身売買で『買った』のだと思う。
ライガは会った当時はずっと狼の姿で、すぐキレて暴れていたけど、一緒に暮らすうちにだんだん落ち着いて、人の姿で過ごせるようになったんだ。
いつから落ち着いたんだっけ。
――一緒に食事をするようになってからだったような気がするな。
そう、実家の屋敷の敷地内には畑があって、料理人がよくそれで野菜たっぷりの料理を作ってくれていた。僕は家族と食べたくなくて、一人で食事をしていて、そしたら、ライガがいつも物欲しそうに見てくるから、分けてやって……、一緒に食事を食べるようになって。
そこでふと、先ほどの所長との会話を思い出した。
『幼い頃から神殿でそんな生活をしてたら、魔族だって聖魔法が使えることは――』
環境や生活習慣――例えば食べるもので性質が変わるってことは? あり得るんじゃないか。
そういえば、ライガも肉ばっか食べてるときは怒りやすくなるような……。
「おい、ステファン! 昼は何食う? 俺また昨日の焼肉屋行きてぇんだけど」
「また! また、あのお店に行けるんですかっ」
ライガの提案にレイラは瞳を輝かせている。
この子、昨日……ライガと同じくらい肉を食べてたっけ、そういえば。
菜食のエルフと、肉食の魔族。
どちらかといえば、レイラは……?
急に頭が冷える感じがして、僕は二人に言った。
「今日は、農家野菜ランチにしよう」
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