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【3】聖女 『天使』と出会う

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「……え? マジで?」

 騎士さんが頬に一筋汗を垂らして尋ねてくるので、わたしは慌てて言った。

「ウソです! 冗談です!」
「え、でも、棺が無くなってる――……」
「棺ならルチルさんが目覚めるのと同時に消えむぐっ」
「イッツ・生き人形リビング・ドールジョーク!
 もうやだわ、そんな事あるわけないじゃない。おちゃめさん。黙らないとその口縫い付けちゃうぞ☆
 棺のことは知りません! わたし、えーっと記憶がちょっとあいまいで……きおくそーしつ……てきな?」

 ゴーシェの口を塞ぎつつしどろもどろでまくし立てる。

 ぐぅ……この言い訳じゃあ苦しすぎるか……。

「え、記憶喪失!? た、大変じゃん!」

 良かった! あほ善人だ!

「…………」

 わたしのされるがままになっているゴーシェが、目で尋ねてきた。
 彼にだけ聞こえるように、早口小声で答える。

「もう二度と教会と関わりたくないんだよ」

 その一言だけで「ああ、なるほど」と、彼は理解して頷いた。

 これからは別人として生きていく!
 また『聖女』になんぞされてたまるか!

 騎士さんは心配そうな顔をして、床にしゃがみ込んだままのわたしの方に近づいて来る。

「えっと、なんか覚えてることある? 名前とか――……あ、オレはジェイド。ファイドウッド・タウンの自警団団長」

 こちらの目線に合わせるように腰をかがめると「困ったなぁ」とジェイドさん。

 騎士さんじゃなくて自警団の人だったか。

 わたしはちょっとだけ考えると答えた。

「……ルチル・プラシオーラ」

 ファーストネームをそのままにしたのは、呼ばれて反応できなかったら怪しいし、ゴーシェが「ルチルさん」と言いかねないと思ったから。
 名字は、天国に行った親友からもらった。

「そっか、聖女サマと同じ『ルチル』って名前なんだね。だから人形がさっきあんなこと言ったんだ」

 名前が分かってほっとしたのか、団長さんの顔がすこし緩んだ。

「人形じゃありません! 僕はゴーシェです! ルチルさんの愛のしもべです!」

 ややこしくなるからもう黙ってて欲しい……。
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