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第一部 第一章 ここから始まる物語
知らなかったですとも③
しおりを挟む「うーん。その話し方もダメ。僕らの仲でしょう? 騙していないとわかったのなら、今までのように話してくれなくっちゃ」
「でも……、ルイは第三王子なんでしょう? 私、知らなくてあれこれ……。不敬罪になったり? だから赤髪の、第二王子であるサミュエル殿下が怒りにきたとか?」
あれこれを思い出した私がさらに顔を血の気を引かせると、ルイは溜め息をつく。
「ならないし。サミュエルのことは少し置いておいて。とにかく、僕は僕として接してくれたエリーのことをとても大事に思ってる。それは信じて」
見捨てるなとまるで子犬のような瞳で懇願され、私は初めて出会った時のことを思い出す。
王子だと知らされないままでいたことに関しては拗ねていただけなので、本人に否定されると疑う気持ちはすっかり消え失せる。私は、掴まれた手を握り返した。
「うん…」
ルイの眼差しが愛おしげに細められ、私を見つめる。
──この瞳に弱いのよね。
透き通るような緑。それはとてもとても美しくて尊い。
歪みもなくそのままの私を映し出す大地のような壮大さを思わせるそれは、ルイの寛容な性格をも表しているようで、そんな彼を疑ったことを申し訳なく思う。
自分たちの出会いはちょっぴり普通ではなかったけれど、それさえも飽きずに笑って側にいてくれるようなルイ。
いつも穏やかで優しい眼差しを私に向けてくれている。それは今も変わらない。
そんな友人の双眸を前に、私は気持ちを切り替えた。
「……信じる」
「良かった。王族だからと勝手に距離を取られたらすごく寂しいよ」
傷ついたと告げる口調は軽かったが、その瞳は本当に寂しげで私の良心がチクチク痛む。
「ごめん、ね」
「わかってくれたらいいよ。僕は何があってもエリーの味方ということを忘れないで」
ルイに苦笑しながら再確認するように言われ、その真摯な眼差しに無言で頷いた。
「それで、サミュエルのことだけど」
「ちょっと待って。その前に聞いておきたいことがあるの」
次の話題に移りそうな気配に、私ははいはいと手を挙げた。
すっきりさせるところはしておかないと、後々気になってしまう性分なので確認せずにはいられない。
そんな私の勢いに、ルイはふわりと楽しそうに笑った。ただ、愛おしく細められた双眸はまだ鈍く光っている。
王子という身分を知り改めて見ると、確かに品がある。そして、一筋縄ではいかない笑顔と空気。そこらのボンボンとは違うわけだと納得だ。
「何?」
「名前。名前。積極的に話さなかったと言っても、ルイは初めて会った時に、ルイ・ボナパルトと名乗っていたと思うのだけど。それは虚偽ではないの?」
「虚偽って。大げさな。僕も立場はあるから大事にしたくなくて、公的以外の外出の際は母方の姓を名乗ることが多い。そもそも、もう少し興味持ってくれたらルイという名前ですぐ結びつくはずなのに、そのまま鵜呑みにしちゃって気にもしないんだから」
「でも……」
呆れたように言われ、でもでもっと私だけに非があるわけではないと言い募りたくなった。そうしないと、今までの努力の虚しさったらない。
ひっそりひっそりと言い聞かせてきた毎日の中に、すでにキラキラ危険分子が混じっていたなんて悲しすぎて認めたくない。
「でも?」
「だって、まさか父の紹介から偽名を名乗られるなんて思いもしなかったし。その時そばにいた者たちも特に何も変なところはなかったわ。あら、第三王子と同じ名前なんだって思ったくらいだし」
「それだけ?」
「それ以上の何が?」
同じ名前なんてたくさんいるし、まったく接点もない王子が公爵邸にひょっこり遊びに来るなんて考えもしない。
「本当、エリーは王家に興味がないんだね。仮にも公爵令嬢とあろう人が」
「そんなの人それぞれだもの」
「まあ、そういうところもエリーの良いところであるけどね」
それって、気にかけなかった私が悪いと言っているのと同じでは?
友人であり、改めて知った第三王子という身分のルイ・ボナパルト改め、ルイ・ランカスターはふわりと柔らかい雰囲気をまといながら、たまにぐさっと芯をつく発言で容赦なく攻めてくる。
──はいはい、知らなかったですとも。回避、回避ばかり思って、気にもかけなかった私が悪いんですよね。
私は、心底自分の甘さを呪ったのだった。
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