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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重

溺愛がすぎます③

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「マリア姉様」
「なぁに?」

 嬉々とした表情にげんなりする。
 陶器のような肌を紅潮させ興奮している姿さえ美しく、ものすごく輝いていた。きっと、姉の信者もどきはこの姿に卒倒するだろう。

「ちょっと、大人しくしてもらえますか?」
「む~りぃ~。エリーがいてなぜ触れてはいけないの? 久しぶりなのに、とっても・・・・久しぶりなのに、触ってはいけないなんてそれは潤いが足りなすぎて干からびてしまうわ。そうすると、きっと魔力も下がってエリーの望む素敵な姉様ではいられないのよぉぉ」

 それはないだろう。絶対ない。

「だからいつも大袈裟です。私がそばにいなくても、十分マリア姉様は素敵じゃないですか」
「違うわ。エリーがこの世に生まれて私の手を掴んだときから、エリーは私の源なのよ。エリーがいなければ、私は砂漠の砂粒のひとつ。風が吹くだけであっという間に埋もれてしまうわ」

 ふんすっと息は荒いのに儚げに見えるのは、やはりその美貌のせいか。
 ごねる姉の原動力とこの独特なごね方は、毎度のことながらわからない。ただ、妹というだけでここまで溺愛するものなのか。

 ありがたいし嬉しいけれども、度合いというものをそろそろ知ってほしいなと身内として思う。
 マリアも十六歳、そろそろ婚約の話など本格化する時期であり、妹ばかりにかまけていないで姉に素敵な恋人でも見つかればと思う。

 結局、姉に思考が持っていかれて、本来話し合うはずのベントソンとは話し合えていない。申し訳なく思うのだけど、特に先生は何も言うことはなかった。
 そろそろここに来て一時間が経つ。このままではすっきりしないと、結局どうしたいんだと私から話を切り出した。

「ここに呼び出されたのはお説教なのでは?」
「悪いことをしたのですか?」
「いえ。最後にベントソン先生に水をかけたこと以外は、悪いことをしたとは思っていません」
「そうでしょう? 少し前から様子は見ていましたし、周囲の反応からもわかります。あとでそれぞれ事情は聞きますが、まあ問題ないでしょう」

 その言葉にかなり気が楽になる。ほっと息をつくと、ふと純粋な疑問がよぎる。

「でしたら、なぜここに?」

 自習にしてまでだ。
 わかっているなら、休み時間などに個人ではなくて関係者の話し合いで済むのではないのか。

「もちろん。こうしてゆっくり話をするためですよ」
「えっ、おじさまでも冗談を?」

 思わず、今の立場を忘れて突っ込んでしまった。
 それに対してベントソンはすごく仏頂面で、ふむと頷く。

 ──だ~か~ら~、わかりにくいのよその表情。

 冷酷に見える先生、もといベントソンおじさまの秘密を知る私は、つい、今の状況も忘れてにまっとしてしまう。
 すると、ベントソンがひどく真面目な顔で告げた。

「今日で魔力も披露したことだし変な勘ぐりは減るだろうから、これからはもう少し話せるな」
「えっ」

 最後に、にやっと笑みまで作ってみせる。
 その表情は怖がらせたいのかってほど、血の通わないつらとして絶品だ。

「今までは大人しくしたいエリザベスに合わせていたが、別にもう構わないだろう。レックスにもくれぐれもよろしくと言われているからな」
「やはり父にもこのことを……」
「ああ、もちろん。最初に言っただろう。ただし、すごく喜ぶだろうな。私も思い出すよ、レックスの学生のころを」

 ふっと思い出し笑いをしているのだろうが、若干引きつった笑みは笑っているように見えない。むしろ怖い。

「それは、あまりいい気がしません」

 久しぶりに会うと凶悪なその表情に驚きはするけれど、すぐに慣れる。心臓に悪いが、慣れると愛嬌があるように見えてくる。不思議だ。
 今も表情よりも話の内容だと、むすっと私は顔をしかめた。だって、氷の外相と呼ばれている父に似ていると言われて素直に喜べまい。

「今週末は我が領地に来るといい。もちろんマリアも」
「当然ですわ」
「決定ですか?」
「ジョニーも待っているぞ」

 ジョニーと言われ、私の気持ちはぐらついた。
 週末に学園の先生と懇意にしているところをもし知られたらと思ったが、彼の名前を出されては久しぶりに会いたい気持ちが募る。
 あの凛々しい姿、もう一度目にできると思うと完全に傾く。

「ベントソン先生はずるいです」

 そう拗ねたように告げると、愉快そうに喉奥で笑いをかみ殺しすっと目を細めた。

 だから、それね。楽しいなら、もっと楽しそうにしてくれないと。危うく呪われてるのって疑いそうになるのですけど……。
 そんなことを思いながらも、特に怒られることもなく父に報告すること以外は問題なさそうでほっとした。
 もう、姉のことは諦めた。

 ──それにしても、すっごく疲れた……。

 ピンチと言うほどのことが起こったわけではなかったけれど、余計な気力を根こそぎ持っていかれた気がする私であった。


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