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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
sideルイ ジョニー②
しおりを挟む「もう、さっきからっ! 馬といってもただの馬ではないの。ジョニーは特別よ。ジョニーに出会って乗馬に目覚めたんだもの。優しく紳士なジョニーはいつも私をエスコートしてくれるのよ」
呆然と単語を繰り返していると、エリザベスはジョニーの良さを力説する。すごい惚れようだ。
「馬、ねえ。もしかしてエリーに乗馬を教えたのはベントソン先生?」
「ええ、そうよ。父の友人で何度か領地にお邪魔した時に教えてくださったの」
「ふーん」
そこでルイが考えるように顎に手をやって、恨めさがわずかでも伝わったらいいとちらりとエリザベスに視線を投げた。
冷たい空気と表情で魔の住人だと恐れられているベントソンであるが、そんな相手と実は交流があるなんて知らなかった。
テレゼア公爵の交流関係を考えればわかることなのだが、先ほどはそんな事情など知らずに連れて行かれて心配していた。今ばかりは、ほこほこと笑みを浮かべているその柔らかなほっぺを引っ張りたい気分だ。
そこでやっとルイの気持ちが下がっていることに気づいたエリザベスは、心配するように首を傾げる。
「ルイ、どうしたの?」
エリザベスにとって自分は気にかける存在なのだとわかるそれだけで、ルイの気持ちはわずかに上昇する。
我ながら単純だと思いながら、ルイは耳の横に垂れたエリザベスのピンクゴールドの髪に指を絡めた。
「そんな話は聞いたことはなかったけど?」
「そうだったかしら? ジョニーの話をしてなかったなんて不思議だわ」
不思議なのか。
魔力を隠そうとしていたように意図的でなければ、うっかり話さなかっただけ、タイミングがなかっただけなのだろう。
ルイは小さく口の端を上げた。くるくるとエリザベスの髪を絡め取り、耳横にかけて顔を近づけて覗き込む。
「そう。なら、僕もそれだけエリーが絶賛する白馬の王子様に会ってみたいな」
「もちろんよ! ベントソン先生が了承してくださるなら、ジョニーに会ってほしいわ。あの白く輝く毛並みに見合った気品、本当に素敵なのよ」
大絶賛にルイは心の底から笑みを浮かべると、そこで横で静かに話を聞いていたシモンが口を開いた。
なぜか眉間がわずかに寄っており、いつにないシモンの表情にルイはおやっと目を見張る。
「エリザベス嬢は乗馬をよくされるのですか?」
「たしなむ程度ですが」
「たしなむねぇ……」
シモンの質問に謙遜するエリザベスに、ルイはつい突っ込むように復唱をしてしまった。
あれをたしなむとするなら語弊があると思うが、エリザベスの場合は謙遜しているというよりは実際そう思っている節があるので、今のところ深く追求することはしない。
したところで、というのもある。案の定、エリザベスはとても無垢な眼差しで言い切った。
「はい。たしなみ程度です」
「そうですか。魔力といい、エリザベス嬢の今後が楽しみです」
「……何もないので捨て置いてください」
「…………えっ?」
捨て置くとはなんだと、流れが汲み取れずシモンが目を凝らす。エリザベスのこのような言動に慣れていなければ、シモンの反応はもっともだ。
ああ、と苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべながらルイは見守っていると、「はい」と胸を張るエリザベス。
「言葉のままです。私はひっそりいるなくらいで気にかけないでもらえるとありがたいです」
これは絶対王族に向かって放たれる言葉ではない。
自惚れでもなく、性別に限らず、内心どうであれ大抵が王族に良い姿を見てもらおうとするものだ。特に女性は色眼鏡もかかり、小さな頃からその手の自分たちへのアプローチは本人もそうだが彼らに近い大人たちからも多かった。
──ひっそり、ねぇ。
エリザベスのスローガンは、ひっそり目立たず。
今日のことでもはやそれは無理だろうとは思うが、誰に対してもそれを言い張る度胸というかまっすぐな姿は眩しくて、そして少し寂しく感じ、透き通った緑の瞳を揺らした。
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