詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第一章 新たな始まり

実みたいなモノ③

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 よし。何も変わったことはない。
 ほっとしたら、ごもごもと手の向こうで口を動かし文句を言っているだろうユーグに気づく。

「あっ、すいません」
「くっ、はぁー。急に何をするんですか!?」

 手を離すと同時にキッと睨みつけられながら文句を言われた。
 さっき距離の近さに気をつけようと反省をしたばかりなのだけど、こちらも先に注意喚起を行った上だったので私ばかりが悪いわけじゃないのにとむっと眉を寄せる。

「だって、ノッジ様がその名を呼ぼうとしたので」
「呼んだところで何も変わらないでしょう。ぺ」
「ああ"あ"あ~~~。聞こえない~。テステス~。妨害電波発生~。き~こ~え~な~い~」

 大きな声で名前の部分を遮る。なりふり構わっていられない。
 バカですかと冷え込んだ池の氷のような視線を向けられるが、あなたこそバカですかって言いたい。
 こっちは初めから忠告していたのだ。ちゃんと聞いてくださいねって。そこで何かあるとはわかっているだろうに。

 じとっと睨むと、相手もアッシュグレーの瞳で睨んでくる。
 しばらく互いに譲らなかったが、いつもは折れる私が折れないことを悟ったユーグのほうが先に諦めたように視線の険をとった。

「何がしたいのですか?」
「だから、ここで名を呼ばないでください」
「意味がわかりません」

 意味が分からなくて結構。
 今はこっちの状態を察してくれるだけでいいのだ。

「世の中、わからないほうがいいこともあるのですよ。とにかく、その名を呼ぶのは禁止です。日に二度も口にすることも耳に入れることも禁止です」
「なぜですか? その名は、かの人を指しているということで合ってますよね? 先ほどの話の流れから、ぺ、あー、その方ですよね。彼に確認を取ったと?」

 言いかけたところをじとっと恨みを込めて睨むと、仕方がないとばかりにユーグは肩を竦める。
 理解してくれたというよりは、私の必死さに不承不承合わせたと言う感じだが、名を呼ばないならそれでいい。

「ええ。あの方が絶対だとおっしゃるならそうです。あの方がその分野で知らないことがあると考えるほうがこの世界の理に反します」
「なるほど。どうしてその方と知り合ったとか、師弟関係があるかとかいろいろ気になるところですが、彼の判断まで得ての結果というのは非常に気にしなければならないということは理解しました」

 ようやく事の重大さを理解してもらえたようでよかった。
 危険な冒険をした甲斐があるというものだ。

「はい。師匠は草食物ではないと判定だけしていただきました。ではない、というのが引っかかっていたのでノッジ様にお話をと」
「わかりました。これらを預かってもいいですか?」
「はい。まだありますので。あと、拾った場所の記録もあるのでそちらもお渡しします」

 そそくさと差し出すと、手に取り確認したユーグが冷ややかな視線を向けてくる。
 呆れも含んだそれは毎度のことであるけれど、ここでのその双眸に納得いかずにむっと眉間にしわを寄せると、ユーグはひらひらと紙を振った。

「用意周到ですね」
「いえ。これも薬草採取の一環です。どんな場所にどの種類、どれだけのものが生息しているのか知るのに、記録は常にしていますので」
「それは頼もしいです。こちらもできる範囲で調べてみます」
「よろしくお願いします」

 意欲的な言葉にほっとする。
 安堵で微笑みを浮かべると、ユーグが不思議なものを見るかのように私を見た。
 そこには嫌悪もなく、冷たさもなく、どちらかというと単純に私という人物に対して興味を抱いているようなそれに戸惑う。

 冷たく一線を引いた視線が常であった相手からのそれは歯痒い。
 先ほどはユーグに対して口を押さえてしまい距離を間違えてしまったが、意外にもその辺りは許されたようだ。
 もしくは、そのあとの私の言動に呆れたのか。それなら作戦(?)成功だ。

「それにしても、知れば知るほどエリザベス嬢の行動はおかしいですね」

 ──んんっ? おかしいって言った? おかしいって。

「せめて行動的と言ってほしいです」
「その範囲を超えていますよ。今日だけでも驚くことがありましたし、週末は心してかからなければならないのでしょう。それまでに私のほうもこれについて対策をとれるように致します」
「何もなくただのモノであったらと思いますが、場所が場所なので念入りにお願いします」
「ええ。わかっています」

 何とか話がまとまり、私はほっと息を吐き出した。


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