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第二部 第三章 記憶と夢と過去
記憶と夢①
しおりを挟むぼんやりとその場に佇み、私は目の前の美しい王子を見つめた。
金の髪が天上から降りてきたかのように輝きを放ち、シモンの周囲が祝福の加護があるかのように白く光っている。
この場でそんなことを考えるくらい現実味がなく、私はどどどっと押し寄せる心臓の音を意識した。
――てんせい、てん生、転せい、転生、……えっ、えっ、ええぇぇぇぇ???
意味がわからない。単語はわかるけど、思考が拒否する。
まさかの発言。相手は第一王子。ピコン、ピコンと警報が鳴り響く。
──ちょっと待って。これってどういうこと? えっ、本当にどういうこと?
ぐわんぐわんと脳が揺らされるかのような混乱のなか、シモンが観察するように私を見つめゆるりと微笑んだ。
瞬きを忘れ固まる私に、そっと繋がれた手に力が加わる。
「エリザベス?」
大丈夫かと覗き込まれ、その透き通った青の双眸からは心配だけが浮かんでいる。からかっているわけでもない真摯な瞳がそこにあった。
ぐるぐると思考が何周もして、やっと言葉の内容を理解し目を見開く。
「た、」
「た?」
「ターーアイムー」
「…………」
ちょっとタンマだ。本当に待って!! 予想外のことに、誰に言うでもなくタイムを申し出る。
私は空を振り仰いだ。だらだらと冷や汗が背中を伝う。
──あ、あの雲。天使の羽みたい。それが降りてきて、シモンにくっついても驚かないわっ。はははっ。
ああ、いけない。現実逃避しかけたがそれどころではない。
ふぅっと息を吐き持てる記憶を何度もさらった。
たまにシモンを見つめ考えてみるが、転生のことなど話した記憶はない。ましてや、誰も信じてくれないと思っていたし話そうとも思ったこともない、はず。
だけど、シモンの話では私が彼に話したようだ。
──なら、いったいいつ?
「その、それはどういう意味ですか?」
まさかと思うけど、乙女ゲームがとか言っていないよね? それこそ頭おかしいヤツってなるし……。誤魔化しが効くかどうかも、話を聞いてみないとわからない。
鏡のような湖を見ながら、私はおずおずと尋ねた。
そこは重要ポイントだとドギマギと返答を待っていると、シモンは目をすぅっと細めた。
その表情に鼓動をはねさせながら、そわそわと相手の反応を待つ。
「どういう意味って?」
「えっと、転生とかずっととか」
そもそも、なぜ私はシモンに話したのか。
よりにもよって、完璧王子相手では対策を立てようにも立てられない。
エスコートのため手は握られ瞳はずっと私を捉えたまま、シモンの形の良い唇がゆっくりと開かれる。
「そのままの意味だけど。エリザベスが言ったんだよ。転生を繰り返していたらいつかは未来は変わるのかなって」
「未来……」
「エリザベスは覚えていないようだけど、私はあの日のことをしっかり覚えているよ」
はっきり告げられた言葉に、頭を抱えたくなった。
記憶力のあるシモンがそう断言するのならそうなのだろう。
私は記憶がすっからかんであるが、どっちがポカするかといえば自分のほうだと情けないが思う。
――何やってるの? 私!
あの日とはどの日のことなのか。
しかも、転生や未来の不安までシモンに語ってしまっていたようだ。
それをシモンは真摯に受け止めてくれており、二人きりだからと切り出してくれた。
それは彼の優しさと懐の深さを知らされるものであり、何を考えているかわからない相手ではあるがここで逃げて誤魔化すことは不誠実だ。
私はこくりと唾を飲み込もうとして、乾いてしまって何もできないまま喉を上下に動かした。
それでも、その動作が潤滑剤になったかのように、ようやく言葉とシモンと向き合う勇気を得た。
空気を変えるかのように、さあぁぁっと涼やかな風が私たちを包み込む。
空から降り注ぐ太陽の熱が、ふわりふわりと落ちてきて最後に優しく肌を撫でるように身体を温める。
緩やかに紋様を施すように、最後に肌がチリッと感じたと同時にチカッと脳内で優しく光った。
「あっ……」
漏れ出る言葉をそのまま薄く唇を開き、私はまじまじと美しい青の双眸を見つめた。
この湖のように、そして、天高くどこまでも広がる空のような綺麗な青。聡明で崇高なその色を、どこかで苦手だと思っていた相手。
ずっと、その見透かすような瞳に得体が知れず距離を感じていた。
だけど、違うことに気づいた。
ただ、忘れていただけ。
そう。忘れていたんだ。夢だと思って、それっきり。その相手がずっとその時のことを大事に覚えてくれているなんて知らずに。
パチパチと目を瞬き、確認しようと両手を彼の頬にやろうとして、片手が繋がれていることを思い出す。
「あっ、すみません」
「……いや」
「えっと、これは、その」
「落ち着いて」
「ううぅぅ~。ちょっと失礼します」
違う。違う。
王子の頬に手をやること自体ダメなんだってばと思いながらも、もっと確認したい衝動のまま自ら距離を詰めて仰ぎ見た。
輝くような容姿に、生まれながらの高貴さ。
優雅で洗練された身のこなしと意思のこもった声音は、自然と人を従わせるものがあった。それは誰にでも持てるものではない。
「天使、くん……」
自分から出る厨二病的な発言。
それに気づき、私の頬ははかぁぁぁっと熱くなった。
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