122 / 185
第二部 第三章 記憶と夢と過去
sideシモン 幼き心①
しおりを挟む柔らかな髪が指に優しく絡み、つるりと撫でるように落ちていく。
少年だったシモンはその感触に、いつもは一定の温度しか保たない水色の瞳をゆらりと揺らめかせた。
愛称がエリーということは、名はエレノア、エレン、アリス……、エリザベス……か。
少女らしくふわふわとした雰囲気。紫の瞳は光を帯びて透き通り宝石でも見ているようで、何よりピンクの髪は印象的だ。
そこで、五大貴族の一つであり建国から王族とも深い関係のあるテレゼア公爵家の女性がピンクの髪で次女がエリザベスという名前であったことを思い出し、シモンは改めて少女の姿を眺めた。
全体的に柔らかで可愛らしく先ほどは衝撃的すぎて意識がいかなかったが、よくよく見ると身につけた一つひとつの物は決して安価なものではなく手入れがいき届いている。
テレゼア家長女のマリアの話はよく耳にした。
幼き頃から美少女で知己。成長とともにその美貌に磨きもかかっており、シモンも彼女を目にしたことが何度かある。
それとは反対に、妹の話はついでのようにしか語られない。
悪い噂は聞かないが平凡。姉が目立ちすぎて、エリザベスのことに焦点が当たることはなく情報は少ない。
「天使くん……?」
無意識に艶やかな彼女の髪を触っていると、戸惑うように少女が見上げてくる。
「ああ、ごめん」
シモンは謝罪を述べながらも、また彼女の髪を触った。
触れると気持ちが落ち着くようで、なかなか手を引っ込める気が起きない。癒やされた痛みの後、むずむずと高揚する肌が彼女に触れることを求めるようだ。
──もっと彼女のことを知りたい。
可愛らしい少女。だけど、さっきの出来事はそれを吹っ飛ばすほど印象的。
魔力量も技術もだが言動そのものが令嬢らしくなく、彼女のその意味がわからない思考が羨ましいとさえ感じ、全力投球で物事に向かっている姿は好ましく映る。
模範であるべき行動を物心ついた頃から常に心がけていたシモンにとって、破天荒とも呼べる言動をする彼女の存在はよくも悪くも己の内なるものを刺激する。
いつか交える時が来るまでは身分など関係なく、ただの少年少女としてここにいる。
まだ少年で心が未成熟なシモンにとって、その関係や秘密は甘い果実のように魅惑的なものに映った。
決して、誰にも知られることのない二人だけの思い出。
エリザベスといると、彼女のその言動をそばで見ていたい気持ちが増していく。
そこでシモンは、もしかしてテレゼア家は彼女の意思を汲んで敢えて情報を流さないようにしているのではないかと、ふと思い至った。
氷の外相と呼ばれるテレゼア公爵も、テレゼア家長女も、エリザベスをとても可愛がっていることは知られているが、具体的な話は聞いたことがない。
特に姉の妹溺愛の話は有名で、それ自体がマリアの株を上げ美談として語られているが、本当のところはエリザベスを隠すためにその噂さえも利用しているのではないだろうか。
どちらにしろ長女の次女への愛は深そうだが、実際のエリザベスを見ればわからないでもないなと思うシモンであった。
「えっと、本当にごめんね」
「こちらこそ隠したいのに治してくれてありがとう。治癒魔法が使えるということは、緑の魔力持ちだね。あとは風かな?」
今もどうしよ~とおずおずと見上げながら謝ってくる表情と動きが、妙に可愛く見える。
「えっ!? なんでわかるの?」
「さっき果物が降ってきた時、地面に落ちる前にふわっと浮いたから。潰さないように風で緩和したんだよね」
「天使くん、賢いんだねー」
わぁっと頬に喜色を浮かべて笑うエリザベスに、シモンも笑う。
「どうだろう。普段から物事について考えることが多いからかな」
「天使くんはすごいね。わたしはやる前にもっと考えなさいってお母様に怒られてばっかりだよ」
「それは……、想像がつくね」
ありありとその場面が浮かびシモンが笑うと、エリザベスがぷぷぅっとほっぺを膨らませた。
思わず、妙に触りたくなるつやつやほっぺを突く。
「ぶふっ。天使くん、さっきから何?」
頬の空気が抜けたエリザベスが、ちらりと睨んでくる。
「ああ。ごめん。髪も頬も触ってて楽しくって」
「姉様もしょっちゅう突くのもそれが理由なのかなぁ。うぅ~ん」
くるくる変わる表情にシモンが笑うと、「もうっ!」とまた頬が膨らんだ。
「仲がいいんだね」
「うん。少し? 過保護だけど素敵な姉様だよ。えっとね。天使くんにはバレたから話すけど、あと水の魔力もあるの。ちょっと人より多いから、特に普段は緑は隠してるの」
緑に風に、水までも。三つも保持しているのかと驚く。
せいぜい魔力は持って二つと言われている。それと同時に、水は自分と同じだと密かに心を浮き立たせた。
「なんで緑を隠しているの?」
「だって、風と水はうっかり出てしまうことが多くて。その分、緑はばれにくいしできるだけ人前では使わないでおこうって。それに姉様が緑でとても優秀だからひっそりしやすいの」
「へえ」
うっかり。この少女ならありえそうだ。
さっきも当たり前のように風を使っていたが、この年齢で使いこなすのは難しい。そういったものを、さっきみたいについうっかり楽をしようとしてつい使ってしまうのだろう。
緊張感があるのかないのかわからないが、短い時間で彼女らしいと思う。
70
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる