詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第三章 記憶と夢と過去

sideシモン 幼き心①

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 柔らかな髪が指に優しく絡み、つるりと撫でるように落ちていく。
 少年だったシモンはその感触に、いつもは一定の温度しか保たない水色の瞳をゆらりと揺らめかせた。

 愛称がエリーということは、名はエレノア、エレン、アリス……、エリザベス……か。
 少女らしくふわふわとした雰囲気。紫の瞳は光を帯びて透き通り宝石でも見ているようで、何よりピンクの髪は印象的だ。

 そこで、五大貴族の一つであり建国から王族とも深い関係のあるテレゼア公爵家の女性がピンクの髪で次女がエリザベスという名前であったことを思い出し、シモンは改めて少女の姿を眺めた。
 全体的に柔らかで可愛らしく先ほどは衝撃的すぎて意識がいかなかったが、よくよく見ると身につけた一つひとつの物は決して安価なものではなく手入れがいき届いている。

 テレゼア家長女のマリアの話はよく耳にした。
 幼き頃から美少女で知己。成長とともにその美貌に磨きもかかっており、シモンも彼女を目にしたことが何度かある。

 それとは反対に、妹の話はついでのようにしか語られない。
 悪い噂は聞かないが平凡。姉が目立ちすぎて、エリザベスのことに焦点が当たることはなく情報は少ない。

「天使くん……?」

 無意識に艶やかな彼女の髪を触っていると、戸惑うように少女が見上げてくる。

「ああ、ごめん」

 シモンは謝罪を述べながらも、また彼女の髪を触った。
 触れると気持ちが落ち着くようで、なかなか手を引っ込める気が起きない。癒やされた痛みの後、むずむずと高揚する肌が彼女に触れることを求めるようだ。

 ──もっと彼女のことを知りたい。

 可愛らしい少女。だけど、さっきの出来事はそれを吹っ飛ばすほど印象的。
 魔力量も技術もだが言動そのものが令嬢らしくなく、彼女のその意味がわからない思考が羨ましいとさえ感じ、全力投球で物事に向かっている姿は好ましく映る。

 模範であるべき行動を物心ついた頃から常に心がけていたシモンにとって、破天荒とも呼べる言動をする彼女の存在はよくも悪くも己の内なるものを刺激する。
 いつか交える時が来るまでは身分など関係なく、ただの少年少女としてここにいる。
 まだ少年で心が未成熟なシモンにとって、その関係や秘密は甘い果実のように魅惑的なものに映った。

 決して、誰にも知られることのない二人だけの思い出。
 エリザベスといると、彼女のその言動をそばで見ていたい気持ちが増していく。

 そこでシモンは、もしかしてテレゼア家は彼女の意思を汲んで敢えて情報を流さないようにしているのではないかと、ふと思い至った。
 氷の外相と呼ばれるテレゼア公爵も、テレゼア家長女も、エリザベスをとても可愛がっていることは知られているが、具体的な話は聞いたことがない。

 特に姉の妹溺愛の話は有名で、それ自体がマリアの株を上げ美談として語られているが、本当のところはエリザベスを隠すためにその噂さえも利用しているのではないだろうか。
 どちらにしろ長女の次女への愛は深そうだが、実際のエリザベスを見ればわからないでもないなと思うシモンであった。

「えっと、本当にごめんね」
「こちらこそ隠したいのに治してくれてありがとう。治癒魔法が使えるということは、緑の魔力持ちだね。あとは風かな?」

 今もどうしよ~とおずおずと見上げながら謝ってくる表情と動きが、妙に可愛く見える。

「えっ!? なんでわかるの?」
「さっき果物が降ってきた時、地面に落ちる前にふわっと浮いたから。潰さないように風で緩和したんだよね」
「天使くん、賢いんだねー」

 わぁっと頬に喜色を浮かべて笑うエリザベスに、シモンも笑う。

「どうだろう。普段から物事について考えることが多いからかな」
「天使くんはすごいね。わたしはやる前にもっと考えなさいってお母様に怒られてばっかりだよ」
「それは……、想像がつくね」

 ありありとその場面が浮かびシモンが笑うと、エリザベスがぷぷぅっとほっぺを膨らませた。
 思わず、妙に触りたくなるつやつやほっぺを突く。

「ぶふっ。天使くん、さっきから何?」

 頬の空気が抜けたエリザベスが、ちらりと睨んでくる。

「ああ。ごめん。髪も頬も触ってて楽しくって」
「姉様もしょっちゅう突くのもそれが理由なのかなぁ。うぅ~ん」

 くるくる変わる表情にシモンが笑うと、「もうっ!」とまた頬が膨らんだ。

「仲がいいんだね」
「うん。少し? 過保護だけど素敵な姉様だよ。えっとね。天使くんにはバレたから話すけど、あと水の魔力もあるの。ちょっと人より多いから、特に普段は緑は隠してるの」

 緑に風に、水までも。三つも保持しているのかと驚く。
 せいぜい魔力は持って二つと言われている。それと同時に、水は自分と同じだと密かに心を浮き立たせた。

「なんで緑を隠しているの?」
「だって、風と水はうっかり出てしまうことが多くて。その分、緑はばれにくいしできるだけ人前では使わないでおこうって。それに姉様が緑でとても優秀だからひっそりしやすいの」
「へえ」

 うっかり。この少女ならありえそうだ。
 さっきも当たり前のように風を使っていたが、この年齢で使いこなすのは難しい。そういったものを、さっきみたいについうっかり・・・・楽をしようとしてつい使ってしまうのだろう。
 緊張感があるのかないのかわからないが、短い時間で彼女らしいと思う。

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