詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第三章 記憶と夢と過去

sideシモン 幼き心③

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「我慢はしてない」

 これは我慢ではない。当たり前のことだ。
 自分を律するのも、周囲の期待に応えるのも、兄であることも、嬉しいことは嬉しいのだから不満に思うこと自体間違っているのだ。
 そう思ってぐっと唇を噛み締めると、エリザベスは気遣わしげに眉を寄せた。

「じゃ、無理してるんだよ。無理はよくないんだよ」
「……、りしてるんだ、ろうか?」
「ん? そう見えるよ。考えることって大事だと思うけど、考えすぎると自分がつらいだけだから。天使くん、真面目で器用になんでもできそうだから余計に背負いこんでるんじゃないかなぁ」

 ねっ? とまた懲りずに覗き込んでこようとする。

「天使くんって、本当に信じてるの?」

 包み込むような言葉が恥ずかしくて、向けられた思いを素直に受け止めきれず、思わず違う言葉を返した。
 真摯な思いを踏みにじっているようで唇を噛むと、いいんだよとばかりにまた手を撫でられる。

 単純そうに見えて聡明。
 子供ながらの丸みが残る柔らかな手の感触を、シモンは思わず握り返した。
 それに対して、エリザベスは笑うだけであっけらかんと話を続ける。

「まさか。さすがにわかってるよ~。でも、名前を言いたくないんでしょう? わたしのことも黙っててくれるし、お互いに嫌だと思うことは触れないほうがいいと思って」
「そう、なんだ」

 やはり彼女は聡明だ。そして、温かい。

「どうしたの?」
「なら、なんで天使?」
「えっ、そこ? 天使くんは天使くんだよ~。天使みたいに綺麗だし」
「綺麗って言われるのは好きじゃない……」

 言われ慣れている。今更、そんなことでいちいち反応するものではない。
 だけど、彼女には容姿に触れてほしくなかった。
 もっと自分という人間を見てほしい。勝手な欲望が口をつく。

「え~、どうして? 美への賛辞の最高級の言葉だと思うのだけど。だって。綺麗で可愛いものは好きだから。見ていてほわっとするのって、それだけですごいとなんだよ。天使くんは今まで見てきた中で一番綺麗。透き通るような青に、まっすぐに捉えようとする意思のこもった瞳。ああ、頑張ってるんだなっていう姿勢がにじみ出てるからわたしは好き」

 その言葉に、シモンは顔を真っ赤にした。
 先立って勝手な欲望で彼女のことを咎めたのに、実際になんのてらいもなく褒められ己の行動が非常に恥ずかしい。
 徐々に己の身勝手な欲望が望んだまま注がれた偽りのない賛辞が、じわじわとシモンの中に浸透して嬉しくて仕方がなくなった。

「あ、りがとう」

 頑張っていることも、子供っぽいこんな感情も含めて肯定されて嬉しかった。
 重かったものが、さらさらと優しい風に流されるようだった。

「ううん。どれだけ整った顔の人でも、その人の姿勢だったり瞳だったり言動で印象は変わるものだもの。今の天使くんが周囲に賛辞をもらえているなら、それは天使くんが頑張っているからだよ。そこは自分を褒めてあげてもいいんだよ」

 彼女は容姿だけではなくて、内面から出るものも見てくれているのだ。
 さっきまで可笑しな詠唱と突飛な言動をとっていた人物だと思えないくらい、ときおりドキッとさせられる言葉の数々。

 幼さと、話すとたまに達観したような言い回し。
 苦労などしていなさそうなぽわっとした雰囲気なのに、彼女の言葉はすっと何の引っかかりもなくシモンの中に浸透する。

 それと同時にこの年齢としでそんな風に考えられる彼女にまた興味が湧く。
 そして、先ほどの表情とこの会話の流れを思い、改めてシモンはエリザベスを見た。

「エリーの誰にも話せないことって何?」

 そう尋ねると、エリザベスの宝石のように輝く瞳が一瞬で陰りを帯び、憂えるように瞳を彷徨わせた。
 不安を露わにするその表情に、これ以上は深入りしないでおこうかとも考えたが、迷うように自分を見たエリザベスにシモンは気持ちを固める。

 励ますように伸ばされた手はいまだに自分を握ったままだ。
 怖いことはないと言い聞かせるように、シモンはそっと力を入れた。

 その手をじっと見ていたエリザベスは、ゆっくりと視線を上げた。
 探るような眼差しがシモンに向けられる。

「……信じられないかもしれないよ」

 シモンは視線を外すことなく、力強く頷いた。
 信じてほしい。そして、自分の気持ちを受け止め肯定してくれた彼女のことを自分も受け止めたい。

「信じるよ。それにここだけの話だよね。どんな内容でも信じるから話して。話すことで、気持ちが軽くなることもあるよね? 実際、エリーに聞いてもらってはとても軽くなったよ」
「……その」
「うん」

 話しかけて一度きゅっと閉じたエリザベスに心配ないよと深く頷くと、再び彼女は口を開いた。

「転生を繰り返していたらいつか未来は変わるのかなって」
「転生?」

 突拍子もないワードに驚きが顔に出そうになったが、神妙な顔で続きを待つ。

「うん。定められた運命っていうのかな。そこから抜け出したい。自分が自分であること、自分で道を歩いているって思いたいの」
「……そのために魔力を隠している?」
「うん。あと、王子様たちに関わらないため……」

 ぽつぽつと語られる言葉に、繋いでいたシモンの手がぴくりと揺れた。


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