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第二部 第三章 記憶と夢と過去
始まりは③
しおりを挟む美しいサファイアの瞳には真摯な気持ちが宿り、指が震えそうになった。
理知的な思考を持った王子が、すべてを受け止めようと私の言葉を待っている。
私は一度目を閉じ、すぅっと息を吸い込み大きく吐き出した。
ゆっくりと瞼を上げ、注がれる視線を受け止める。
「――その、当時の発言ですが、姉様の溺愛からどうやったら逃れられるかというか、私も大好きだし仲良くはしたいのですが重いのでどうしたらいいかと思ってで」
私は迷った末、言葉を濁した。
話してしまったら楽になるかもと思わないでもなかったけれど、それに対しての影響がどうでるか分からなかった。
幸い、転生を繰り返すといっても具体的な話をしたわけではない。
王子に関わりたくないというのも、本人を前にして失礼ではあるがただのぼやきで終わっている。
なので、どこでも構ってこようとする姉のせいで周囲が常に賑やかすぎて、姉だけでも手一杯なので身分の高い人と関わりを持つのは疲れるだろうなと思ってだと説明したら、シモンは苦笑した。
姉の溺愛がこんなところで役に立った。実際に繰り返す転生に姉は関わっているので、切実な思いもある。
「個人的に嫌われていないのならそういうことにしておこうか。嫌われていないよね?」
「もちろんです!」
聡明なシモンのことだから私が濁したのを気づいていると思うけれど、深く追求しないでくれた。
こくこくと頷くと、シモンは私の手を掴み覗き込むように顔を近づけ、ふわっと破顔した。
「エリーとこうして話せるようになって嬉しいよ。あと、ユーグと行動をともにしていることだけど無茶はしないように」
「はい。判断がはっきりすればお話する案件なので大丈夫です」
「エリーの活動的なところは変わっていないとうよりは増しているようだから、早めに頼ってほしいところだけど。協力できることがあれば隠さず話すと約束してくれる?」
「はい! ありがとうございます」
基本は自分で動くべきだとの考えは変わらないけれど、申し出てくれた事実は非常に嬉しい。
思わぬ繋がりを知り、過去の自分の発言のせいで焦る羽目になったけれど、心から味方でいてくれようとしてくれる友人が増えて気持ちが軽くなる。
抑えきれず頬が緩み笑っていると、シモンが呆れたような眼差しで私を見た。
「本当にわかってる? 葉っぱレディの報告を受けた時は、笑いを堪えるのが大変だったから心配だよ」
ふふっと堪えきれないとばかりに笑うシモンを前に、私は居心地悪く視線を下げた。
いったいどのように報告されているのだろうか。
「つ、筒抜けなんですね」
「ユーグは私の友人であり側近で護衛も兼ねているから、基本の報告は受けるよ。事細かに知っているわけではないけどね」
私が手がけている商売のことを含め、何を言って何を言わないかはユーグの判断に任せている。
なので、話がシモンに伝わっていても構わないが、『葉っぱレディ』の件はできたら内緒にしてほしかった。
「あれは後々のことを考えたためで。私はひっそりがモットーなので無茶もしないので安心してください」
「ひっそりねぇ。……あれで、ですよね。それができないからこうなっている気もするけど」
あれでとは失礼なっ! とは思うけれど、仕出かしが判明した今は強く言えない。
誤魔化すように笑みを浮かべると、シモンはふっと息をつき目を細めた。
「未来を、何かを変えたいのならば、私がいることを忘れないで。力になるから」
掴んだ手を一度きゅっと握りやっと離してくれたと思ったら、伸ばされた指が頬をかすめる。
ヒヤリとした感触に背筋を震わせると、シモンは笑顔のまま、こめかみから流れる髪を一房とるとそのまま唇に引き寄せた。
シモンは見せつけるかのように私の髪に唇を落とすと、にっこりと覗き込むように私を見る。
「シモ、ン…」
「心配事があるなら守るから。もしもの時は頼って」
くるくると私の髪を絡め、微笑むシモンからますます視線を外すことができない。
心配の色をのせ優しさが漂う表情に、胸がきゅっと絞られる。
「……はい」
首を縦に振ると、シモンが眩しそうに目を眇めた。
美しく隔離された場所で二人きり。空気は澄み、自然美が自分たちを囲む。
神判を待っているような厳かな気持ちと、未知なる期待と不安が入り混じりなんとも落ち着かない気分になる。
「ますますエリーのことから目が離せなくなったよ」
慈しむように目を細め笑いながら呟かれ、吐息さえ意識する近い距離とその笑顔に鼓動がやたらと跳ね上がる。
それからは何事もなかったかのように座り直し、今までの時間を埋めるよう日が沈むまでたくさん語り合った。
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