詰みたくないので奮闘します~ひっそりしたいのに周囲が放っておいてくれません~

橋本彩里(Ayari)

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第二部 第四章 忍び寄る影

ぶれないマリア②

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 黒包帯男は目を細めて、疲れた声を出した。

「……………………………………意味わからねえ」

 こんなに話が通じないのは初めてだ、いや、これが貴族か。おっかねぇーとぶつぶつ言っている。
 まあ、己の精神を守るためにぶつぶつ呟きたい気持ちもわからないでもない。

 美人が話すと、どんな内容であれそれを納得しなければいけないと変な圧がある。
 こんな美人がおかしなことを話すはずはないと、視覚から入った美しさによって脳は相手が変であることを疑わない。

 正当な意見だと理解しようと一生懸命になるのだ。ぶっとんだ思考回路のマリアの言うことを理解できるはずないのに……。
 頭が痛くなってきた。

 さりげなく部屋を見渡すように確認した壁の男は、組んでいた腕に力を入れている。
 ぎゅっと握ったその抑え込むような感じ、ぞくっとするからやめてほしい。

「嫌ですわ。それはこちらのセリフですからね。私の可愛いエリーにこれ以上無体を働こうとしたら許しませんから」

 働いたらではなく、働こうとしたらって守ってくれようとする気概は感じるのだけど、それって布袋に包まれている時点で不利だ。
 どこまでも好戦的な姉に、さすがに男はイライラと足先を動かす。

「身動きできない立場がよく言うよ」
「あらっ。私はこうしてエリーと一緒にいるだけで幸せですからね。仕方がないので、あなたとエリーの話を聞いていてあげます。はい。どうぞ」

 真っ当すぎる指摘に、ふふんと恍惚とした表情で私を見て姉が話題を戻す。
 どうしてそんなに上から目線なのか。
 これで男が怒って手を出してきたらどうするの? 本当に姉様もうちょっと自分のことも考えてから発言して。お願いだからっ!

「はっ?」
「何をとぼけてらっしゃるの? エリーに聞きたいことがあってこのようなことをしているのではなかったのですか? 私も話の内容が気になりますから続きをお話になって」
「まあ、……あぁ?」
「もう、はっきりしませんわね。何の話がしたかったのですか?」

 うわっ、すごいな姉様。この状態で相手を翻弄するとか、脳裏にちらりと両親の姿が浮かぶのはなんでだろう。
 違う意味で背筋がピンとなるのをごまかすように、一度目を伏せた。

 絶対、これは楽しんでいる。
 ちらりとうかがい見ると、マリアはうふっと笑いながら、「エリーと同じ格好で、普段のエリーが何をしているのか聞けるなんて嬉しいわ」と横でうっとりささやかれた。

 余裕ありすぎな態度に、身体の力が抜ける。
 すっかりマリアのペースに巻き込まれ妙な感心さえしていると、さらにぴっとりくっついてきて姉はふふふっとご機嫌に笑った。

「エリー、可愛い」
「姉様……」
「さっさと話し合って、お祝いしましょうねー」
「…………」

 そうできたらいいけれど、下手に刺激するのもと私はは苦笑を漏らした。
 案の定、男はギリッと奥歯を噛み締め苛立ったように声を上げた。

「なんで、あんたが仕切るんだっ!」

 そうですよねー。ごもっともだけど、流されるあなたも悪い。
 私としては、壁の男の機嫌悪くなる前に、マリアがさらに暴走する前に話を早く進めてほしい。

「お話したかったのでは?」
「……っそうだが」

 姉も姉で、あら不思議とばかりにぱちぱちと瞬きをする。
 きょとりとばかりの表情は高貴な美しさと汚してはならない純真さを伴う。簡単に手を出してはいけない気分になる美貌。

 うーん。これはわかっていての表情なのか。
 それを間近で見せられた男は口をぽかりと開けた。きっと、包帯の下は姉の美貌を前に顔を赤くしているのだろう。

「ですから、どうぞと」
「…………っ」

 おおー、男が黙った。
 黒包帯男たちが登場したことで緊迫したはずの空気が、また緩む。いまいち緊張感がないのも問題だなと、目の前の黒包帯男を見た。

 実際のところ表情は見えないが、意味がわからないぎゅぅっと眉が寄っているように見える。
 しばらく固まっていたが、男ははっと息を吐き出した。

「よし。分かった。姉さんのほうはちょっと黙っておこうか?」
「なぜですか?」
「ややこしくなるからだよっ!」

 げんなりと男が言う。

「まあ。まるでこちらが悪いみたいな言い方ですね。親切でお話しているのに。それにエリーと話すなら先ほどどうぞと言いましたよ」
「言ったけどよ。そもそもなんであんたに言われないといけないんだ」
「私がエリーの姉だからです」

 そこで胸を張るマリアに、男はがりがりと頭を掻いた。

「いや、違うだろう。というか、なんで俺はこんなに必死にこんなやり取りをしてるんだ」
「それはあなたがエリーの良さをわかろうとしないからよ」
「絶対、そんなんじゃねー」
「まあ、物分かりが悪い方ですね」

 姉の最後の言葉に、本当に話が通じねーと男は肩を落とした。
 完全に姉のペースにはまっている。まるで漫才を見ているようだなともう勝手にしてくれと嘆息すると、そこでずっと見守っていた壁の男が壁から背を離した。

 靴の音が、コツッと響く。それは小さな音であったが、それはひどくこの部屋を占めた。
 たったそれだけの動作であったが、びくぅっと目の前の話していた男は身体を硬直させた。

「す、すまない。おい、話の続きだ」

 後ろを振り向かなかったが、謝罪は背後に向けてだ。
 体格からして、目の前の男のほうががっしりしていて力は強そうだが、後ろにいる男は背も低く細身なのに男にとって相当怖い相手のようで力関係が如実にわかる。

 男はマリアの相手は無理だと判断したのか、絶対姉を視界に入れずにペースを乱されないぞとの強い気概とともに私をじろりと睨み付けた。


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