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第二部 第五章 これから
魔の十六歳の壁②
しおりを挟む「そっか。乗り越えたんだ」
首を触っている右手から安堵に似た温もりが流れているようで、ふふっと私は笑った。
まだ問題は山積みだけど、今だけは難しいことは考えないでいいやという気分になる。
指先で脈を感じながら次から次へと笑いがこみ上げてクスクス笑っていると、バタンと扉が開いたと同時に名を叫ばれ抱き締められた。
「エリーィィィィッ。起きたのね」
「マリア姉様」
「心配したわ」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ苦しさに抗議しようとしたけれど、その腕が震えているのでしばらく我慢する。
「心配、おかけしました。マリア姉様は大丈夫ですか?」
「ええ。私は大丈夫よ。ああ、エリー」
感極まったようにすぅはぁと私の首に鼻を押し付けて匂いを嗅ぎ出す。
さらにぎゅうっと力を入れられて、私はギブだと姉の腕を叩いた。
「く、くるし、いです」
「まぁっ! エリー、ごめんなさい。少しでも早く生きて動いている可愛いあなたを確かめたくて」
がばりと腕を解いたが、今度は私の手を片方の手で握り、もう一方の手は咳き込んで苦しむ背中へと当てた。
ゆっくりとさすられて、私は溜まっていた息を吐き出す。
「ケホッ。……はぁっ、コホッ」
「エリー、ごめんね。そんなつもりはないのだけど、つい」
ええ、知ってます。マリア姉様はつい妹に構いすぎるんですよね。
ええ。ええ。つい愛情過多でやり過ぎるんですよね。知ってますとも。
「いえ、苦しかったですがなんとか。一瞬、川の向こう側でお祖母様が手を振っておいでになるのが見えたぐらいで」
若干、焦点の定まらない私に、マリアが顔を青くしたかと思えば今度は頬を上気させ怒り出した。
「キャアーッ! とんでもないわ! もうっ、可愛いエリーを呼ぶなんて、お祖母様は困ったものね」
「呼ばれたというか……。懐かしかったです」
錯覚かもしれないが大好きな故人に会えてふふっと笑うと、マリアが唇を尖らせてじとりと睨んでくる。
「もうっ、エリーったら。いつもエリーはお祖母様を前にするとすぐにこにこと笑っていたものね。そんなエリーも可愛かったですけど、お祖母様の話にちょろすぎなくらい笑顔を見せていたわね。最後はあれでしたけど、あちらでゆっくりしているはずなのに、私のエリーを呼ぼうなんて百年早いわ」
いや、長寿を目指していても百歳越えとかまではさすがに考えていない。
しかも、亡くなった祖母と張り合うのはやめてもらいたい。母方の亡き祖母と姉は、似た者同士なので、よく私を挟んでぎゃいぎゃいと言い合っていた。
あと、ちょろいとは聞き捨てならない。
「そもそもマリア姉様の腕が力強かったからでは?」
喉をさすりながらじとっと睨むと、マリアはしゅんっと落ち込んだ。
ちらりと上目遣いで私を見ては、またしゅんっと下を向く。それを何度か繰り返し、ぽそりと呟やいた。
「ごめんなさいね。エリー許して」
「わかりました。こちらこそ心配おかけしました。治療もしていただいたのでもう大丈夫です」
過度な反応だけど、根底に私への愛があるのを身を持って知っているので、落ち込んだ姉を見ると最後まで怒れない。
マリアの顔を覗くと痛ましそうな表情が返ってきたので、私はふわりと微笑んだ。握られていた手の上から、もう片方の手を優しく重ねる。
「エリーが無事でよかったわ。あの包帯男たち、今度会ったらコテンパンにしてやるわ。黒い包帯って粋ってるのかしらね? 緊急事態でなかったら大笑いしていたわ」
「確かに。インパクト強いですよね」
「それが狙いなのかしらね。もちろん正体を隠すということが一番の目的でしょうけど、きっと細かなことに目がいかないようにするためね。でないと、あれでは返って目立ってしまうもの。それにあの男に取り巻いた黒いもの、現在取り調べが行われているところだけど、見たこともない力が働いていたとしか思えないわ」
「得体が知れなかったです」
この世界にそういう設定があるのかは知らないがゲーム設定では闇がつきものだし、相手の男の力を目の当たりにして闇の力だろうとほぼ確信しているけれど、その辺は調べているというし安易に口にするものではないだろう。
黒い包帯といい、暗いものを抱えていそうだ。
あの時の恐怖を思い出し身震いすると、マリアが悔しそうに唇を引き結んだ。
ゆっくりと瞼を閉じ、一度手を離して改めて両手で私の手を包み込むと懺悔するように頭を下げた。
「あんなことになるなんて思ってもみなかったわ。もともとは私が誘ったから……」
深い後悔の念を含んだ声音に、私はゆっくりと首を振る。
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