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黒と獣人奴隷
13.二度目は
しおりを挟むあまりのことに手が震える。
先ほど精神支配されかけていたと言っていたが、もしかしたら死に戻り前の彼はすでにそういう状態であった可能性もあるのではないか。
――これは……、どういうこと?
ものすごくマズイことに気づいてしまったかもしれない。
私はさぁっと血の気が引くのがわかった。
もし、もしもだ。
彼の今の状態を考えると洞窟から生き延びたベアティはすでに精神支配された状態で、そこでマリアンヌに出会い、取り巻きの一人になったのだとしたら?
あくまで憶測だが死に戻り前の過去と今の状況を考えると、ベアティはベアティの意思で生きていなかったことになる。
――そんなの酷すぎる!
ベアティがマリアンヌにいつ出会ったのかはわからないが、その時の精神状態はどうだったのだろうか。
救われて取り巻きの一人になったのか、精神支配されたまま取り巻きになったのか。
黒い靄が見えていたこともあり状態は正常ではなかったので、後者の可能性も十分にある。
「ベアティはいつから一人だったの?」
「物心がついたころには路地裏にいた」
「そう……」
両親の記憶はあまりないのか、それとも触れてほしくないのか。
「ごめんね。あまり思い出したくないかもしれないけれど、なぜベアティが狙われたのかわかる?」
「あいつらは、俺みたいな孤児や獣人の子供を定期的に攫っていた。それからいろんなことをされて、しばらく経ってから俺だけ違う場所に隔離された」
「ベアティだけ違う場所に?」
ベアティの何を見出したのだろうか。
考え込んでいると、ベアティがおずおずと口を開いた。
「多分だけど、今はこんな状態だけど俺の身体は人より丈夫なんだ」
インドラもそのようなことを言っていた。
「彼らがすることに耐えられる子供ということね」
「そうだと思う。俺が攫われるまでも、何人か行方不明になっていたから。病気のヤツじゃなくて比較的元気そうなの。だから、その中で一番持ちそうなのを選んだのかもしれない」
目ぼしい子供を先に調べておき、定期的に攫っていたということか。その内の一人がベアティで、彼らにとってベアティは求めている素材だった。
「すでに目をつけられた状態で攫われたということね。そのころは自分で物を考えられていたんだよね?」
「うん。両親はいなかったけど、たまにご飯くれる人がいたし、殴られることもなかった」
「もしかして、これまで殴られてたの?」
暴行の痕はないと聞いていたが、驚いてぺらりとベアティの服をめくる。
真っ白な肌はあばらが浮いて細いが、それらしい痕はない。後ろはどうだろうとさらに服を上げようとしたところで、むんずと手を掴まれ止められる。
「恥ずかしい」
「ご、ごめん。つい気になって」
「心配してくれているのはわかってる。だけど、俺、こんなひょろひょろな身体だし……」
「ごめん。配慮が足りなかった。本当にごめんね」
悲しそうに眉尻を下げたベアティに、私は失敗したと落ち込んだ。
ベアティも男の子。身体が細いことを本人はとても気にしているようなので、歳の近い異性にまじまじと観察されて何も思わないはずはない。
「情けないだけだから……。必要なら、エレナ様ならどれだけ見られてもいい。それと、今はこんなだけど暴力で怪我をしたことはないから、そういう意味で俺は丈夫なんだ」
「傷がつかないだけで、殴られたら痛いでしょ?」
「慣れたよ」
表情を消して淡々と告げたベアティの頭を、私はごそごそと身体を移動し抱きしめた。
「ベアティ。慣れても痛いものは痛いの」
「でも、俺のせいで亡くなった子たちもいる……」
まるで自分が生きているからたくさんの子たちが犠牲になったと言わんばかりの言葉に、私はむぎゅうと腕の力を強める。
「それはベアティのせいではない。それを強いた人たちが悪いに決まってる」
一緒に保護した獣人の少年が、ベアティは自分たちを庇ってどこかに連れていかれることはしょっちゅうだったと言っていた。
もしかしてその時に酷い暴行を受けていたのか。
ベアティは自分の身体が丈夫だとわかっていて、彼らの代わりに大人の憂さ晴らしに付き合ったのかもしれない。
――殺してくれ、と言うくらいだもの。
人が傷つくよりは、自分が傷つくほうをよしとするほど優しい人物のようだ。
自分がいなくなったら、実験で亡くなる命も減ると考えたのではないだろうか。
ますます、死に戻り前は精神支配された状態だったのではとの推測が濃厚になってくる。
「エレナ様……」
胸の中で震えるベアティの頭を私は優しく撫で、ずりずりと再び身体の位置を戻して顔を見合わせる。
死に戻り前では見えなかった瞳の動向をすべて捉えるべく、私は覗き込んだ。
「いい? 今後、一切理不尽な暴力は許してはダメよ」
「わかった」
「そのためにもベアティは強くならないと。お父様たちが悪い人たちを捕まえるべく動いているけれど、また狙われないとは限らないし」
私もベアティもこれから力をつけていかなければならない。
理不尽を払いのけるほどとは言わなくても、それを回避するくらいはきっとできるはず。
死に戻り前のベアティの状態に対して推測が間違っている可能性はあるけれど、その可能性がある限りますますベアティを信用ならない相手に預けるわけにはいかない。
私はベアティの手を掴んだ。
「ベアティ。幸せになろうね」
「はい!」
一人思考し意気込んでそう告げると、脈絡なく告げたにもかかわらず、ベアティは頬を上気させ嬉しそうに返事した。
その笑顔を見て、つられるように笑みを浮かべた。
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