50 / 51
黒と光 sideベアティ
優しさと不安
しおりを挟む気づけばふかふかのベッドに寝かされていた。
ずっと生きていても意味がないと人生に絶望していたが、初めてとても眩しく温かいものに触れた。とても美しいものを見た気がした。
その温もりを捜して、そこで気づく。
思考できる、視野や明るくなり音が明確に聞き取れていることに驚きを覚えた。
ベアティが目を覚ましたのに気づくと、知らない女性があれこれ世話をし、ばたばたと外に出ていった。
それからしばらくして、夫婦と一人の少女が部屋に入ってきた。
――ああ、この子だ! やっと会えた……。
自分から湧き出るものが、何から起因するのかわからない。
だが、エレナを見た瞬間、これまで感じたことがないくらい心が温まった。
自分は彼女に会うために生きていたのだと、体中から歓喜が湧き上がる。
ミルクティー色の柔らかでくせのある髪は、ふわふわと彼女が動くたびに優しく動く。
晴れた色の昼の空はとても美しく、エレナにとても似合っていた。彼女のことをよく知らないけれど、その曇りのない瞳は彼女らしくてとても好ましく思えた。
視線が吸い寄せられるなんて生易しいものではなく、魂が吸い寄せられるように彼女から視線が外せない。
まだ完全に体力や思考を取り戻せないが、彼女のことだけは絶対に逃してはダメだと、脳が、身体が、警告してくる。
この時に、ベアティはエレナのそばから一生離れないと誓った。
奇跡的な出会いから二年が経った。
エレナの周囲に男、シリルが増えた。インドラの存在がうまく中和剤となり、たまに牽制しながらも今のところ問題なくやれている。
領地のあちこちに回復魔法をかけに行くエレナに付き添うたびに、彼女のすごさを思い知る。
エレナは領地でのんびり過ごしたいとよく言うが、その生活はのんびりとは程遠い。
領地から極力出ようとはしないが、とにかく精力的に動く。
その過程でベアティやシリルは助けられたため、エレナの活動を誇りに思うと同時に、いつかベアティたちを貶めた者たちに見つかり、エレナも悪用されるのではないかと心配でもあった。
エレナの持つスキルは特殊だ。
本人は回復スキルだというけれど、実際にその魔法に触れたベアティはそれが普通ではないことを知っていた。
自分にかけられた精神支配魔法は複雑で、一般的な回復魔法では解けるものではない。
それを時間はかかったが完璧に解いて見せたエレナ。しかも、当時七歳でだ。
その間、魔法だけではなく、幾度となく存在に、声かけに助けられた。
ベアティにとってエレナは特別だ。
命の恩人でもあり、魂が求める女性。
冗談抜きで、エレナなしでは生きられない。
そう感じるのは、死んでもいいと諦めるほどの苦しみから救ってくれたから。
直感がそう言っているから。
確かにそれもあるだろう。
でも、それだけではない。
過ごしてきた時間、与えられた優しさや温もりの一つひとつが、ベアティの心を掴んで離さない。
理屈ではなく、彼女のすべてが愛おしかった。
――エレナ様は必ず守る!
きっと特別で目を付けられやすいため隠しているのであろうスキルの正体を、そしてエレナ自身を、命にかけても守りたい。
そのためには二度と捕まるわけにはいかず、抵抗する術を身につけなければならなかった。
エレナと過ごす時間に充実しながらも自ら厳しく鍛えと忙しく、ベアティは久しぶりに熱を出した。
高熱でろくに身体を動かす気も起きず、気分も沈んでいく。
「ベアティ、大丈夫?」
あの頃のようにふかふかのベッドに寝かされ、エレナを見上げる。
もっと近くに来てほしくて手を出すと、すぐに気づいたエレナがほわりと微笑み手を握ってくれた。
エレナに触れるだけで、気持ちが落ち着く。
「エレナ様……」
「無理しすぎたんでしょ? 強くなろうとするのはいいけど、そんなに急がなくてもいいのに」
エレナはとても優しい。出会った時から、この包み込むような優しさは変わらない。
抱える不安に気づき、そっと寄り添ってくれる。
だけど、ベアティはその優しさに触れるたびに不安になった。
初めて出会った時に告げられた、『何の安全の保障もないまま、私から手を離すつもりはない』とのエレナの言葉が忘れられない。
エレナは寄り添い居場所を与えてくれるが、その言葉はベアティにとって拠り所であると同時に、時限爆弾のようで怖いものでもあった。
裏を返せば、安全の保障ができたらエレナは簡単に手放すつもりであるということ。
ベアティに離れるつもりはなくても、エレナがそうだと判断すればあっさりと放り出されてしまうということ。
それはひどく危うく、ベアティを刺激する。
少しでも不安に駆られると、ベアティは感情が制御できず再び何もできなかった日々に、いや、それ以上の絶望に陥ることを想像し、震えが止まらなかった。
259
あなたにおすすめの小説
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました
山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。
だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。
なろうにも投稿しています。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
【完結】ずっとやっていれば良いわ。※暗い復讐、注意。
BBやっこ
恋愛
幼い頃は、誰かに守られたかった。
後妻の連れ子。家も食事も教育も与えられたけど。
新しい兄は最悪だった。
事あるごとにちょっかいをかけ、物を壊し嫌がらせ。
それくらい社交界でよくあるとは、家であって良い事なのか?
本当に嫌。だけどもう我慢しなくて良い
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
私の妹…ではなく弟がいいんですか?!
しがついつか
恋愛
スアマシティで一番の大富豪であるマックス・ローズクラウンには娘が2人と息子が1人いる。
長女のラランナ・ローズクラウンは、ある日婚約者のロミオ・シーサイドから婚約解消についての相談を受けた。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる