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約束 sideイーサン①

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 両親が亡くなったことをうまく消化できないまま、生きていかなくてはならなくなった。
 もともと両親の結婚は親族内で反対されていたこともあって、イーサンの存在はないもののように扱われた。

 一応、嫡男であるというだけで、その家の奴隷のように働かされ生かされる。死なない程度に食事を与えられ、無視をされる。無視をされるくらいまだマシなほうで、暇つぶしにサンドバックにされることもあった。
 理不尽な理由ではたかれ、飽きたら放置。そんな日々を過ごしていた。

 体力も気力もなくその日を過ごすので精一杯だったある日、亡くなった父の友人だと名乗る上背のある男性がイーサンのもとを訪ねてきた。
 叔父たちとやり取りをした後、「もう大丈夫。私と一緒に行こう」と手を差し伸べられた。

 それに救いを見出したわけではない。
 ほんの少しその穏やかな口調にここにいるよりはマシになるかもと淡い期待を抱いたけれどすぐそれを打ち消し、もともと自分には選択肢はないと怒られないようにおずおずとその手を取った。

 連れて行かれたのは子爵邸よりも随分大きなお屋敷。
 ここで使用人のようなことをするのだろうか。寒さをしのげるだろうか。食べものはもらえるだろうか。――誰にもぶたれないだろうか。

 少しでも痛い思いをしないように、ここでのルールを一刻でも早く見極めて、怒られないように気を付けなければと怯える気持ちを抑え込みながら屋敷に入ると、自分と同じ歳くらいの女の子が自分を見ていた。
 馬車で子どもがいると伯爵が話していたが男ではなかったことにほっと息をつき、何を言われるのかと何をさせられるのかと様子を覗っていると、ミラと名乗った少女にいきなり手を掴まれた。

 怖かった。近くに寄られるとどうしても条件反射で身体が震える。心が竦む。
 今まで怯えても相手が望む態度を取っても、相手は理不尽に怒ってくる。

 この少女もどんな理由で怒るかわからない。伯爵の娘を怒らせたら、ここでの居場所はなくなってしまう。
 居場所がないことは、雨をしのげるところも食事のないことを意味する。それなら、少しでも媚びを売ってと思うけれど、自分は何をしても腹を立たれて手を上げられる。

 イーサンの怯えに気づいたミラは手を振り払うこともなく、ゆっくりと手を離すとそっと自分と距離をとった。
 気遣いを感じる行動に、イーサンは髪の隙間からミラを見た。

 琥珀色の瞳が憂慮を讃え、じっと自分を見ていた。
 何やら鼻息が荒い意気込みも感じるけれど、そこに侮蔑や怒りの感情がないことに張っていた緊張がわずかに緩む。

 少なくとも前のところよりは良さそうだと感じるとともに、身体は強ばったままだけど感覚が戻ってきたのか、ふわっと柔らかな小さな手の感触が熱を持つように主張した。

「これからは気をつけるね。だから、イーサンのペースで仲良くしてくれた嬉しいな」
「…………はい」

 両親の手前良い子ぶっている可能性もないわけではないけれど、にっこり笑うミラの顔から視線を外せない。

 本当に仲良くと望んでいる?
 この少女は大丈夫だろうか? 自分を傷つけない?

 何度も何度も期待しては痛めつけられ、その分だけ傷ついてきたけれど、優しく包まれた手の温もりにどうしても期待してしまう。
 結局、ろくに反応ができないまま、少しでも伯爵たちに不快に思われないように身を縮めて生活する日々が始まった。

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