殿下、そんなつもりではなかったんです!

橋本彩里(Ayari)

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5.秘策の結末①

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 白昼堂々といかがわしい表紙がずらりと置かれた机を前に、リリエンは戸惑いの声を上げた。

「あっ、待ってください」

 並べ終わると侍従はさっさと下がり、側近や護衛も含む眼差しを残し、じゃ、と爽やかに部屋の外に出てしまい二人きりにされる。
 是非、彼らにも部屋にいてほしかったのに、エルドレッドのもとに長く通うことによって親しくなり信頼されることになった弊害がこんなところに出てしまった。

 名残惜しむように視線を扉に向け、リリエンはうーむと眉尻を下げる。
 すると、やたらと爽やかな笑顔でリリエンの肩を掴んでいたエルドレッドは、すっと顔を寄せ耳元でささやいた。

「リリエン。こっちを見ろ」

 低く響く美声にぞわっと肌を粟立たせ、リリエンは不安を喉の奥に押し込めた。
 おずおずと振り仰ぐと、目の前で睫毛が瞬き、その奥の赤い瞳がひたとリリエンを見据えていた。
 視線が絡むと、エルドレッドの笑みが深くなる

「殿下。本当に一緒に読むのですか?」
「ああ。その様子じゃリリエンも目を通していないのだろう?」
「そうですけど……。リサーチはしっかりしましたよ」

 人気があるものや密かに流行っているもの、友人の意見を聞いたりして取り寄せた。
 特に変なものがなければそれでいいと、どれがエルドレッドの琴線に触れるかわからず幅広くそして手当たり次第でもあった。

「ならいい機会だろ? その気にさせた責任としてこれから毎日この本を見ていこうか」
「毎日?」

 リリエンは言葉を反復し沈思していたが、具体的に想像しあり得ないだろうと目を見張った。

 ――それが、その気にさせた責任?

 冗談だと言ってくれと願いを込めてリリエンが軽く首を傾げると、その際にはらりと落ちた髪をすくい上げエルドレッドが耳にかける。
 それから耳元に唇を寄せた。

「ああ。全部だ。リリエンは俺と話せる機会をずっと待っていただろう? ちょうどいい。毎日一時間。一緒に勉強しようか」
「あっ、勉強……」

 笑顔で応えようとしたが、少し顔が引きつってしまった。
 嬉々として贈ってきたものが、このような形で返ってくるとは思わない。しかも、息がかかるほど近くでささやかれ、リリエンはばっと上半身を引いた。

「問題でも?」

 リリエンの反応に楽しげに笑みを浮かべたエルドレッドの双眸は、そう訊ねながらも断らないだろと自信に満ちあふれ恐ろしいほど輝いていた。
 いつもなら皇子相手にも遠慮なく言いたい放題していたのだけど、この時ばかりは言葉を慎重に選ぶ。

「いえ。問題はありません。ただ、その、そういうことに私は詳しくなく」
「人に勧めておいてそれはいけないよな? 一緒に勉強して、是非ともリリエンのお勧めを教えてもらいたいものだ」

 なんてことだ。
 リリエンは頭を抱えたくなった。

 エルドレッドに興味を持ってもらうことばかり考えて、自分も読むことになるとは想定していない。
 困ったと眉根を寄せながらちらっとエルドレッドに視線を投じると、皇子はにこやかな笑顔を浮かべてリリエンの腰に手を回し、もう片方の手で机の上を指さした。

 ――逃げられない。

 がっちり回った腕は思っていたより太く、リリエンの動きを封じてくる。
 頭上にあるエルドレッドを見上げると、さあ選べと促された。

「どれから勉強する?」

 リリエンは観念して前方に視線を巡らせた。
 『女体の感じ方』や『男女の営み図録』はさすがにハードルが高い。ならばと、少し離れた場所にある小説に目を向ける。

 白とピンクと黄色を基調とした本は、『キュンキュンメモリー。これであの子も俺に夢中』というタイトルだ。
 誰が書いたこれと突っ込みたくなるようなこのタイトルなら、そんな濃密なものではないだろうとリリエンは手に取った。

「これにしましょう。殿下も、それに私も初心者なので」
「そうか。ならそうしよう」

 私が手にとった本を見て、エルドレッドは面白そうに口の端を引き上げた。
 大きなソファに並んで座り、本を開く。

 ぱらぱらと流し見ている横でリリエンも視線を投じると、壁に女性を追い詰め口説いている様子や、口づけする寸前の顎に手をおく角度など、ものすごく事細かに描かれている。
 そして、無駄に絵が上手い。

 大人の絵本? というほど丁寧に描写されたそれは、裸体がドンとあるよりもなんだか気恥ずかしいものだった。
 しかも、手ほどきなので男女の細部まで描かれ、指先一つとっても艶めかしく見える。

 ――こ、これは……。

 リリエンは顔を赤らめた。
 黙ったリリエンに、エルドレッドは面白そうな顔をして笑う。

「どうした?」

 切れ長の瞳は相変わらずじっとリリエンを見つめているが、責任の追及という割にそこに不機嫌さは表れていない。むしろ、終始楽しそうだ。

「その、やっぱり違うやつを……」
「リリエンが選んだのだろう? さっきも言ったが人に勧めておいて、自分は嫌だというのはおかしいんじゃないか?」

 真っ当な言葉に、リリエンはぐうの音も出ない。

「わかりました」

 期待を裏切らないだろうと好戦的にも見える双眸でじっと見据えられ、確かにそうだとこくりと頷く。
 しかも、手元にある本はエルドレッドに興味を持ってもらおうと吟味した上で購入したものだ。ちゃんと目を通してくれるというのなら、この機会を恥ずかしいといって逃すのは惜しすぎる。

 ――これは最大のチャンスよ!!

 リリエンは気合いを入れ直し、目の前の本に視線を投じた。

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