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第23話 朝帰り

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翌日の土曜日。
私は約束の時間に早川君のマンションの前に居た。

もしかしたら今日も駅まで迎えに来てくれるのか、と思ったが彼は居なかった。
少し寂しい思いでここまで歩いてきたのだが、家を出てから此処へたどり着くまで、私はずっと昨日の事を考えていた。

昨日、お店を出た後に早川君に美鈴を送っていくように頼んだ。
美鈴は一人で帰れると息巻いていたが、私からの手向けを早川君は受け取ってくれた。

駅まで向かう途中まで一緒だったが、私は京王線に乗るので別れた。
その時に見たのだ。

美鈴が早川君と腕を組んで歩いて行くのを。私が遠慮がちに腕を添えるのと違う。まるで恋人同士のような仕草だった。
二人の後姿を眺めながら、これで良かったのだと自分を納得させた。

私は神様の嫌がらせに勝ったのだ。


そう強がってみたものの、やはり胸の苦しさはごまかせず今日は少し寝不足気味だった。

大きく欠伸をしながら、早川君の部屋のチャイムを鳴らす。
我ながらはしたないとは思いつつも、寝不足から何度も欠伸をしている状態だ。

ところが、チャイムを鳴らしても応答がない。

「あれ? まだ寝てるのかな?」
昨日、帰りが遅くなって、まだ寝てるのかもしれない。
今日は遠慮して帰ってしまおうか? そう思った時だった。

「綾瀬さん!」

不意に後ろから声をかけられて、思わず背中がピーンと伸びてしまう。

「は、早川君?」
早川君が息を切らしながら、膝に手を当てている。しかも……、昨日と同じ服だ!

「ご、ゴメン。待たせちゃって……」

おそらく全力で走ってきたのだろう。まだ肩で息をしている。

「ど、どうしたの? 買い物にでも行ってたの?」
昨日と同じ服で買い物に行くわけがない。それに買い物袋を持っているようにも見えない。となると、答えは一つしかない。


(外泊したんだ!)


「あ、いや……、後で説明するよ。
とにかく、中に入って……」

そう言って中に入っていく早川君の後ろから続くが、モヤモヤした気持ちが私の胸の中で一気に膨れ上がっていた。


「ごめん、先に初めてて。僕はシャワーを浴びてくるから」

「う、うん」

部屋に入るなり、早川君は私にパソコンを渡すと浴室へと消えていった。
何時ものようにテーブルにパソコンを置いて下書きしていた小説の清書をするのだが、身に入らない。

昨日、私と別れた後に美鈴と何があったのだろうか?
考えられることは一つだ。


あのまま二人で何処かで夜を明かしたんだ……。


私がお膳立てしたのだから、その成果を喜ばなくてはいけないのに、モヤモヤした気持ちが今にも破裂しそうなくらい膨らむ。


「ごめんね、待たせちゃって」
暫くすると、早川君は身なりを整えて出てきた。まだ少し髪の毛が濡れていて顔も少し上気しているようだった。
それに、眼鏡を外しているのだけど、髪がボサボサに伸びた状態なのにイケメンだ!

「う、ううん、平気。それより、どうしちゃったの?」

「あ、実はあの後、蜂矢さんと一緒に電車に乗ったんだけど、彼女がまだ帰りたくないって駄々こねて……」


「やっぱり!」と思ったが、分かっていた事だ。
この先を聞くのが怖くなり、心臓の鼓動がどんどん早くなるとともに血圧が上がる感覚に陥る。気持ちの変化を悟られないように努めて冷静さを装いながら彼の話を遮る。
「あ、ごめんね、余計な詮索しちゃって。分かってるから、その先はもう良いよ。
さ、作業を始めよ」

「いや、何か誤解してない? 綾瀬さん。新宿で降りたんだけど」

「だから、良いって!」

「……」

「ちゃんと分かってるから。
ゴメンナサイ、大きな声を出しちゃって」


「あ、いや、分かってるなら、良いんだ。
それより作業を進めようか」


「うん、とにかく清書の方を進めるね。早川君は?」

「僕は凡そのストーリーは出来て、プロットもまとめてるから、ようやく書き始められるかな」

「どんなストーリーなの?」

「うん。
田舎から出てきた男子大学生が、『不倫問題研究所』という怪しげなサークルに入部して、そこで人妻と次々と関係を持つというのが大まかなストーリーなんだ」

正直、引くような内容だ。
きっと主人公の男子学生のベースは早川君だろう。頭の中で人妻に誘惑される早川君を想像して、思わず首を左右に振った。

「へ、変かな?」

「ううん、そうじゃなくて、変な想像したから……」

「変な想像?」

「人妻が大学生と不倫だなんて、シチュエーションとしてはエッチだな~、なんて」
もしや、早川君にそんな願望があるのだろうか?
またしても変な想像が過るが、今度は首を固定して我慢する。

「ありがちかなと思ったけど、官能シーンを登場させるには扱いやすい設定でもあるんだ」

うんうん、と今度は首を縦に振る。


その後、作業は進みお昼になったので、早川君が出前を頼んでくれた。
レストランからデリバリーの配達員が届けてくれるのだ。
先週、私が早起きしてお弁当を作ってきたのだが、今週は早起きしなくて良いようにと早川君が気を使ってくれた。


ランチを食べてからも作業は続き、お互いに書き上げた小説をチェックし合って、その日の予定を終えた頃には夕方になっていた。
余計な事を考えないように作業に集中したため、予定より大幅に小説を書き進む事が出来たのは収穫だった。

「今日はかなり捗ったわ。早川君のおかげよ」
「そんなことないよ、綾瀬さんが頑張ったからだよ。
それより、夕飯も食べて行かない?」

すでに17時を回っている。これから帰って、それから夕飯の支度をするのは少し気が重たかった。だが、このまま居座ってもよいのだろうか?

早川君は美鈴と一夜を過ごした仲だ。きっと一気に関係が進んでいることは想像がつく。先週までとは状況が違うのだ。

「この時間ならまだお店も混んでないと思うから、夕食を済ませて帰っても良いし、今日は作業が捗ってるから、もう少しやっていっても良いし、どうだろ?」

迷っていると早川君が珍しく推してくる。
確かに今日は集中していたせいか随分と作業が捗った。だが、それは集中しないと余計な事を考えてしまうからだ。

このまま帰っても、家で一人でいると余計な事を考えてしまいそうだった。ならば……。

「じゃあ、夕食を食べてもう少し頑張ろうかな」

私たちは、作業中のパソコンをそのままにして、早川君のマンションを出て、井之頭公園を抜けて駅のほうへと向かった。
でも、今日は早川君の腕に私の手が絡むことはなかった。


もう、彼の腕は美鈴のものだから……。




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