神龍族怪綺譚

ヨルシロ

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黒雷邸の縁様

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「…あー…今日も客かな」

東の果て、日ノ本国は古来から人々とあやかし…そして神々が共存している。
人とあやかしは互いを尊重し、貴き神々は人とあやかしに敬われ、時には交じりあい長い営みを紡いでいた。
さて、そんな日ノ本には神龍族(じんりゅうぞく)と呼ばれる神々の一族がいる。
あらゆる龍族とそれに連なる存在の頂点に立ち、さらには神々を裁く役割を持つ特殊な神達を神龍族と呼ぶ。
彼らは第一席法帝紅龍閻羅(ほうていこうりゅうえんら)を筆頭に11柱存在しそれぞれの権能と役割を果たしているのだが、今回は雷と契約を司る雷公黒龍(らいこうこくりゅう)のお話。

女はとある建物の前で立ち尽くしていた。
世にも名高い法帝紅龍が御わす法帝廟の隣にひっそり佇む一軒家。ごく一般的な一軒家なのだが、木々に覆われていて鬱蒼している。
近寄りがたい雰囲気のその建物は、通称『黒雷邸(こくらいてい)』
どんな願いも叶えてくれる契約の神龍族、第四席に座す雷公黒龍が住んでいると言う。

「…噂、本当なのかな」

ぼそりと呟いた女は周りをキョロキョロ見渡す。
ここには用があって来たのは事実なのだが、如何せんどうやって入ればいいのかわからずにいた。
なにせ鬱蒼としているが見た目はただの一軒家、隣が超有名な神社である以外閑静な住宅街なのだ。
普通に人や車の往来がある。
むしろ隣の神社に参拝に来た参拝客が通り過ぎていく。
人目を気にすれば気にする程入りづらいものだ。ウロウロすれば尚更目立つのは自覚しているが、それでもインターホンを鳴らす勇気はない。
誰が出てくるのかもわからないし、そもそも何をしに来たのだと聞かれたら答えるのを戸惑ってしまう気がしてならない。
モヤモヤモヤモヤ悩んでいる女の横をたくさんの人が通り過ぎていった。
ガチャリ。
突然玄関が開く音がした。
女はビクリとし、通りすがっていた人たちもつい立ち止まった。

「よう、そこに立ってないで入っておいでよ」

玄関から顔を出してきたのは長い黒髪を横に三編みをした糸目の男。それもかなりでかい。
通行人達はザワザワと騒ぎ出す。

「縁(えにし)様だ」
「珍しい、いらしてたのね」
「初めて拝見したぞ」

周りがざわつく中、女は硬直しつつも自分に声をかけてきた人物を凝視した。
彼こそがこの黒雷邸の主である雷公黒龍の縁なのだ。
玄関から出てきた彼は女の前に立つと首を傾げた。
神々を管理する神社総合庁の発表では、彼は195cmと公表されており…日ノ本人の一般的な身長からして逸脱していた。
そんな彼に見下されたら尚更硬直するもの。
だが本神はわかってないのか、硬直している彼女を訝しげに見るだけ。
異様な状態なのを周りは察知したのか、その場はさらにざわつく。
それに嫌気がさしたのか、縁は女の手首を掴み家の中へと引き入れたのであった。

「用件があるならインターホンでも鳴らしてくれよ。ただでさえ目立つから勘弁してほしいんだよね」
「す、すみません…」

黒雷邸へと引きずり込まれた女はちょこんと座って恐縮していた。
ここの主はと言うと、居間から見えるキッチンでお茶を淹れている。神自らお茶を淹れているのだ。
普通世間で知られている神々は、自らに仕える人間やあやかしに身の回りをさせるもの。
だがここの主は普通とは違うらしい。
家の中もごく一般的だし、むしろ男の一人暮らしという感じだ。
恐縮しながらもついつい周りを見渡してしまう女の前に、小さな音を立ててお茶が置かれた。

「人からもらったお茶だから、口に合うかわからんけど」
「い、いえ…ありがとうございます」
「そんなに俺の生活空間が珍しい?」

女の向かいに座った縁はうっすらと笑みを浮かべながら、そう言った。
女からしたら少しばかり胡散臭さが拭えない笑みではあったが…。

「えと…普通の感じだなって。男の人の生活空間はそんなに見たことありませんけど」
「神性にしては珍しい方だな。身の回りの事はできるだけ自分でしてるし…まあ、召喚される身だから掃除とかは人雇っているけど」

ずずっと音を立てながらお茶を飲む姿は普通の人間だ。
いや、目の前の神は神龍族と人間の混血児であるので正確には半神という定義になるらしいが…彼は姉や妹と同じく正式に神性として認知されているし認定されている。
彼の祖父は近寄りがたいで有名だが、孫世代である彼はそうでもないらしい。
ただ胡散臭くて身長が大きいから近寄りがたいというだけ。

「そうなんですか、神様ってそれぞれなんですね」
「そういう事。それで」

お茶を飲み干したのだろうか、カップをテーブルに置くと彼はじっと女を見た。

「俺に契約を持ちかけてきたんだろう?何がお望みなんだ?」



「実は…どうしても手に入れたい人がいるんです」
「へえ、なんで?」
「…その人…彼女がいるんです」

顔を俯かせて女は語りだす。
女には好いた男がいるらしい、それもとても小さい時からだという。
その彼に心奪われた彼女はどうしても彼の隣に立ちたかった。
しかしその時点で男の隣には最愛の彼女がいたらしい、噂ではお互いが学生の時から付き合っているとか。
仲睦まじい二人に別れる気配がなく女は嫉妬に狂いそうになったそうだ。
これが横恋慕だというのは自覚しているらしい。だがこの恋心は止まらない。
だから悩みに悩んでここに来たと。

「ふーん、まあそういう恋愛系の契約はよくあることだから別に気にしないけど…願う前に対価を払う事はわかってる?」
「対価…」
「そう、いくら神と言ってもタダでお願いを聞くわけじゃないんだ。それこそ他の神は『信心』と言う対価を払ってもらって願いを叶えて存在を維持している。この世界の神はね、人間の『信心』で存在できてる訳」

信心という想いの形があるから神は存在していると縁は語る。
それはこの国では一般的な知識だと女は思った。
人の想いから生まれたと言える神々は、人からの信心がなくなり認知されなくなると存在が消滅するらしい。実際それを見たことがないから実感がないのだが、古き神々の多くはそれで消滅していったと聞く。
縁は茶碗のフチをなぞりながら語る。

「ただ俺ら神龍族は人の信心がなくても生きていける特殊な神だ。だから願いを叶えるにも対価が必要な訳よ」
「等価交換というものですか?」
「よく知ってるね。俺の契約はその等価交換でないと成立しない」

無から有を作るなんて、俺のじいちゃんしかできないさとカラカラ笑いながら縁は言った。
それを聞いた女は俯く。喉は震え、掠れた声しか出ない気がした。

「…対価は…」
「もちろん願いに対してそれ相応でないとダメ。それは俺が決める」
「え…」
「一応意見は聞くけどね?」

女は顔を上げた瞬間息が止まるのを感じた。
縁の閉じられていた両目が開いていたのだ。
至上とも言える美しい金色の瞳が女を見つめていた。
宝石のような鏡が乱反射したような光を宿した双眸が、じっと女を見つめる。

「君知ってるんだろ?俺の目は嘘を許さないって」
「…ぁ…あ、ぁぁ…」
「さあ、契約しようか」


女はフラフラと黒雷邸を立ち去った。
縁はそれを煙草を吸いながら黙って見つめている。
静かになった居間には彼一柱、しかし動かないはずの彼の影がゆらりと動いた。

「よろしかったのですか?」
「何がだよ」
「先程の契約、警察沙汰になりませぬか?」

影から出てきたのは一本角を持った霊獣・朝天吼(ちょうてんこう)の帛烽(はくほう)。
縁に仕える筆頭使令である帛烽は、縁の影に潜みながら先程の会話を聞いていたのだ。

「怪異は警察扱いにならねえって姉さんが言ってたじゃねえか」
「それでも神社総合庁管轄で捜査されるはずですよ」
「別に俺が起こす怪異じゃねえし」

縁は近くにあった灰皿に煙草を押し付ける。ジュッと音を立てて火が消えた。

「俺は怪異を起こせる手伝いをしただけだっつうの」
「足がついたらどうするのですか?」
「足がつくわけないだろ。お前も知ってるくせに…人間の負の感情から発生する怪異も結講厄介だって」

もらった対価は大したものじゃねえしとケタケタ笑う主に帛烽は頭を抱えたくなった。
確かに自分の主は一部の界隈では怪異を起こすことで有名な場所を教えただけ。
対価は女の名前の『一部』であったし、契約内容としては『軽い部類』だ。

「あのお嬢さん、かわいそうに…名前の一部を差し出したら自らの存在が曖昧になるというのに」
「かわいそうか?男の死体でもいいから手に入れたいって言ってたんだぜ?」
「そうですけど…」

自らの存在が曖昧になるということは、人という括りではなくなるというのに…と帛烽はため息を吐き出すしかなかった。
まあ、好いた男を死体でもいいから手に入れたいという思考はあぶないかとも考え直す。
明日は人殺しした怪異事件がニュースになりそうだとこっそり思った。
コンコン。
一柱と一頭が話している時、居間にノックの音が響く。
そして家主が返事する前に扉が開かれた。

「失礼するぞ、義弟」

入ってきたのは縁と引けを取らない大柄な老人と、彼の背からひょっこり顔を見せた銀髪の美女だった。

「姉さん!!」
「これは雪皇陛下と筆頭使令殿」

縁は満面の笑みを浮かべ、帛烽は深々と頭を垂れる。
その姿を見た老人ことイェルドは不愉快そうな表情を浮かべ、銀髪の美女こと紫苑はうっとりするような微笑みを浮かべて縁に声をかけた。

「お久しぶりですわ、縁。お元気でしたか?」
「元気元気!姉さんに会えて俺ハッピー」
「儂は無視か?義弟よ」
「ごめんなさいごめんなさい、ようこそいらっしゃいました義兄さん」

姉である紫苑に会えた事に有頂天になってた縁に凄い剣幕で詰め寄った義兄イェルド。
義兄の圧に負けた義弟は、後ずさりしながら義兄へと挨拶をする。
この雷公、極度のシスコンで義兄に頭が上がらない事で有名なのだが、それは別の話である。
いつもの日常に戻ったなと思った帛烽は静かに影へと戻っていくのであった。


『本日未明、〇〇湖の付近でバラバラになった男女の遺体が発見されました。警察の発表で男性は高橋幹人さんと判明しており死亡前後の行動を確認している最中です。また女性の方は身元不明のようで、警察は情報提供を……尚今回の事件は怪異によるものと判断されており…』
「…確かあそこの怪異は人間の肉を好みましたっけ…?」
「シオンー!!客が来たぞ!!」
「はいー今参りますわ」









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