神龍族怪綺譚

ヨルシロ

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鍛師神社の斎様

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「やあ、いらっしゃい」

東の果て、日ノ本国は古来から人々とあやかし…そして神々が共存している。
人とあやかしは互いを尊重し、貴き神々は人とあやかしに敬われ、時には交じりあい長い営みを紡いでいた。
さて、そんな日ノ本には神龍族(じんりゅうぞく)と呼ばれる神々の一族がいる。
あらゆる龍族とそれに連なる存在の頂点に立ち、さらには神々を裁く役割を持つ特殊な神達を神龍族と呼ぶ。
彼らは第一席法帝紅龍閻羅(ほうていこうりゅうえんら)を筆頭に11柱存在しそれぞれの権能と役割を果たしているのだが、今回は鍛冶と鉱石を司る鍛師鐵龍(かなちてつりゅう)のお話。

小洒落た老人は目を疑った。先程まで沢山の人々が行き交う銀座の大通りを歩いてのだ。
周りを見渡せば見知らぬ土地、武家屋敷を彷彿させる建物、何よりこちらを見つめている肌黒い青年がいる。
突然の出来事に混乱する老人、そんな彼に気付いたのか青年が近寄ってきた。

「いらっしゃい、おじいさんはお客さん?」
「きゃ、客?」
「あれ?違ったかな…」

首を傾げて考え込む青年、彼の姿をよく見た老人はことさら驚いた。
黒い肌、とても長い緑がかった黒い髪、そして何より目を引くのは人間と異なる目だった。
月を思い起こすような瞳孔、そして白目の部分がないのだ。いわゆる反転目と言われる目で、それは人外にしか持ち得ない特殊な目。
あまりに特徴的な姿を見て、老人は恐る恐る青年に声をかける。

「…もしかして、鍛師鐵龍の斎(いつき)様ですかな…?」

神龍族では外席(がいせき)と呼ばれる地位に座し、鍛冶神と名高い年若い男神。
神名を呼ばれた青年はパッと顔を明るくさせ、ニコニコと笑顔で応対してくれた。

「よくご存知ですね、俺あまりメディアに出ない事で有名なのに」
「自分が若い時、一度斎様の刀展に赴かせていただきました。その時ちらりとお姿を拝見し…」
「ああ、その時ですか。来てもらえて嬉しいなぁ」

ニコニコ笑う姿はどこにでもいるような好青年で、老人は心のどこかでほっとした。
世間一般的な神々はどこか人を見下し、敬うように強いてくる。
しかし斎はそれを一切出さずこちらを尊重してくれるような態度を取ってくれたから、尚更安心感が強かったのであろう。
いきなり見知らぬ所に飛ばされた身の上だ。
安心できる要素が一つでもあれば、人間ほっとするものだ。

「斎様、失礼ですがここは…」
「ああ、ここは俺の鍛冶場ですよ。鍛師神社って言えばわかりやすいかな」
「おお、ではここが鍛冶師にとっての聖地と呼ばれる…」
「聖地かどうかはわからないけど、ここは俺の仕事場です」

どこか照れくさそうに話してくれる斎は、ただただ親切な青年にしか見えない。
老人はより安心感を得たのか、ほっと胸を撫で下ろす。
その仕草に気付き、斎はきょとんと老人を見やった。

「どうしたんすか?」
「いえ…恥ずかしながらここがどこだかわからなかったもので…自分、つい先程まで銀座を歩いていたはずなのですが…何故ここに来てしまったのかわからないのです」
「…ああ…なるほど」

老人の言葉を聞き、どこか納得した感を出す斎。

「よくあることですよ、意外と俺の所に迷い込んじゃった人っているから」
「そうなのですか?」
「ええ、だから気にしないで。後で帰り道教えますから」
「助かります、斎様」
「来たついでに刀見ていきません?俺の自信作見ることなんて滅多にないだろうし」

突然の提案に驚く老人。
ニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべている斎は、どうぞどうぞと案内をし始めた。
彼にとってはよくあることなのだろう、閉ざされていた大門が独りでに開き彼は中へと入っていく。
トントン拍子に進んでいく現状にキョトンとする老人であったが、我に返ると慌てて斎の後を追うのであった。

そこからは老人にとってとても楽しい時間であった。
若き鍛冶神によって生み出された繊細で危うい美しさを纏ったたくさんの刀達。
刀を拝見しながら作り主である斎からの丁寧な説明に感嘆して。
斎に仕えている送り狼と呼ばれる妖怪の籠目(かごめ)という使令をモフり、暖かな縁側で美味しいお茶を飲みながら斎との他愛のない会話をし。
あっという間に時間は過ぎ、気付いた時には周りは暗くなっていた。

「ああ…こんな遅くまでお邪魔してしまい申し訳ありません」

なんて非常識な事を…と詫びる老人に対し、斎は気にしないでと人懐っこい笑みを浮かべた。
こんな好青年が自分の孫であったらどんなに幸せだろうかと、そんな考えがふとよぎる程に楽しい時間であった。

「帰り道は俺の筆頭使令の都留(つる)が案内してくれますから。安心して帰ってくださいね」
「本当に何から何まで…ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ俺の話に付き合ってくれてありがとうございます。でも今度は迷子にならないでくださいね」
「はい、気をつけますね」

最後の挨拶をした時、斎の影がゆらりと動き何かの形を作り上げていった。
それに驚き目を瞠ると足元には色鮮やかな尾羽根を持った鶏がいた。

「都留、この御仁の案内頼む」
「了解しやした、どうぞこちらに」

とととと…っと鶏は歩き出す。思いの外早いスピードであった為老人は慌てて追いかけ、一度立ち止まって斎に頭を下げた。
釣られるように斎が頭を下げると、老人は暗闇の中へと消えていった。

「最近多いなぁ…」
「なんで最近、魂の迷い人が多いのですか?主様」

斎がぼそりと独りごちると、またもや彼の影が揺らぎソレは狼の姿を象った。
斎に仕えている送り狼の籠目だ。

「暑いせいじゃないかな、熱中症でぶっ倒れて死んじまう人が増えてるからなんじゃね?」
「ああ…だから地獄側の鬼が回収しきれてないって事ですか」
「あの年齢だと熱中症になってる自覚ないだろうし、銀座だとぶっとい霊脈があるからそれで迷い込んで来たんだろうな」
「なるほどです!」

主の回答に納得した籠目はブンブンっと尻尾を振る。
その姿に苦笑いを零し斎は籠目の頭を撫でるのであった。

鍛師神社は地獄と現世の狭間に存在している。鍛師鐵龍はその境界線を守る守護龍の役目を果たしているのだが、現世の人間達にはあまり知られていない。
そもそもココには彼の身内と人外の存在、神社総合庁の人間位しか来れないのだ。
後は霊脈に流れ着いてきた迷子の幽霊だけ。
斎は慣れた感じで彼らを地獄に案内する。
優しくするのは、この後待っている地獄の裁判前の慰め。

「お前、そういう所偽善って言われない?」
「縁おじさんには言われたくないなぁ」

縁側でずずっとお茶を啜る伯父に、斎は呆れたように切り返す。
なんも連絡もなしにやってきた雷公黒龍の縁は、斎にとっては母方の伯父だ。
定期的に存在確認しに来ているのだろうが、斎にとっても話しやすい相手でもあって比較的歓迎している方だ。

「お人好しなところはなっちゃん似だよなぁ、見た目は黒さんそっくりなのに」
「好きで父さんの見た目してるわけ無いじゃん」
「ぷぷっ下手すりゃじいちゃんそっくりだし」
「その話はキリが無くなるからやめてって何度も言ってるでしょ」

斎が呆れてため息を吐けば、縁はゲラゲラと笑い出す。

「そういう切り返しもなっちゃんそっくり!」
「母さんにそっくりなのは大歓迎!!」
「うわ、マザコン…」
「シスコンのおじさんには言われたくないね!!」

ギャーギャー騒ぐ男神二柱を、籠目は呆れながら見守るのであった。


『本日東亰の最高気温は35度を予想されており……熱中症に寄る死者も増えております。老人や小さい子の熱中症にお気をつけ下さいませ』


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