レモンの花咲く丘

すいかちゃん

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私の幼馴染みはとにかく可愛い

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早朝の満員電車というのは、何度乗っても慣れる事はない。隣の人と全く触れずに立っている事など、おそらく不可能に違いない。
高校2年生の早川明里は、隣に立っている幼馴染みの碓井朋也の表情に首を傾げた。頬を真っ赤に染めて俯いているし、鞄を握る手がブルブルと震えているのだ。
「朋也。どうしたの?気分悪い?」
小声で尋ねると、朋也が大きな瞳をウルウルさせて明里を見上げてきた。
「あのね、お尻、触られてるみたいなんだ」
「ええっ」
明里が朋也のお尻を見ると、あきらかに下心を持った触り方をされている。その手の持ち主は、40代ぐらいの脂ぎったおっさんだ。明里の眉間に深いシワが刻まれる。
(私だってまだ触ったことがないのにっ、なんでこんなおっさんがっ!)
明里は怒りに任せて手を伸ばすと、朋也のお尻を撫で回している手を思いっきり掴んだ。
「いててててててててっ」
グイッと捻りあげれば、中年の男性が悲鳴を上げる。周囲の視線が一斉に集まった。
「この変態っ。汚い手で、私の智也に触るなっ」
次の駅で男を叩きだし、明里は泣きそうな朋也にニッコリと微笑みかけた。
「もう大丈夫だよ。朋也」
「ありがとうっ、明里ちゃん」
朋也が明里を見て、フワッと笑う。それはそれは愛らしい笑顔で。
(ヤバイッ。可愛すぎるっ)
明里は、思わず抱き締めそうになった両手をギュッと握った。
高校2年生だというのに150センチもない朋也は、兄のお下がりであるらしいダブダブの制服を着ている。その姿は、超絶的に可愛い。
(もうっ。なんでこんなに可愛いのよっ。男の子なのに、この可愛さは反則だよっ。あー、スマホで撮りたいっ)
物心ついた頃から、明里は朋也といつも一緒だった。泣き虫で弱虫、周囲とはちょっとズレている朋也の事を明里はほっとけなかった。イジメっ子を蹴散らし、朋也を常にガードしている。
(朋也は私が守らなくちゃ)
そう。明里が本当に警戒しなくてはいけないのは、さっきの痴漢男だけではない。学校に近づくにつれて、明里の拳には力がこもった。
「とーもや、おっはよ」
玄関で靴を履き替えている明里の耳に、朋也を呼ぶ声が聞こえてくる。もし明里が猫だったなら、全身の毛が逆立っていることだろう。
「おはようございます。村瀬先輩」
明里が面白くないのは、朋也のこの態度だ。朋也はとにかくフレンドリーな性格をしている。そのため、誰かれ構わず笑顔を振り撒くのだ。
「今日も2人で登校か?」
ニヤニヤ笑いながら、三年生の村瀬が近づいてくる。バスケ部の主将で、女子からの人気はとにかく高い。
(村瀬先輩。また朋也にベタベタ触ってるっ。あ、腰に手まで回してっ)
親しげな朋也と村瀬の姿に、明里のイライラが募っていく。2人の新密度は、一歩間違えれば恋人同士にさえ見える。一部の女子達は、2人の関係がまるでBL漫画みたいだと騒いでいるくらいだ。
「いい加減にしてくださいっ。村瀬先輩」
明里の声に、村瀬が器用に片方だけの眉を上げる。
「王子様の登場だな」
村瀬はケラケラ笑うと、スッと離れていった。その後ろ姿に、明里は思いっきりあかんべーをする。毎日のお決まりのこのやり取りに、周囲からはクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「ねぇ、明里ちゃん。村瀬先輩からテストの裏技聞いちゃった」
明里の気持ちも知らないで、朋也が呑気な声を出す。それからも村瀬のことを誉め続ける朋也に、明里の中でなにかがプツッと音を立てた。
「そんなに、村瀬先輩といるのが楽しい?」
「明里ちゃん?」
「答えてっ。私と村瀬先輩のどっちが大事?」
華奢な朋也の肩を押さえつけて明里が聞けば、怯えたような眼差しが返ってきた。明里はハッとして手を離す。気まずい沈黙が流れた。
「ご、ごめん」
「明里ちゃん。なんか、変だよ?いつもの明里ちゃんじゃないみたい」
「私は朋也が…」
『好きなのに』と言いかけて、明里はパッと口を噤んだ。大粒の涙が1つ、明里の頬を伝う。
「明里ちゃんっ」
明里は、朋也に泣き顔を見られまいとその場から走り去った。ずっとずっと朋也にとって頼れる存在になりたかった。ずっとずっと、自分だけの朋也でいてほしかった。
「最低っ」
帰宅した明里は、自分の発言を今更ながらに後悔した。単に朋也と村瀬が仲良く話していただけなのに、勝手に焼きもちを妬いて、勝手に怒って。きっと、朋也に嫌われた。明里は枕に顔を埋めて泣いた。自分の手で、大切な宝物を壊してしまったような、そんな気持ちだった。
朋也と会話をしなくなって、1週間がたった。そろそろ仲直りしたい。明里はそう思いながらも素直になれなかった。と、机の中に1枚のメモを見つける。

『朋也が心配なら、今すぐ屋上に来い。村瀬』

明里は、朋也の側を離れた自分を責めた。全速力で走って屋上へ行くと、そこには村瀬だけがいた。
「朋也はどこっ」
ゼーゼーと息を荒くして明里が言うと、村瀬は楽しそうに笑いだした。
「嘘だよっ。う・そ。朋也なら俺の用事で図書館に行ってる」
「はぁ?」
明里が呆れたように言えば、村瀬が明里の両肩をいきなり掴む。そして、そのまま驚く明里を壁に押し付けた。
「何すんのよっ」
「なぁ。お前、いつまでアイツのお守りしてんの?」
村瀬は、これまで見たことがないような冷たい目をしていた。明里の背中がゾワッとする。
「早川ってさ。気は強いけど、顔はまぁまぁ可愛いよな」
村瀬は明里の髪を指先で遊びながら、グッと顔を近づけてくる。
「離してっ」
なんとか村瀬の手から離れようとするものの、その力は強くてびくともしない。指で唇をなぞられ、ビクッと震える。
「俺が本気で朋也に気があると思った?」
村瀬が、明里の顎を指でクイッと持ち上げる。
「俺と付き合ってよ」
「お断りっ」
明里は、村瀬の足を思いっきり踏みつけて逃げようとした。が、村瀬に腕を掴まれてそのまま引き倒される。
「いたっ」
「人が下手に出てりゃ、いい気になりやがってっ」
「いやっ。朋也っ、助けてっ」
「あんな奴、呼んでどーすんだよっ。あんな弱っちぃ奴っ」
「朋也ぁぁぁっ」
村瀬が明里にキスしようとした瞬間。バタンッという音と共に朋也が飛び込んできた。
「明里ちゃんに触るなぁっ」
信じられないぐらい高く飛び上がった朋也が、思いっきり村瀬を蹴りあげる。村瀬が悲鳴を上げながら転がっていった。
「大丈夫?明里ちゃん」
「朋也っ」
明里は、立ち上がると朋也に思いっきり抱きついた。放心状態の村瀬を振り返り、明里が小さく舌を出す。
「先輩。知らなかったの?朋也は、これでも空手で黒帯なのよ」
普段の朋也が弱く感じるのは、その優しい性格ゆえだ。人を傷つけたくないという気持ちが強いため、普段の朋也はオドオドして見えるのだ。
「2度と、その顔を見せないでくださいね」
明里は、村瀬に捨て台詞を吐くと朋也と共に屋上を後にした。
「ごめん。明里ちゃん」
大丈夫だというのに、朋也は明里をおんぶして帰った。小さくて暖かな背中に、明里は頬を埋める。
「僕、明里ちゃんが一番大好きだよ。僕にとっては、特別な女の子なんだ」
「朋也」
明里は、耳まで真っ赤になる朋也に笑みを浮かべた。
「私も、朋也が大好き」
ギュッとしがみつけば、朋也が更に赤くなる。
「でも、村瀬先輩。大丈夫かな。思いっきり蹴っちゃった」
急にオロオロする朋也に、明里が呆れたような顔をする。
「全く朋也は人がいいんだから」
でも、そんなところが好きなんだけど。と、明里は心の中だけで続けた。
「朋也。ずっと、ずっと一緒にいようね」
「うんっ」
朋也の嬉しそうな声に、明里は微笑んだ。さっきの朋也の男らしい顔に、今更ながらドキドキする。きっと、自分しか知らない朋也の顔。
数年後。
2人は純白の衣装に身を包み、誓いのキスを交わした。








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