日常にちょっとした彩りを添えて

すいかちゃん

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嫌いだった部長を、ほんの少しだけ好きになった瞬間

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「お前は一体何やってんだっ」
予想していた通りの怒鳴り声に、谷川直也は反射的に頭を下げた。
「申し訳ありませんっ」
直也の言葉を聞き、部長の田所は苦虫を噛み潰したような顔をした。まだまだ文句を言いたそうだが、そこをグッと堪えている。そんな感じだ。周囲の社員達は、そんな直也を遠巻きに眺めてはヒソヒソと話している。
「よりによってライバル会社同士のダブルブッキングなんてなぁ」
「相変わらずヘマばっかしてんな」
聞こえてくる陰口に、直也は何も言い返せなかった。最近疲れが溜まっていたとか、社名が似ていたとかという言い訳は通じない。言い訳は、すればするほど自分を惨めな気分にさせる。
「もういい。仕事に戻れ」
「…失礼します」
直也は昔から田所が嫌いだった。挨拶をしてもろくに返してはこないし、何かにつけて「高学歴のクセに」と言ってくる。言葉もガサツだし、飲み会には殆ど参加しない。ハッキリ言って、苦手だった。
(とはいえ、ミスはミスだ)
新人社員なら笑って済まされる失敗も、入社5年目といえばそうはいかない。直也はすぐに相手先に連絡をして、謝罪へ向かうことにした。が、そこで予期せぬことを聞いた。
「え?うちの田所がですか?」
「はい。わざわざ連絡いただいて。こちらもさほど気にはしていませんので、お気になさらず」
「あ、いえ。この度は本当に申し訳ありませんでした!」
一通り謝罪を終えてから、直也はどういうことかと首を傾げた。もう一方の会社に出向いた時もやはり同じように田所が来ていた。
(…なんで部長が?)
だが、別に直也は礼を言う必要はないと思った。田所が勝手にしたことだ。自分には関係ない。
(でも…)
やはりここは、礼ぐらいは述べるべきだと考えを変えた。
会社に戻ると、田所は休憩室にいるとのこと。急いで向かえば、1人でなにやら踊っている田所がいた。踊っているという光景に唖然としつつ、耳を澄ませば…。
(これって、今流行りの…)
確か、シュガーミルクティーとかいう2人組のアイドルのデビュー曲だ。サビのダンスがかわいいと、SNSでかなりバズってた。田所はそのサビを何度も繰り返し踊っていた。中年のおっさんがアイドルポーズをしているのは、正直見るに耐えない。
(ダサ。今頃、若手のご機嫌取りかよ)
昨今、若手社員との付き合い方が難しいという話しはよく聞く。田所もおそらくそうなのだろう。直也は冷ややかな視線を向けながら、こっそり練習を見続けていた。いいタイミングで入れば、日頃の意趣返しができると思ったのだ。が、田所は何度ミスしてもやめない。
(あー、そこはもっとテンポよく。あーっ、イライラするっ)
あともう少しで完成しそうなダンスに、直也はいつしか目が離せなくなっていた。あまりにも夢中になっていたせいで、直也は足元の段差に気付かなかった。
「わっ」
「え?」
バランスを崩し声を上げた直也に、田所が振り向く。気まずい時間が流れた。
「あの、部長。先ほどはありがとうございました。先方に連絡してくださって…」
長い沈黙に耐えられず、直也が口を開く。田所はぎこちなく視線を動かした。
「悪かったな。その、感情的になって…」
意外な言葉に直也が驚いていれば、田所がクシャッとした笑顔を見せた。その笑顔はどこか少年のようにも見えて、直也は一気に親近感を感じた。
「私達の時代はさ、怒られて成長するっていう教えだったんだ。だから、つい見込みがある社員には厳しくしちまう」
それは、直也が初めて見る田所の表情だった。いつもの怒鳴り散らす表情とは違う。どこか疲れたような感じだった。
「…今度さ。娘の運動会で父兄がダンスすることになってな。いやぁ、難しい」
「確か、8歳になるんですよね?」
「遅くできた子だからかな、可愛くて仕方ない」
じっくり話をしてみると、田所の印象はこれまでとかなり変わった。
厳しいが、それだけではなかった。
(近づかなかったのは、俺の方かもしれない…)
勝手に苦手意識を持って、勝手に嫌っていただけかもしれない。
この日。
直也は田所をほんの少しだけ好きになった。



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