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第三章

第五十四話「歯噛み」

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 結月は右肩の痛みに耐えながら、大きく呼吸を乱す。
 朔は横目で結月の様子を見やり、琥珀を呼んだ。

「琥珀」

 琥珀はすぐに朔の隣に素早く現れ、主人の指令を待つ。

「こいつを凛のところへ運べ」

「朔さま、私は大丈夫です」

「うるさい、言うことを聞け」

「……はい」

 結月は朔の凄みに耐え切れず、頷くしかなかった。

 琥珀は結月の腹の部分に顔を近づけて、何度も自分に乗るように促す。

「うん、ありがとう。宮廷までお願いできる?」

「く~ん」

 琥珀はわかった、と返事をするように鳴き声を一つあげると、結月が乗りやすいように伏せた。
 結月が琥珀に身体を預けると、琥珀は結月の傷を労わるようにゆっくりと立ち上がる。
 主人に近づき顔を一回寄せて挨拶したあと、結月を乗せた琥珀は、そのまま宮廷に向かった──


 朔は一息つくと、瀬那のもとへと向かう。

「傷の様子は」

 朔は俯いて座り込む瀬那に声をかけた。
 一方、瀬那は朔から目を逸らし、地面に目を向けたまま返答をした。

「はい、問題ございません……」

 瀬那は歯噛みしたあと、ばっと顔をあげて朔のほうを見た。

「申し訳ございません!結月ちゃんを守れず、そして朔さまにお助けいただき、何も……何もできず……自分は……!」

 地面の土を強くかき寄せ、爪に食い込むほど握り締める。
 朔はそれを一瞬見やると、ゆっくりと口を開いた。

「あいつは守られるようなやつじゃない。それに、俺が来るまであいつとお前が戦った。死んでない。それでいい」

 瀬那は目を見開き、唇を嚙みながら朔を見る。
 朔の言葉から、結月への気遣い、思い、そして何より、自分への労いがかけられているのを感じて、瀬那は胸が苦しくなった。

「……はい。ありがとうございます」

 それしか言えなかった。
 自分の力不足と、そして主人の優しさを同時に感じる。
 瀬那はやるせなさと悔しさ、不甲斐なさを感じて、自分自身を殴りたい気持ちになった──


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