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王宮内乱編
第1話 わたくしのいつもの日常
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「リーディア、僕と婚約してくれないか?」
「え?」
「14歳のリーディアの誕生日に言おうと思ってたんだ。どうかな?」
「エリクさまの婚約者になれるなんて夢のようですわ。喜んでお受けいたします」
私──リーディア・クルドナは王太子エリク・ル・スタリーさまに婚約のお申し出をいただき、この後日正式にエリクさまの婚約者となりました。
エリクさまのお母様である王妃様と私のお母様がそれはそれは仲が良く、頻繁にお茶会やディナーを一緒に開いたため、王族と侯爵家という身分差はありましたが、私とエリクさまは二人でいつも遊んで仲が良かったのです。
それゆえ、幼い頃から私はエリクさまのことをお慕いしており、今こうして婚約者となり傍にいられることがなによりわたくしは嬉しく思いました。
そんな婚約をした数日後、エリクさまからあるご提案をいただきました。
「クルドナ侯爵と侯爵夫人にも婚約のことを伝えに行こうと思うのだが、共に行くか?」
「わたくしもそのつもりでした。お父様にもお母様にもしばらくご挨拶できておりませんでしたから」
そう言ってエリクさまの後をついて王宮の裏庭のほうへと向かいました。
裏庭に着くと、ある一角にわたくしとエリクさまはそっと座り込んで持っていた真っ白いユリの花を置きました。
「お父様、お母様、わたくしエリク様と婚約することになりました。もしお二人が病に倒れることなく、この場にいたらどれほど喜んでくださったでしょうか」
伏し目がちに俯くわたくしにエリクさまはそっと支えるように肩を抱いてくれました。
「クルドナ侯爵、侯爵夫人。お久しぶりです。リーディアと婚約させていただくことになりました。必ず幸せにしますので、どうかご安心を」
「エリクさま……」
お父様とお母様の眠る場所をそっと撫でたわたくしは目を閉じて祈りを捧げます。
エリクさまも何かを誓うように真剣な面持ちで長く思いを伝えていらっしゃいました。
◇◆◇
そうしてわたくしの両親に誓いを立てた婚約から5年の月日が経ち、私も王太子妃教育を受けて少しずつですがエリクさまのお隣に立つ準備をしておりました。
エリクさまは漆黒の髪にグレーの瞳というそれは見目麗しい容姿をなさっているので、女性からの人気が高いのです。
さらにご公務も非常に優れた才覚を発揮されて全うされておりますゆえ、側近の方や宰相閣下からのご信頼も厚くひっきりなしに「殿下」「殿下」と呼ぶ声が王宮に響き渡ります。
そんなエリクさまですから、二人でのデートもままならず、わたくしは少し寂しい思いをしておりました。
(ご公務が忙しいのは仕方ないけれど、5日も会えないと寂しいものですね)
私はいつも通り王宮にて王太子妃教育を終えた後、立派な絵が飾られた廊下を歩いていました。
すると、向こうからシルバーの髪に碧眼の美しい第二王子ユリウス・リ・スタリー様がいらっしゃり、わたくしはカーテシーでご挨拶をします。
「今日も王太子妃教育ですか?」
「ええ、まだまだうまくできないことも多々ございます。精進しております」
「おや、ユリウスではないか。こらこら、兄の婚約者をかどわかしていたのか?」
後ろからエリクさまがやって来られ、そのお姿を見てわたくしは再びカーテシーでご挨拶をします。
「いえ、そのようなおつもりでは」
「そうか? まあいい。そういえば母上がお呼びだったぞ」
「……かしこまりました。すぐに行ってまいります」
ユリウスさまはエリクさまのそのお言葉を聞くと、さっと胸の前に手を当ててお辞儀して、私たちとすれ違って歩いて行かれました。
「リーディア。よかったら少し部屋で話をしないか?」
「そんな、お忙しいのによろしいのですか?」
「いいんだ、リーディアと久々に話がしたくてね。いいかい?」
懇願する幼子のような表情を浮かべられれば、わたくしが断ることなんてできましょうか。
お言葉に甘えてわたくしはエリクさまと共に部屋へと向かいました。
わたくしは両親を失くしたこともあり、王妃さまのご厚意で王宮に住まわせていただいております。
そのわたくしの部屋に到着すると、二人でソファに腰をかけてお話を始めました。
すると、隣に座ったエリクさまが両の手のひらに乗るほどの木箱をわたくしにお渡しになったのです。
「エリクさま、これは?」
「異国の渡来品でね、オルゴールというらしいんだ。このねじを巻くと音が鳴る」
そう言ってネジを巻くと、箱から何とも言えない高く綺麗な音が鳴り響きます。
わたくしはその音色をもっと聴きたくなって木箱に耳を近づけると、心地よいリズムを奏でてくれます。
「すてき……」
「これをリーディアに渡したくて」
「え? これをわたくしにですか?」
「ああ、受け取ってもらえるかい?」
エリクさまは、まばゆいほどの微笑みと共に音が鳴り終わった木箱をわたくしに差し出しました。
わたくしはそっとありがたく受け取ると、大事に胸元に近づけながらエリクさまにお礼を申し上げたのです。
二人で過ごす時間はあっという間でエリクさまはご公務に戻られました。
わたくしはとても名残惜しいですがそっと手を振ってお見送りをいたします。
「また、来るよ」
「お待ちしております」
そう言って扉を閉めたあと、今しがたいただいたオルゴールの音色をもう一度聴きたくて、わたくしはねじを回したのですが思いのほか力がいってうまく回せません。
「もう少し力がいるんでしょうか?」
そう呟きながらわたくしはネジを力いっぱい回してみたその時!
なんと手を滑らせてオルゴールがわたくしの手から落ちてしまいそうになったのです。
「あっ!!!」
わたくしは手を伸ばしたのですが、運悪くドレスの裾を踏んでしまいわたくしの視界はぐらりと揺れた後、そのまま目の前が真っ暗になりました。
一瞬の出来事でした。
自分が床の感触を直に感じたことで転んだのだと認識したと同時に、わたくしの中に何か電流が走ったような衝撃を受けました。
そして、わたくしは”私”を思い出したのです──
*********************
【次回予告】
婚約者との平和な日常が一気に崩れ去る。
わたくしは「私」を思い出した。
その記憶とは一体……?!
次回、『第2話 私の記憶』
「え?」
「14歳のリーディアの誕生日に言おうと思ってたんだ。どうかな?」
「エリクさまの婚約者になれるなんて夢のようですわ。喜んでお受けいたします」
私──リーディア・クルドナは王太子エリク・ル・スタリーさまに婚約のお申し出をいただき、この後日正式にエリクさまの婚約者となりました。
エリクさまのお母様である王妃様と私のお母様がそれはそれは仲が良く、頻繁にお茶会やディナーを一緒に開いたため、王族と侯爵家という身分差はありましたが、私とエリクさまは二人でいつも遊んで仲が良かったのです。
それゆえ、幼い頃から私はエリクさまのことをお慕いしており、今こうして婚約者となり傍にいられることがなによりわたくしは嬉しく思いました。
そんな婚約をした数日後、エリクさまからあるご提案をいただきました。
「クルドナ侯爵と侯爵夫人にも婚約のことを伝えに行こうと思うのだが、共に行くか?」
「わたくしもそのつもりでした。お父様にもお母様にもしばらくご挨拶できておりませんでしたから」
そう言ってエリクさまの後をついて王宮の裏庭のほうへと向かいました。
裏庭に着くと、ある一角にわたくしとエリクさまはそっと座り込んで持っていた真っ白いユリの花を置きました。
「お父様、お母様、わたくしエリク様と婚約することになりました。もしお二人が病に倒れることなく、この場にいたらどれほど喜んでくださったでしょうか」
伏し目がちに俯くわたくしにエリクさまはそっと支えるように肩を抱いてくれました。
「クルドナ侯爵、侯爵夫人。お久しぶりです。リーディアと婚約させていただくことになりました。必ず幸せにしますので、どうかご安心を」
「エリクさま……」
お父様とお母様の眠る場所をそっと撫でたわたくしは目を閉じて祈りを捧げます。
エリクさまも何かを誓うように真剣な面持ちで長く思いを伝えていらっしゃいました。
◇◆◇
そうしてわたくしの両親に誓いを立てた婚約から5年の月日が経ち、私も王太子妃教育を受けて少しずつですがエリクさまのお隣に立つ準備をしておりました。
エリクさまは漆黒の髪にグレーの瞳というそれは見目麗しい容姿をなさっているので、女性からの人気が高いのです。
さらにご公務も非常に優れた才覚を発揮されて全うされておりますゆえ、側近の方や宰相閣下からのご信頼も厚くひっきりなしに「殿下」「殿下」と呼ぶ声が王宮に響き渡ります。
そんなエリクさまですから、二人でのデートもままならず、わたくしは少し寂しい思いをしておりました。
(ご公務が忙しいのは仕方ないけれど、5日も会えないと寂しいものですね)
私はいつも通り王宮にて王太子妃教育を終えた後、立派な絵が飾られた廊下を歩いていました。
すると、向こうからシルバーの髪に碧眼の美しい第二王子ユリウス・リ・スタリー様がいらっしゃり、わたくしはカーテシーでご挨拶をします。
「今日も王太子妃教育ですか?」
「ええ、まだまだうまくできないことも多々ございます。精進しております」
「おや、ユリウスではないか。こらこら、兄の婚約者をかどわかしていたのか?」
後ろからエリクさまがやって来られ、そのお姿を見てわたくしは再びカーテシーでご挨拶をします。
「いえ、そのようなおつもりでは」
「そうか? まあいい。そういえば母上がお呼びだったぞ」
「……かしこまりました。すぐに行ってまいります」
ユリウスさまはエリクさまのそのお言葉を聞くと、さっと胸の前に手を当ててお辞儀して、私たちとすれ違って歩いて行かれました。
「リーディア。よかったら少し部屋で話をしないか?」
「そんな、お忙しいのによろしいのですか?」
「いいんだ、リーディアと久々に話がしたくてね。いいかい?」
懇願する幼子のような表情を浮かべられれば、わたくしが断ることなんてできましょうか。
お言葉に甘えてわたくしはエリクさまと共に部屋へと向かいました。
わたくしは両親を失くしたこともあり、王妃さまのご厚意で王宮に住まわせていただいております。
そのわたくしの部屋に到着すると、二人でソファに腰をかけてお話を始めました。
すると、隣に座ったエリクさまが両の手のひらに乗るほどの木箱をわたくしにお渡しになったのです。
「エリクさま、これは?」
「異国の渡来品でね、オルゴールというらしいんだ。このねじを巻くと音が鳴る」
そう言ってネジを巻くと、箱から何とも言えない高く綺麗な音が鳴り響きます。
わたくしはその音色をもっと聴きたくなって木箱に耳を近づけると、心地よいリズムを奏でてくれます。
「すてき……」
「これをリーディアに渡したくて」
「え? これをわたくしにですか?」
「ああ、受け取ってもらえるかい?」
エリクさまは、まばゆいほどの微笑みと共に音が鳴り終わった木箱をわたくしに差し出しました。
わたくしはそっとありがたく受け取ると、大事に胸元に近づけながらエリクさまにお礼を申し上げたのです。
二人で過ごす時間はあっという間でエリクさまはご公務に戻られました。
わたくしはとても名残惜しいですがそっと手を振ってお見送りをいたします。
「また、来るよ」
「お待ちしております」
そう言って扉を閉めたあと、今しがたいただいたオルゴールの音色をもう一度聴きたくて、わたくしはねじを回したのですが思いのほか力がいってうまく回せません。
「もう少し力がいるんでしょうか?」
そう呟きながらわたくしはネジを力いっぱい回してみたその時!
なんと手を滑らせてオルゴールがわたくしの手から落ちてしまいそうになったのです。
「あっ!!!」
わたくしは手を伸ばしたのですが、運悪くドレスの裾を踏んでしまいわたくしの視界はぐらりと揺れた後、そのまま目の前が真っ暗になりました。
一瞬の出来事でした。
自分が床の感触を直に感じたことで転んだのだと認識したと同時に、わたくしの中に何か電流が走ったような衝撃を受けました。
そして、わたくしは”私”を思い出したのです──
*********************
【次回予告】
婚約者との平和な日常が一気に崩れ去る。
わたくしは「私」を思い出した。
その記憶とは一体……?!
次回、『第2話 私の記憶』
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