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第16話 甘いアフタヌーンティーはお好みですか?

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 朝の眩しい日差しではなく少し落ち着いた昼下がりの光でエリーヌは目が覚めた。

「ん……」

 ゆっくりと身体を起こして目をひとこすり。
 ぼうっとする頭をなんとか動かそうと、じーっと真っ白のシーツを見つめて思考を開始しようとするがうまくいかない。
 涼やかな風がカーテン越しに入ってきて彼女の頬を撫でていく。
 風のしたほうへと顔を向けるとなんとなく朝ではないことは理解できた。

(あれ、今何時だろう?)

 そう思った瞬間に突然誰かに掴まれた左手にびくりとする。

「──っ!」

 大きく身体をビクリと揺らして掴まれている左手のほうを見ると、心配そうにこちらを覗き込む彼の姿があった。

「ア……ンリさ、ま……」
「よかった、どこも痛くないかい?」

 そう言われて突然フラッシュバックしたようにあの光景が思い浮かんだ。

(そう……ゼシフィード様に……それで、アンリ様が……)

 その時は気が動転していてうまく処理できなかった情報が一気に自らの脳内に刻み込まれていく。
 彼に復縁を迫られたことも、歌声を戻すと言われたことも、そしてそんな彼をここにいるアンリが殴って自分を助けてくれたことも鮮明にエリーヌは思い出していった。
 その最中に壁に大きな穴をあけるほどの力でゼシフィードに怒りをぶつけた彼が、右手を怪我したことにハッとする。

「私は大丈夫です、それよりアンリ様の御手が……」
「俺はなにもないよ。ハンカチを巻いてくれたから」
「そんな、応急処置でしかありません。ロザリアに言って……」
「残念。ディルヴァールにもう処置されたとこ」

 包帯で綺麗に巻かれた手を掲げてはにかむ。
 ひとまずは大事に至っていない様子を見てエリーヌも胸をなでおろすと、そのまま頭を下げる。

「申し訳ございません。彼の策にまんまとハマってしまったようで、情けないです。アンリ様にもご迷惑をおかけすることになってしまいました。この処罰はなんなりと」

 彼に自らの処分を委ねるエリーヌは、アンリに向かって謝罪を続ける。
 シーツを握り締めながら、その手は震えており、唇を噛んで責めていた。
 そんな彼女の頬にひんやりとした手が添えられると、そのままゆっくりと顔をあげられていく。

 青い瞳と紫の瞳の視線が合わさって、エリーヌは一瞬時が止まったような気がした。
 端正で整った顔立ちの彼にじっと見つめられて、思わず吸い込まれそうになる。

「エリーヌ、俺は怒ってる」
「……え?」
「君が俺を頼ってくれなかったこと。怒ってる」

 先程までの整った表情は少しむすっと不満そうに歪められ、そうして口をとがらせて目を逸らしている。
 エリーヌは子供みたいな反応をする彼に戸惑っていると、今度はアンリが彼女にぐいっと顔を近づけてきた。

「──っ!」
「いい? 今から怒るからね?」

 そう宣言した彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、すうっと息を吸ってエリーヌに捲し立てる。

「あのね! 俺のいない間に王宮夜会に一人でいくなんてどうしてそんなことしたの!? 招待状はゼシフィードから来たらしいっていうじゃない? 俺には来てないよ!? 明らかに策略だよね、元婚約者のやる範疇超えてるよ! 絶対危ないことになるのわかってたでしょ!?」

 あまりの饒舌さにエリーヌもぽかんとしてしまっている。
 だが、彼の口撃はおさまらない──

「ゼシフィードが君を呼ぶなんて、しかも一人で来いなんてなにか企んでる! どうして俺を待たなかったの!? 俺が来なかったらどうするつもりだったの!??? その、つまり、何がいいたいかというと……」

 アンリは少しの間黙った後、今度は俯いて小声でいった。

「……嫉妬した」
「え?」

(それって、アンリ様は私のことが好きって……いやいやいや! そんな! 政略結婚の相手を、しかも何のとりえもない私を好きって、そんなことあるわけ……)

 顔をあげてエリーヌは自分の考えが間違っていることに気づいた。
 さっきの勢いはどうしたのか、というほどのしゅんとした縮こまりようでエリーヌに背中を向けた彼。
 だけどエリーヌには見えてしまっていた。

(耳が真っ赤……)

 顔は見えないが顔を背けている様子、そして耳を赤くさせて照れている様子を見て彼女は手を伸ばした。
 伸ばした手は彼の白いシャツの裾をちょこんとつまんでいる。

「あのっ! 私も好きですっ! その……たぶん」
「たぶんっ!?」

 予想外の言葉に振り返った彼の顔はやはり真っ赤で、さっと彼もエリーヌに見られないように袖で隠す。

「見ないで……」
「どうしてです?」
「男が顔を赤くするとか、照れてるとか、恥ずかしい」

 アンリはその場から立ち去ろうとドアに向かって急ぎ足で向かった……が、その足は止められた。

「私も、好きになってもいいですか?」

 愛しい妻に控えめに後ろから腰に手を回されて、彼はその歩みを止めた。
 胸の鼓動はもはや止まってしまいそうなほどに揺さぶられる。

「アフタヌーンティー……飲む?」

 必死に紡がれた夫の言葉に、エリーヌは柔らかな声で返事をした。

「はい、ぜひ」
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