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第55話 親として

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 「ふふっ、可愛い」
「……!?」

 その言葉にハッと目を覚ます。
 今の声は、美月ちゃん……?

「すー、すー」
「あれ」

 だけど、美月ちゃんは隣で寝息を立てている。
 向こうを向いているから顔は見えないけど。

「……」

 そ、空耳か。
 そうだよな、あははー。

 何か顔の近くに気配があった気もするけど、それも気のせいだろう。
 気にしないでおこう。

「お」

 ふと外の方を覗くと、青黒い空。
 深夜に青色が混じってきた早朝らしい。
 起きるには良い時間帯か。

「起きたんですか、やすひろさん」
「あ、うん。おはよう」
「おはようございます」
 
 起き上がって外を見ていると、美月ちゃんが隣から声を掛けてきた。

 今起きたのかな。
 それにしては、やけに目がパッチリしている気がするけど。

「朝の支度しましょっか」
「そうだね」

 昨晩は結局、何事もなくすぐに寝ることに。
 いや、もちろん何事を起こす気もないんだけど。

 勢いのまま「朝チュン」なんてことはなく、お互い疲れていたから少し話して寝た。
 今日も探索を進めなければならないからな。

「バレていなかったかな……」
「ん?」

 テントの裏で顔を洗う美月ちゃんが、呟く声が聞こえた。
 正確には聞き取れなかったけど。

「何か言った?」
「い、いえいえ! なんでもないです!」
「あ、そう?」
「はい! 今日も張り切っていきましょー!」

 右手を「おー」と上げる美月ちゃん。
 あんまり触れない方が良いのかもしれない。

「ワフ」
「どうした、フクマロ」

 唐突に、俺の肩にポンと手を乗せるフクマロ。

「ワフワフ」
「だからなんなんだ」

 「うまくやりなされ」とでも言いたげな顔だ。
 温泉の時といい、最近おじいちゃんみたいにも思えてきた。

「ムニャ」
「おいおい、モンブランまで」

 こいつら、何か知っているのか?
 二匹ほどの気配察知能力なら、テント内の様子なんて手に取るように分かるだろうしな。

「ワフ」
「ムニャ」

 そうして、二匹は「うんうん」と頷きながら離れて行った。
 お前ら、本当になんなんだ。



「そろそろ行こっか!」
「はい!」

 朝の支度をし、荷物をまとめている内に、辺りはすっかり明るくなった。
 目指すはフェンリルの里だ。

 準備も終え、聞こえてくるのはえりとの声。

『うし。お前もまた桜井さんと一歩進んだところで、二日目行きますかー』
「おいこら」

 こいつは相変わらずだ。
 美月ちゃんが聞いていなくてよかった。
 
『なんだよ。どうせ昨日はテントで二人──』
「ストップ、ストーップ!」

 暴走しかけるえりとをなんとか止めた。

「どうしたんですか、やすひろさん」
「な、なんでもないよ!」

 美月ちゃんが通信のイヤホンを付けようとしていたからだ。
 
『冗談言ってねえで、さっさと行くぞ』
「お前だよ」
「ふふっ。お二人は相変わらずですね」

 美月ちゃんも準備ができたみたいだ。

「で、どこに進めばいいんだ?」
『今データを送る。昨日の内にルートや対策を全てシミュレートしておいた』
「おお、まじか!」

 なんやかんや言いつつも仕事はしっかりこなす。
 これだから頼れるんだよなあ。
 人格に難ありの部分は置いといて。

『見てみろ』

 えりとから来たデータに目を通す。
 俺にでも分かる親切なデータだ。

「あと半日で着く予定なんだ」
『ああ、お前らの探索ペースは異常だからな。なんなら、フェンリルの足跡が見つかった最深部ってのもすぐそこだ』
「へー」

 フクマロ達、つよつよペットで麻痺しているけど、相当な進み具合だったらしい。

『じゃ、今日も配信すんのか? するならまたこっちで始めるが』
「……いや」

 だけど、えりとのその言葉には頷かなかった。

「ちょっと考えてたんだけど、ここからは配信しなくて良いかなって」
『理由があんのか?』
「……まあ、うん」

 昨夜、ふと考えていたことを言ってみる。

「昨日の時点で探索も進んだし、撮れ高は十分なんじゃないか?」
『ま、十分すぎるほどだな。お前のおかげで『地獄谷』のデータもかなり潤ったぞ。研究、切り抜き、探索者、どの界隈もお前の話題で持ちきりだ」
 
 昨日は俺たちがついに『地獄谷』に挑むということで、配信は相当に盛り上がっていた。
 そしてそれは、SNSでも同じのよう。
 
「だからここからは、“配信者のやすひろ”としてじゃなくて……」
「ワフ?」

 俺はフクマロをそっと撫でる。
 今は覚醒していない、小犬のフクマロだ。

「“フクマロの親”として里を目指したい。そんな時に、カメラを構えて行くのは失礼だろ?」
「やすひろさん……」
『なるほど、そりゃそうだ』

 二人はしっかり話を聞いてくれる。

「そんな感じ! 配信者としては失格なのかもしれないけど……」
「いえ!」

 若干尻すぼみ気味に話したけど、美月ちゃんが声を上げた。

「やすひろさんらしい素敵な考えだと思います! ぜひそうしましょう!」
『別にいいんじゃねえか』
「二人とも……! ありがとう!」

 二人とも納得してくれたみたいだ。
 
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
「はい! 行きましょー!」

 そうして、二人で夜を過ごすも何事もなく(?)、フェンリルの里へ再び歩き出した。
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