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第壱章 【万年雪と紅の雫編】
新暦25年 夏 【1-1】 (side:ケルト)
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──全世界を巻き込んだ大戦が終わり、25回目の終戦記念日。
私は列車に揺られながら、ザイングラート帝国領ヴォルターヤ地区に存在する、ある田舎町を目指していた。
列車の肌触りのいい座席に深く腰かけ、スキットル内の温かいコーヒーを口に含んで、ごくんと喉を鳴らす。
退屈だ。こんな事なら娯楽道具くらい個室に持ち込めば良かったと後悔すら感じる。
ここ数日、代わり映えのない列車内の風景。列車の車窓を覗いても、外に広がるのは一面の雪原。唯一、代わり映えのあるものを挙げれば、後方へと消えていくはるか遠くの山々くらいだろう。それも外が吹雪いていれば見えないわけだが。
一応は、変化を作ろうと思えば作れないことはない。その方法は列車内に備え付けられた無人販売機を利用することなのだが、そもそも販売されているのは果物の缶詰か、質素なレーションだ。それらは数日もすれば制覇してしまうほどに品数が少ない。
こんな事なら、お金を出してもう少し等級の高い車両に乗れば良かったと後悔の念がさらに膨らむ。まぁ薄給の下位軍人である私には最低等級でも、それなりに荷が重いのだが。
今は目を瞑って、考えるのをやめよう。それが今置かれている状況をやり過ごす最良の方法だろう。
「次は終点。ザバキエルです。外は大変、寒くなっております。防寒着の着用をお忘れにならないよう、お願い申し上げます。これより気圧の調整を行います。しばらくお待ちください」
少しドスの効いた車掌のアナウンスが鼓膜を揺らす。私は薄目を開け、座席で小さく伸びをした。どうやら、ウトウトしているうちに眠り込んでしまったようだ。
ふと、車窓を見ると外は薄暗く、ポツポツと街並みの光が見えた。どうやら、ラバキエルの郊外に着いたようだ。
ほどなく、列車がガタンと大きな音を立てて停車した。
「さて、行くか」
私は防寒着を軍服の上から着込んで、乗降口の前に立つ。
「これより乗降口のドアが開きます。外気を大きく吸い込むこと、外気に晒されている金属等に触れることなどは凍傷等の危険がございますので、ご遠慮いただけますようお願い申し上げます。お手数ですが、お荷物は最後尾車両にて、お受け取りください。それでは良い旅を」
蒸気が吹き出す音と共に、ゆっくりと扉が開いた。次の瞬間、外界の冷気が吹き込んでくる。
(寒すぎだろ)
思わず心の中で嘆いてしまった。しかし、いくら嘆いても何も始まらない。まずはこの寒さに慣れることが先決だ。
目的地は列車の最後尾。荷物を預けた貨物車両だ。滑って転ばないよう足元に細心の注意を払い、歩くこと数分。ようやく貨物車両が見えてきた。
貨物車両の横には肩までの茶色の髪と、先端の尖った大きなケモノ耳、手入れの行き届いた大きな尻尾を持つ小柄な少女が、黒い制服に身を包んで立っていた。
「38番お願いします」
私はポケットから番号の書かれた木の札を取り出して、少女に手渡した。少女は木の札に視線を移し、まじまじと眺めた後、こちらに視線を戻してニコリと微笑んだ。
「38番ですね。確認しました。少しお手を拝借いたします」
「え、ちょ」
少女は私の腕をつかみ、手袋を少し嗅いだ。
「ご協力ありがとうございました。少々お待ちください」
そう言うと少女は数メートル上方の貨物車両の出入り口に軽々と飛び乗って、中に姿を消した。
(こんなに寒い環境で、あの軽装。それに今の身のこなし。イヌイット族か)
イヌイット族。主に雪国にて生活する寒さに強いイヌ科の獣人だ。一見、尻尾だけを見ると狐族と間違えそうになるが、雪国の狐族は耳が小さい為、見分けることは可能だ。
そうこうしているうちに、少女は貨物車両から飛び降りて、ふわっと着地した。
「え、荷物は?」
少女は微笑み、列車に背を向けて右手を前に突き出した。
「今、取り出します。ザ……じゃなかった。荷役術式01」
少女の眼前に青紫色のワープゲートが現れ、少女は右腕をワープゲートに入れて、重そうに何かを引っ張り出した。それは私のリュックだった。それも大型のリュックに荷物をパンパンに詰め込んだ代物だ。
「ど、どうぞ。お荷物です」
少女は息を切らせながら、時折重さで手を震わせつつ、私にリュックを差し出した。
「ありがとう。はい、チップ」
さすがに頑張ってくれたのだからお礼くらいは必要だろう。リュックを受け取り、その代わりにポケットから金貨を1枚出すと少女の手のひらに置いた。
「え、いいんですか?」
少女は何度も私の顔と自分の手のひらの上に乗ったチップを見る。
「いいよ。仕事頑張ってくれてるし、仕事が丁寧だからね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、私は行くから気をつけて仕事をしてね」
私はリュックを背負い、少女に背を向けて歩き始めた。
「ご利用、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
少女の声が徐々に小さくなっていく。私はおもむろに右手を上げた。
少女と別れた後、私は入国審査を受け、街に降り立った。
なぜ入国審査が必要なのか。それはこの都市の立地が関係している。実はこの都市ザバキエルは東側がザイングラート領、西側がカレネキア連邦領といった具合に二つの大国にまたがる都市である。よってこの街に立ち入るだけでパスポートか、特権の証明となる軍の証明書が必要となるのだ。
「まずは食事と宿泊施設を確保しよう」
私は夜の都市ザバキエルに駆け出した。
私は列車に揺られながら、ザイングラート帝国領ヴォルターヤ地区に存在する、ある田舎町を目指していた。
列車の肌触りのいい座席に深く腰かけ、スキットル内の温かいコーヒーを口に含んで、ごくんと喉を鳴らす。
退屈だ。こんな事なら娯楽道具くらい個室に持ち込めば良かったと後悔すら感じる。
ここ数日、代わり映えのない列車内の風景。列車の車窓を覗いても、外に広がるのは一面の雪原。唯一、代わり映えのあるものを挙げれば、後方へと消えていくはるか遠くの山々くらいだろう。それも外が吹雪いていれば見えないわけだが。
一応は、変化を作ろうと思えば作れないことはない。その方法は列車内に備え付けられた無人販売機を利用することなのだが、そもそも販売されているのは果物の缶詰か、質素なレーションだ。それらは数日もすれば制覇してしまうほどに品数が少ない。
こんな事なら、お金を出してもう少し等級の高い車両に乗れば良かったと後悔の念がさらに膨らむ。まぁ薄給の下位軍人である私には最低等級でも、それなりに荷が重いのだが。
今は目を瞑って、考えるのをやめよう。それが今置かれている状況をやり過ごす最良の方法だろう。
「次は終点。ザバキエルです。外は大変、寒くなっております。防寒着の着用をお忘れにならないよう、お願い申し上げます。これより気圧の調整を行います。しばらくお待ちください」
少しドスの効いた車掌のアナウンスが鼓膜を揺らす。私は薄目を開け、座席で小さく伸びをした。どうやら、ウトウトしているうちに眠り込んでしまったようだ。
ふと、車窓を見ると外は薄暗く、ポツポツと街並みの光が見えた。どうやら、ラバキエルの郊外に着いたようだ。
ほどなく、列車がガタンと大きな音を立てて停車した。
「さて、行くか」
私は防寒着を軍服の上から着込んで、乗降口の前に立つ。
「これより乗降口のドアが開きます。外気を大きく吸い込むこと、外気に晒されている金属等に触れることなどは凍傷等の危険がございますので、ご遠慮いただけますようお願い申し上げます。お手数ですが、お荷物は最後尾車両にて、お受け取りください。それでは良い旅を」
蒸気が吹き出す音と共に、ゆっくりと扉が開いた。次の瞬間、外界の冷気が吹き込んでくる。
(寒すぎだろ)
思わず心の中で嘆いてしまった。しかし、いくら嘆いても何も始まらない。まずはこの寒さに慣れることが先決だ。
目的地は列車の最後尾。荷物を預けた貨物車両だ。滑って転ばないよう足元に細心の注意を払い、歩くこと数分。ようやく貨物車両が見えてきた。
貨物車両の横には肩までの茶色の髪と、先端の尖った大きなケモノ耳、手入れの行き届いた大きな尻尾を持つ小柄な少女が、黒い制服に身を包んで立っていた。
「38番お願いします」
私はポケットから番号の書かれた木の札を取り出して、少女に手渡した。少女は木の札に視線を移し、まじまじと眺めた後、こちらに視線を戻してニコリと微笑んだ。
「38番ですね。確認しました。少しお手を拝借いたします」
「え、ちょ」
少女は私の腕をつかみ、手袋を少し嗅いだ。
「ご協力ありがとうございました。少々お待ちください」
そう言うと少女は数メートル上方の貨物車両の出入り口に軽々と飛び乗って、中に姿を消した。
(こんなに寒い環境で、あの軽装。それに今の身のこなし。イヌイット族か)
イヌイット族。主に雪国にて生活する寒さに強いイヌ科の獣人だ。一見、尻尾だけを見ると狐族と間違えそうになるが、雪国の狐族は耳が小さい為、見分けることは可能だ。
そうこうしているうちに、少女は貨物車両から飛び降りて、ふわっと着地した。
「え、荷物は?」
少女は微笑み、列車に背を向けて右手を前に突き出した。
「今、取り出します。ザ……じゃなかった。荷役術式01」
少女の眼前に青紫色のワープゲートが現れ、少女は右腕をワープゲートに入れて、重そうに何かを引っ張り出した。それは私のリュックだった。それも大型のリュックに荷物をパンパンに詰め込んだ代物だ。
「ど、どうぞ。お荷物です」
少女は息を切らせながら、時折重さで手を震わせつつ、私にリュックを差し出した。
「ありがとう。はい、チップ」
さすがに頑張ってくれたのだからお礼くらいは必要だろう。リュックを受け取り、その代わりにポケットから金貨を1枚出すと少女の手のひらに置いた。
「え、いいんですか?」
少女は何度も私の顔と自分の手のひらの上に乗ったチップを見る。
「いいよ。仕事頑張ってくれてるし、仕事が丁寧だからね」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、私は行くから気をつけて仕事をしてね」
私はリュックを背負い、少女に背を向けて歩き始めた。
「ご利用、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
少女の声が徐々に小さくなっていく。私はおもむろに右手を上げた。
少女と別れた後、私は入国審査を受け、街に降り立った。
なぜ入国審査が必要なのか。それはこの都市の立地が関係している。実はこの都市ザバキエルは東側がザイングラート領、西側がカレネキア連邦領といった具合に二つの大国にまたがる都市である。よってこの街に立ち入るだけでパスポートか、特権の証明となる軍の証明書が必要となるのだ。
「まずは食事と宿泊施設を確保しよう」
私は夜の都市ザバキエルに駆け出した。
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