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終章
エピローグ 後
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車に乗り込む。
プロトが運転席なのはわかるとして、ヨランドはなぜか後部座席に乗ってくる。
今更、監視もないだろうが。
話したいことでもあるのか。
「一か月も尋問されていたようですけど、何を聞かれていたんですか?」
「いろいろだよ。変なのと手を組んでいるんじゃないかと疑われているらしい」
海上タクシーの運転手として出てきと男と、何も知らずに顔を合わせた。他には一度だけ電話がかかってきた。
マルヴァジタとの関係はそれだけだ。
同じ話を百回はさせられた気がする。
「それは災難だったな」
プロトが振り返りもせず他人事のように言って、フーベルトもさすがにムッとする。
「おまえ、俺が嘘をついてないって証言してくれなかったのか?」
「証言? したとも。で? 私が保証すれば全人類が信じるとでも思ったか?」
「……そうか。そうだな」
車はアイランド・グレイハイトを貫く大通りを走っていく。
16番街はいまだに立ち入り禁止らしくて、その影響で、どこも込み合っている。
「あとは……CCKパイロットの教官とかが来たな。たぶん、俺の戦闘記録を何かの教科書に採用しようとしているんじゃないかと思うんだが……」
「確かにCCKでセベクノート体を倒したのは初めてですからね」
ヨランドが微笑む。
「いや、普通だったら、あんなやり方がうまくいくわけない。俺だって二度とやりたくない……」
初めて、で思い出した。モルガナの出した成果も、ある意味初めてだ。
「モルガナとシューマッハはどうしてる?」
「彼女たちも、元気にやっているようですよ。そう言えば、あの狙撃も何かに採用しようという動きはあったようですね。あちらはすぐに却下されましたが」
「だろうな……」
あれも参考にはならない。
狙撃技術が人間離れしているし、かなり特殊な条件が揃ったからこそ成立した物だ。
「ダイル対策は、いつも後手に回るからな。少ないリソースで解決できた事例があるなら、誰だって飛びつく」
プロトがぼやくように言う。
「少ないリソース、ね」
フーベルトは、自分が必至にやったことをそんな風に言われたくなかった。
とはいえ、フーベルトが拘束されていた一か月の間にも、世界のどこかではダイル災害が発生して、誰かが戦っていたはずだ。
その人たちも、同じぐらい必死にやっていると言われれば、そうだろう。
セベクノート体を一つ倒した程度で、何かが変わるわけもない。
これまでもこれからも、人類は時間をかけて追い詰められていく。
「ところで、ミーナさんに会いたいとは思わないんですか?」
ヨランドが妙なことを言い出す。
「いや……会ったらダメだと決めたのはそっちだろ?」
フーベルトはため息をつく。
会いたくないと言えば嘘になるが、現実的に考えた場合、会ってどうしようと言うのか。
そもそもミーナは覚えていないはずだ。
フーベルトのことも、自分がダイル化しかかったことも。
なにしろ、記憶を消されているのだから。
「そう言えば、あの時は詳しい説明がなかったな。どうして記憶を消す必要があるんだ?」
「再発を防ぐためだ」
運転席のプロトが振り返りもせずに答える。
「ダイル化の一歩目は、物理的な物を体内に取り込むことだ。だが、それが順当に増えていくだけでは、第四段階での急激な変化が説明できない」
「なら、第四段階では何が起こっているんだ?」
「どこか、別の場所から質量が転移している。そういう説が主流だ」
「意味がわからない……」
困惑していると、ヨランドが補足してくれる。
「召喚呪文のような物を想像してください」
「……召喚? それも「奇跡」なのか?」
「ある意味では、そうかもしれませんね」
ヨランドが肯定し、プロトが説明を続ける。
「その召喚呪文は、人間の脳に書き込まれると考えられている。そして、起床している限り、意図せずとも自動で発動し続ける」
「寝ていれば、平気なのか?」
「ああ。薬で意識を失わせておけば、召喚を止めることも可能だ。ここまでは立証されていた」
「止めるだけ?」
「そうだ、完治はしない。この召喚現象はかなり厄介だった。患者の体内にあるダイル体を全て物理的に切除しても、意識が戻れば召喚自体は続く。そしていずれダイル化する」
患者を収容しても、退院させる方法が見つかっていなかった、ということになる。
「それで、記憶削除はどう関係あるんだ?」
フーベルトが聞くと、プロトは答える。
「召喚呪文は記憶に書き込まれる。一度その状態になれば、意識しなくても発動する」
「記憶に……」
「該当する記憶を丸ごと削除すれば、召喚呪文も消える。そういうことだ」
「……本当に大丈夫なのか?」
目を離したら、またダイル化していたら、笑えない。
「一か月近く、経過観察をして得た結果だ。観察自体はこれからも続くが……問題が起こらなければ、これこそ初めての成功例となる。セベクノート体の撃破より価値があるかもな」
初めての成功例、とは穏やかな物言いではない。
フーベルトはプロトを睨む。
「おい、おまえら、ミーナで人体実験をしたって言うのか?」
「不満があるなら医療班に言え。それに、今までは記憶を消しても再発を防げなかった」
「物理切除が不完全だったからじゃないのか?」
「ありえるな。ミーナ・ニアルガは、セベクノート体に取り込まれた時、体内のダイル体の大半を吸い出されていた。今までで一番条件が良かったのかも知れない。だからうまくいったのだろう」
「……そういうことにしておいてやるよ」
フーベルトはため息をつく。
「そういうわけなので、ミーナはもう安全だろう。だが、記憶は消えている。おまえも会わない方がいい」
プロトが言って、ヨランドが引き継ぐ。
「しかし、それは軍の側の都合です。あなたがミーナさんに会いたいのか、という質問への答えになってませんよね?」
「さあな? 勝手に想像してろ」
「全ての質問にノーで答えてください。あなたは会いたくもない人間を助けるために、命を懸けて戦ったんですか?」
ヨランドが真剣な顔で問うてくる。
フーベルトは一瞬迷った後、ここで言うべきことを言う。
「イエス」
「……二人とも、やり方を間違えているぞ」
運転席のプロトがぼやいた。
〇〇〇
車は空港に着いた。飛行機の出発の時間より少し早かった。
フーベルトは出発ロビーの適当なベンチに座って飛行機の時間を待つことにする。
プロトとヨランドは飛行機に乗るまで見張る気なのか、近くに立っていた。
「おう、時間ギリギリじゃないか」
急に後ろから声をかけられて、振り向くとエディーがいた。
「なんだ、来てくれたのか? おまえが女の子との約束を放り出すなんて明日は嵐かな」
「女の子って言うのは、私のことかな?」
見ると隣にジゼラもいる。
「え、エディー? おまえ、少しは年齢差を考えた方が……」
「どうした? 咎められることなど何もない。知り合いが島を去るって言うから、見送りに来ただけだぜ?」
「……島を去る? どういうことだ?」
聞くとジゼラは肩をすくめる。
「まーしょうがないよね。学園はなくなっちゃったし……。校長がいろいろ手配してくれたみたいなんだけど、島からは退去だってさ」
「そうか……」
生徒からダイル体候補が何人も発生し、その原因は教師兼シスターだった。
周囲の目も厳しくなるだろう。
島に入りたがっている人間は世界中に大勢いる。
十六番街が再建された時に、彼女たちの場所が用意されないというのは、予想できる話だった。
そしてフーベルトは気づく。
学校がなくなったから島から出ていくというなら、他の生徒も一緒なのではないか。
その懸念は正解だったようだ。
遠くの方から、リアーネとリーゼルがミーナを引っ張るようにして歩いて来るのが見えた。
「おい、おまえ……さっき言ってたことは」
フーベルトはプロトに呼び掛ける。
だが、プロトはいつの間にか遠くの窓際にいて、こちらに背を向けて滑走路を眺めていた。
ヨランドはこっちを見ているが、やはり止めようとする様子がない。
この状況は彼らの予定通りのようだが、本当に大丈夫なのだろうかとフーベルトは不安になってくる。
フーベルトが戸惑っているうちに、ミーナはフーベルトの前に立たされた。
おずおず、と言った様子で話しかけてくる。
「あの……初めまして、じゃ、ないですよ、ね?」
「ううん。どうかな……」
フーベルトも返事に困る。
ここはどう答えるべきなのか。
少なくとも本当のことを言うわけにはいかない。
エディーやジゼラたちの方を見るが、ニヤニヤ笑いながらこっちを見守っているだけだ。
そんな状況を知ってか知らずか、ミーナは必死に言葉を探している。
「その、ちゃんと思い出せないんですけど。私は、大変なことになったみたいで、あなたに助けてもらって、それで……」
「いいんだそれは。無理に思い出す必要はないさ」
フーベルトはそっけなく言う。ボロが出る前に話を切り上げるしかない。
ミーナはため息をつくと、その場にしゃがんだ。
「おい、どうした?」
具合でも悪くなったのかとフーベルトも身をかがめると、ミーナは顔を上げた。
挑むように睨みつけてくる。顔がこっちに近づいてくる。
首の後ろに両手が回され、口にふわりと何かが触れた。
キスされた。
数秒ほどで、ミーナは腕を離し、数歩さがった。
「お、おい。おまえ……」
フーベルトは言葉を失いながらも、何か言おうとする。
頭が上手く働かない。ミーナは頬を染めながらも言う。
「あっ、あの、約束……」
「えっ?」
「約束、した? したよね?」
「あ、いや? そ、そうだな。約束した、それは間違いない。……覚えてるのか?」
「……」
「え? どうして?」
フーベルトは、助けを求めて周囲を見回すが、誰も助けてくれそうになかった。
エディーやジゼラたちは、あいかわらずニヤニヤ笑っているだけだし、プロトはわざとこちらに背を向けているし、ヨランドはスマホで動画を撮影している。
なぜ撮るのか。撮る必要はないはず。
「覚えて、いるのか?」
「全然? でも……あの、えっと……そのっ!」
ミーナは急に顔を真っ赤にすると、踵を返し、どこかに向かって走り出した。
「ど、どこ行くの?」「逃げることないじゃん!」「待って待って待って!」
ジゼラたちが慌てて追いかけていく。
笑いをこらえていたエディーが、とうとう吹き出した。
「ぶっはっはっはっは。面白いもん見れたなぁ」
フーベルトはエディーを睨む。
「笑うなよ! おまえ、何考えてんだ」
「いいじゃないか。あんなに頑張ったんだからこれぐらいはさ」
「そういう問題じゃ、ないだろ……」
フーベルトは疲れ果て、ヨランドを見る。
「で、なんで撮ってるんだ?」
「シューマッハさんも見たいと言っていたけれど、どうしても予定が合わなかったので……」
「待て、動画を送るつもりか? やめろよ、そういうの。そもそも、いいのか?」
プロトはこちらに向きなおっていたが、居心地が悪そうな表情だった。
「私は何も見ていないぞ」
「でも聞こえてたよな?」
「いや、何も見ていない」
プロトは強情に言い張る。
「だとしたら、録画も存在しない、ということになるんじゃないか?」
フーベルトは遠回しに、消せよ、と提案してみた。
だがプロトは静かに首を横に振る。
「後で上にバレた時に説明するために、何か記録を残す必要がある。悪いが諦めてくれ」
「……あいかわらずだな」
もう何も言う気力がなくて、フーベルトはベンチに座りなおした。
エディーが肩をつつく。
「追いかけなくていいのか? 飛行機も行き先も別らしいから、何か言うなら本当に最後だぞ」
「もういいんだ。ミーナは大丈夫だし、俺も大丈夫だよ」
「そうか……おまえ、この後どうするんだ?」
「さあな」
フーベルトはそう答えるが、本当はどうするか決めていた。
まずは妹の墓参りだ。
何しろ、四年の間、一度も行っていなかったのだから。
プロトが運転席なのはわかるとして、ヨランドはなぜか後部座席に乗ってくる。
今更、監視もないだろうが。
話したいことでもあるのか。
「一か月も尋問されていたようですけど、何を聞かれていたんですか?」
「いろいろだよ。変なのと手を組んでいるんじゃないかと疑われているらしい」
海上タクシーの運転手として出てきと男と、何も知らずに顔を合わせた。他には一度だけ電話がかかってきた。
マルヴァジタとの関係はそれだけだ。
同じ話を百回はさせられた気がする。
「それは災難だったな」
プロトが振り返りもせず他人事のように言って、フーベルトもさすがにムッとする。
「おまえ、俺が嘘をついてないって証言してくれなかったのか?」
「証言? したとも。で? 私が保証すれば全人類が信じるとでも思ったか?」
「……そうか。そうだな」
車はアイランド・グレイハイトを貫く大通りを走っていく。
16番街はいまだに立ち入り禁止らしくて、その影響で、どこも込み合っている。
「あとは……CCKパイロットの教官とかが来たな。たぶん、俺の戦闘記録を何かの教科書に採用しようとしているんじゃないかと思うんだが……」
「確かにCCKでセベクノート体を倒したのは初めてですからね」
ヨランドが微笑む。
「いや、普通だったら、あんなやり方がうまくいくわけない。俺だって二度とやりたくない……」
初めて、で思い出した。モルガナの出した成果も、ある意味初めてだ。
「モルガナとシューマッハはどうしてる?」
「彼女たちも、元気にやっているようですよ。そう言えば、あの狙撃も何かに採用しようという動きはあったようですね。あちらはすぐに却下されましたが」
「だろうな……」
あれも参考にはならない。
狙撃技術が人間離れしているし、かなり特殊な条件が揃ったからこそ成立した物だ。
「ダイル対策は、いつも後手に回るからな。少ないリソースで解決できた事例があるなら、誰だって飛びつく」
プロトがぼやくように言う。
「少ないリソース、ね」
フーベルトは、自分が必至にやったことをそんな風に言われたくなかった。
とはいえ、フーベルトが拘束されていた一か月の間にも、世界のどこかではダイル災害が発生して、誰かが戦っていたはずだ。
その人たちも、同じぐらい必死にやっていると言われれば、そうだろう。
セベクノート体を一つ倒した程度で、何かが変わるわけもない。
これまでもこれからも、人類は時間をかけて追い詰められていく。
「ところで、ミーナさんに会いたいとは思わないんですか?」
ヨランドが妙なことを言い出す。
「いや……会ったらダメだと決めたのはそっちだろ?」
フーベルトはため息をつく。
会いたくないと言えば嘘になるが、現実的に考えた場合、会ってどうしようと言うのか。
そもそもミーナは覚えていないはずだ。
フーベルトのことも、自分がダイル化しかかったことも。
なにしろ、記憶を消されているのだから。
「そう言えば、あの時は詳しい説明がなかったな。どうして記憶を消す必要があるんだ?」
「再発を防ぐためだ」
運転席のプロトが振り返りもせずに答える。
「ダイル化の一歩目は、物理的な物を体内に取り込むことだ。だが、それが順当に増えていくだけでは、第四段階での急激な変化が説明できない」
「なら、第四段階では何が起こっているんだ?」
「どこか、別の場所から質量が転移している。そういう説が主流だ」
「意味がわからない……」
困惑していると、ヨランドが補足してくれる。
「召喚呪文のような物を想像してください」
「……召喚? それも「奇跡」なのか?」
「ある意味では、そうかもしれませんね」
ヨランドが肯定し、プロトが説明を続ける。
「その召喚呪文は、人間の脳に書き込まれると考えられている。そして、起床している限り、意図せずとも自動で発動し続ける」
「寝ていれば、平気なのか?」
「ああ。薬で意識を失わせておけば、召喚を止めることも可能だ。ここまでは立証されていた」
「止めるだけ?」
「そうだ、完治はしない。この召喚現象はかなり厄介だった。患者の体内にあるダイル体を全て物理的に切除しても、意識が戻れば召喚自体は続く。そしていずれダイル化する」
患者を収容しても、退院させる方法が見つかっていなかった、ということになる。
「それで、記憶削除はどう関係あるんだ?」
フーベルトが聞くと、プロトは答える。
「召喚呪文は記憶に書き込まれる。一度その状態になれば、意識しなくても発動する」
「記憶に……」
「該当する記憶を丸ごと削除すれば、召喚呪文も消える。そういうことだ」
「……本当に大丈夫なのか?」
目を離したら、またダイル化していたら、笑えない。
「一か月近く、経過観察をして得た結果だ。観察自体はこれからも続くが……問題が起こらなければ、これこそ初めての成功例となる。セベクノート体の撃破より価値があるかもな」
初めての成功例、とは穏やかな物言いではない。
フーベルトはプロトを睨む。
「おい、おまえら、ミーナで人体実験をしたって言うのか?」
「不満があるなら医療班に言え。それに、今までは記憶を消しても再発を防げなかった」
「物理切除が不完全だったからじゃないのか?」
「ありえるな。ミーナ・ニアルガは、セベクノート体に取り込まれた時、体内のダイル体の大半を吸い出されていた。今までで一番条件が良かったのかも知れない。だからうまくいったのだろう」
「……そういうことにしておいてやるよ」
フーベルトはため息をつく。
「そういうわけなので、ミーナはもう安全だろう。だが、記憶は消えている。おまえも会わない方がいい」
プロトが言って、ヨランドが引き継ぐ。
「しかし、それは軍の側の都合です。あなたがミーナさんに会いたいのか、という質問への答えになってませんよね?」
「さあな? 勝手に想像してろ」
「全ての質問にノーで答えてください。あなたは会いたくもない人間を助けるために、命を懸けて戦ったんですか?」
ヨランドが真剣な顔で問うてくる。
フーベルトは一瞬迷った後、ここで言うべきことを言う。
「イエス」
「……二人とも、やり方を間違えているぞ」
運転席のプロトがぼやいた。
〇〇〇
車は空港に着いた。飛行機の出発の時間より少し早かった。
フーベルトは出発ロビーの適当なベンチに座って飛行機の時間を待つことにする。
プロトとヨランドは飛行機に乗るまで見張る気なのか、近くに立っていた。
「おう、時間ギリギリじゃないか」
急に後ろから声をかけられて、振り向くとエディーがいた。
「なんだ、来てくれたのか? おまえが女の子との約束を放り出すなんて明日は嵐かな」
「女の子って言うのは、私のことかな?」
見ると隣にジゼラもいる。
「え、エディー? おまえ、少しは年齢差を考えた方が……」
「どうした? 咎められることなど何もない。知り合いが島を去るって言うから、見送りに来ただけだぜ?」
「……島を去る? どういうことだ?」
聞くとジゼラは肩をすくめる。
「まーしょうがないよね。学園はなくなっちゃったし……。校長がいろいろ手配してくれたみたいなんだけど、島からは退去だってさ」
「そうか……」
生徒からダイル体候補が何人も発生し、その原因は教師兼シスターだった。
周囲の目も厳しくなるだろう。
島に入りたがっている人間は世界中に大勢いる。
十六番街が再建された時に、彼女たちの場所が用意されないというのは、予想できる話だった。
そしてフーベルトは気づく。
学校がなくなったから島から出ていくというなら、他の生徒も一緒なのではないか。
その懸念は正解だったようだ。
遠くの方から、リアーネとリーゼルがミーナを引っ張るようにして歩いて来るのが見えた。
「おい、おまえ……さっき言ってたことは」
フーベルトはプロトに呼び掛ける。
だが、プロトはいつの間にか遠くの窓際にいて、こちらに背を向けて滑走路を眺めていた。
ヨランドはこっちを見ているが、やはり止めようとする様子がない。
この状況は彼らの予定通りのようだが、本当に大丈夫なのだろうかとフーベルトは不安になってくる。
フーベルトが戸惑っているうちに、ミーナはフーベルトの前に立たされた。
おずおず、と言った様子で話しかけてくる。
「あの……初めまして、じゃ、ないですよ、ね?」
「ううん。どうかな……」
フーベルトも返事に困る。
ここはどう答えるべきなのか。
少なくとも本当のことを言うわけにはいかない。
エディーやジゼラたちの方を見るが、ニヤニヤ笑いながらこっちを見守っているだけだ。
そんな状況を知ってか知らずか、ミーナは必死に言葉を探している。
「その、ちゃんと思い出せないんですけど。私は、大変なことになったみたいで、あなたに助けてもらって、それで……」
「いいんだそれは。無理に思い出す必要はないさ」
フーベルトはそっけなく言う。ボロが出る前に話を切り上げるしかない。
ミーナはため息をつくと、その場にしゃがんだ。
「おい、どうした?」
具合でも悪くなったのかとフーベルトも身をかがめると、ミーナは顔を上げた。
挑むように睨みつけてくる。顔がこっちに近づいてくる。
首の後ろに両手が回され、口にふわりと何かが触れた。
キスされた。
数秒ほどで、ミーナは腕を離し、数歩さがった。
「お、おい。おまえ……」
フーベルトは言葉を失いながらも、何か言おうとする。
頭が上手く働かない。ミーナは頬を染めながらも言う。
「あっ、あの、約束……」
「えっ?」
「約束、した? したよね?」
「あ、いや? そ、そうだな。約束した、それは間違いない。……覚えてるのか?」
「……」
「え? どうして?」
フーベルトは、助けを求めて周囲を見回すが、誰も助けてくれそうになかった。
エディーやジゼラたちは、あいかわらずニヤニヤ笑っているだけだし、プロトはわざとこちらに背を向けているし、ヨランドはスマホで動画を撮影している。
なぜ撮るのか。撮る必要はないはず。
「覚えて、いるのか?」
「全然? でも……あの、えっと……そのっ!」
ミーナは急に顔を真っ赤にすると、踵を返し、どこかに向かって走り出した。
「ど、どこ行くの?」「逃げることないじゃん!」「待って待って待って!」
ジゼラたちが慌てて追いかけていく。
笑いをこらえていたエディーが、とうとう吹き出した。
「ぶっはっはっはっは。面白いもん見れたなぁ」
フーベルトはエディーを睨む。
「笑うなよ! おまえ、何考えてんだ」
「いいじゃないか。あんなに頑張ったんだからこれぐらいはさ」
「そういう問題じゃ、ないだろ……」
フーベルトは疲れ果て、ヨランドを見る。
「で、なんで撮ってるんだ?」
「シューマッハさんも見たいと言っていたけれど、どうしても予定が合わなかったので……」
「待て、動画を送るつもりか? やめろよ、そういうの。そもそも、いいのか?」
プロトはこちらに向きなおっていたが、居心地が悪そうな表情だった。
「私は何も見ていないぞ」
「でも聞こえてたよな?」
「いや、何も見ていない」
プロトは強情に言い張る。
「だとしたら、録画も存在しない、ということになるんじゃないか?」
フーベルトは遠回しに、消せよ、と提案してみた。
だがプロトは静かに首を横に振る。
「後で上にバレた時に説明するために、何か記録を残す必要がある。悪いが諦めてくれ」
「……あいかわらずだな」
もう何も言う気力がなくて、フーベルトはベンチに座りなおした。
エディーが肩をつつく。
「追いかけなくていいのか? 飛行機も行き先も別らしいから、何か言うなら本当に最後だぞ」
「もういいんだ。ミーナは大丈夫だし、俺も大丈夫だよ」
「そうか……おまえ、この後どうするんだ?」
「さあな」
フーベルトはそう答えるが、本当はどうするか決めていた。
まずは妹の墓参りだ。
何しろ、四年の間、一度も行っていなかったのだから。
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ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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