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第63話 煽てる会と動揺
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「医学院を首席で卒業されたのですか、まあ素晴らしい!」
そんなお世辞はいらない。僕は先ほどからヒーたんのことを気にしている。内緒にしていたと思えば合コンになんか参加してしまって……ああ、僕がもう少し注意を払っておくべきだった。まあ意味を分かってないで参加してしまったようだから今回は仕方ないが。
それにしても、関係性をはっきりさせないままに彼女の行動を制限するのも考えものかもしれない。一度……その事について真剣に話し合う必要があるか。
「家森先生?」
「ああ!すみません、はい。首席でしたが特に変わったことは何もありませんよ。」
そんなことありませんわと僕以外の皆が目を合わせて感心した。ああ、この飲み会。何故か他校の男性陣は参加しなかったが、その理由も今となっては分かる気がした。雪原校の学長に副学長、ミアにあと一人は……南の島の若手教師のようだ。僕以外は全員女性ばかり。
テーブル席の僕の前には雪原校のおばさま二人組が座っていて、僕の左隣にはミアが、右隣には若手の女性が座っている。僕としては気が合いそうな山林校の学長と少し話をしたかったのだが彼が参加してないのでそれも出来ないし、さっきから僕の話ばかりしては感心して、何だか煽てられているようだ。早く帰りたい……。
「あら、次は何を頼みます?クリスタルリキッド?」
ミアが僕の空になったグラスを見て聞いてくれた。僕はすぐに答えた。
「マーメイドをお願いします。」
「あら、そう。マーメイド好きだったっけ?」
確かに、以前の僕を知っているミアはクリスタルリキッドが好きだと思うかもしれない。でも今はマーメイドの方が好きだ。ベラがいつも好んで飲んでいて学園のことを思い出せるし、クリスタルリキッドよりも度数が低めなのがいい。この場で万が一酔ってしまって介抱なんてされたくない。
「ええ、最近は特にマーメイドの方が好きです。……しかし何だか、僕は場違いではありませんか?女性同士話せることも多いと思いますが。」
『そんなことありませんわ!』
前の二人が同時にハモるように言ってきたので僕は少し驚いてしまった。照れて笑う彼女たちに、僕は追加注文でテーブルに届いたナッツを彼女たちに差し出すと勢いよくばくばくと食べ始めた。少し怖い。
「ねえ、家森先生。」
隣の若手教師が僕に話しかけてきたのでそちらを向いた。彼女の頬は赤い、少し酔っているのか。
「どうしました?」
「その……誰かお付き合いしている相手はいらっしゃるのかしら?」
うーん……そうか。この状況、少し厄介かもしれない。僕は答えた。
「いませんが、大切な人ならいることはいますよ。」
ええ!?そうなの!?と前の二人が反応する。ミアが僕の肩を叩きながら聞いた。
「ええ!?それってもしや?」
まあこれは言ってもいいことだろう。変に隠せばいないと思われて僕に言い寄ろうとしてこられても困る。
「はい。実を申せば、ブラウンプラントのグリーンクラスのヒイロです。彼女は今年からの入学でまだ出会って半年程度ですが……その日数にしては既に絆は深いと僕は思っていますし、これからも深めていきたい。」
「あら~きっと美人なんでしょうねぇ!ヒイロちゃんが羨ましいわぁ!」
雪原校の学長がふくよかな両手を組みながら想像し始めたので、僕ははは、と笑うしかなかった。
「きっとそのヒイロちゃんも、家森先生と同様に優秀なのでしょうね。」
それを言ったのは隣のミアだ。うん。グリーンクラスと聞いて敢えてそう言ってきたということ、これは明らかに皮肉なのかもしれない。
「まあ、僕は僕より彼女の方が優秀だと思います。勉学ではなく、彼女には音楽的な才能がありますし。しかしそれ以前に人に対して能力を考慮して優劣をつける考えが僕にはありませんが。少し失礼、お手洗いに行きます。」
ミアが避けてくれて僕は通路を歩いてお手洗いに向かうフリをした。本当はお手洗いに行きたいとは思っていないが、あのままヒーたんのことを皮肉って話すミアには付き合いきれない。ああ。もうこのまま帰りたいぐらいだが仕事上の付き合いなので仕方ない、もう少しだけいるか……。どれ、戻る前にVIPルームでも覗いてみるかとガラス扉から中を覗いた。
するとワイワイと騒いで音楽にノっている医学院のどうしようもない連中の中で、ヒーたんが立ちながらオレンジジュースのボトルにそのまま口をつけてグビッと飲んで隣のスティーブと同様、フラダンスのような不思議な踊りをし始めたのだ。……可愛いので写真を撮った。
しかしそうではない……この会、最初よりもかなり人数が減っている。もう男性陣がお持ち帰りし始めているのか?もう女性はヒーたんの他に、あと2人しかいない。もうこれ以上この野蛮な会に彼女を置いておきたくはないが、見た限り楽しんでいるようだし、もう少し様子を見るか……しかし気になって仕方なくなり僕は彼女にメールをした。
____________
何をボトルで飲んで
いますか!
それに何故周りの女性は
いなくなりましたか?
家森
____________
気づけ……気づけ。彼女がポケットに手を入れるのが見えた。よし。……しかしあの格好、ウェインに言われて用意したのだろうが、彼女が音に合わせて揺れるたびに胸も……うん、やはり露出が激しい。やはり出来れば今後は外で着て欲しくないが……。
携帯を確認し終わったヒーたんがこちらを向いてきて目があった。彼女は笑いもしないでまた携帯に視線を移してカタカタと操作した。すぐに返事が来た。
____________
女の子たちは他の人が
持ち帰ったんだって。
今みんなで採点して
競ってます。
一番高得点出した人が
私とハグっていうルール
なんですけど、どうやって
回避すればいいのです?
あとジュースは、お代わり
頼んだらボトル渡された
ヒイロ
____________
僕は口をあんぐり開けた。は?
____________
いけません!いけません!
何がハグですか!
そんなの無視しなさい!
そういってその先へ
持ち込もうとする魂胆です
もう僕と一緒に
帰りましょう
そのボトルも置いて
家森
____________
「どうしたの家森くん」
え?
「あ、ミア……」
ミアはジト目で僕を見ていた。ああ、もしやお手洗いと言ってヒイロのことを見に来たのだと思われたか。それなら正解だが。しかしそう思われては少し気まずくなるので誤魔化すか。
「ああ、いえ、少し理事長に連絡をしていました。ちょうどこの場所で。ミアはお手洗いですか?それならあちらです……あ」
ミアが僕の腕を引っ張って抱いてきた。彼女の甘えたような表情に僕は少し驚いた。
「いえ、私は帰りが遅い家森先生を迎えにきたんです。もう戻れる?みなさん待ってるから。」
「ああいえ、少しまだ。先に戻っていてください。すぐに行きますから。」
僕がそう言うと納得したのかミアが先に席の方へ戻って行った。改めてまたヒーたんの方を見ると今度は僕の方をジト目で見て携帯をカタカタを操作しながらポテトを口に放り込んだ。震える携帯を僕はすぐに確認する。
____________
その様子で今すぐ
帰れるんですか?
ミアって元カノですか?
ヒイロ
____________
……妬いてる。そうまで僕を気にしてくれているのか。珍しい彼女のあからさまな嫉妬に僕は少し嬉しい気持ちを持ったが丁寧に返信をした。
____________
彼女はただの学友でした。
いつもこうして
絡んでくるんです。
僕は興味ありません。
家森
____________
するとすぐに返事が来た。
____________
ふーん。とにかく
0時まででいいですよね?
ハグは何とか回避します!
大丈夫、ウェイン先生も
いますから……
今ちょっと夢中ですけど
ヒイロ
____________
夢中?そう思って部屋の奥の方を覗くとウェインが……同じ医学院OBのイザベラと濃厚な接吻をしていた。ああ……出来ればそんなものは見たくなかった。僕はヒーたんに何かあったらすぐに僕の方へ来てと連絡してから、時間を稼ぐためにお手洗いに行ってから戻ることにした。
席に戻るとおばさまたちが真っ赤な顔で良い具合になっていて、若手の教師は何か用事があると帰っていた。まあそうだろう、この僕をただ煽てるような飲み会、出世にも関係しないし何の意味もない。僕だって帰りたい。
「ああ!帰ってきた家森先生~さあ座ってください!ね!ミア先生と3人で、さっきから家森先生の彼女さんのことお話ししてたのよ~」
「ああそうですか……。どのような?」
僕はミアの隣に座った。真新しいマーメイドがそこに置いてある。頼んでくれたのか……僕は頭を少し下げて礼を言って、それに口つけた。僕がグラスを置くまで、じっと3人が見ているものだから少しやりづらい。そしてミアが口を開いた。
「ヒイロちゃんの音楽的な才能がすごいって話を聞いたから実は今、私のPCでヒイロちゃんの音楽の成績をチェックしたんです。」
「え!?」
確かにそれは出来る。しかし彼女が見せたくないなら見るつもりはなかったので、僕は見てこなかったものだ。担任でもないし。それをミア達が見たのか……まあ出来ることではあるが。
「そしたら驚いちゃったわよ!あのシュリントン先生が音楽の実技でSあげてたんですもの!」
「え?そうですか……」
あのシュリントン先生?色々と疑問が残る。おばさまたちは勝手に盛り上がって会話を始めた。
「そうそう!シュリントン先生と言ったら中央音楽院でそれはもう素晴らしい功績を残した方ですもの!彼がまさかSをあげるなんてこと……史上初じゃないかしら?」
「そうよそうよ!だって、魔法学園とはいえ音楽に対して妥協はしないと仰ってらしたもの!プロと同じ目線で見るって……だから大体の生徒はB取れればいい方だと。」
そうだったのか……彼は中央音楽院卒か。あそこはこの世界で一番の音楽院らしいし、かなり出来ないと入れない場所だと聞いたが。誰にでも特技はあるものだ。それに彼のその厳しい評価を持ってしてもヒイロのピアノはS評価か。それは紛れもない、最高評価だが……。
「なら、将来は楽団に入るのがいいかもしれませんね。」
ミアの言葉におばさまたちがそうよそうよ!と反応した。僕は反対意見なのでマーメイドを口にして何も答えなかった。
「家森先生はどう思います?ヒイロちゃんが楽団に入ったら嬉しいでしょう?」
「……かもしれませんね。」
「あら?あまりそうとは思わないのかしら?」
もう別の話題にしないか、そう言いたかったがぐっと堪えていると学長が口を開いた。
「実は私の甥っ子が楽団のフルート奏者なのです!」
「ええそうなのですか、それはすごい」
見事な棒読みのミアの反応だった。もう少しくらい大げさに受け止めたらいいのにとこんな僕でも思ってしまった。
「それでやっぱりあの楽団って言ったら劇場にコンサートにもう忙しいものよ。でもそれもあのお給料なのだから納得というか……こんな話いけないと思うけれど、でもここらのセレブ街に一軒家建ててね。」
あらま!とその隣の副学長が反応した。このエリアに一軒家か……となればやはり僕の給料なんて遠く及ばないだろう。じっと黙っているとミアが言った。
「でもいいじゃない。今度はヒイロちゃんがそんなに活躍するようになれば、我々教師のお給料なんて比にならないぐらい頂くもの貰って、将来はセレブ街に住めるかもしれないわよ?」
「え……」
そうよそうよ!家森先生いいわね~!とおばさま達が僕を見つめた。
いいのだろうか。そうしたら僕の方が低給になるということだが……それで果たしてヒーたんは僕と一緒にいてくれるのだろうか。いや、楽団行きは許可してない……と言っても彼女が行きたいと言えば僕は応援するだろうけど。
ああ!もしそれでやはり街に住むと言って遠距離になって……僕よりももっとイケメンで高収入な劇団俳優や歌手、奏者なんていうモンスターのような連中と出会ったらどうなるだろうか……ああ!それは耐えられない。
「だ、大丈夫ですか家森先生……過呼吸?」
学長と副学長が心配そうに僕を見てきた。
「あ、いえ……考え事を。すみません少し……またお手洗いに。」
ああ、耐えられない。ああ……落ち着きたい。ヒーたん。僕はまたカラオケルームの前で止まろうとしたが少し思い留まって、最初にお手洗いに行くことにした。まずは息を整えたい。
お手洗いには僕以外誰もいなかった。金の豪華なフレームの鏡に青ざめた僕の顔が映っている。僕は……一体どうしてここまで彼女にのめり込んでしまっているのか。いけないことだと分かっていても止められない。こんなこと、生まれて初めての体験で、どう対処すればいいのかも分からない。
「ああ……」
今すぐ彼女を抱きしめたい。
不安になっている気持ちを振り払うために冷たい水で手を洗っていると外から声が聞こえてきた。ピアノイベントの司会の声だ。
「お次は……灯の雪原でピアノ講師をしている若き期待の星、スカーレット!」
……ん?
同じ名前か。しかし何だ、この胸騒ぎは。
ピアノの旋律が聞こえてきた。これは……バラキレフ。超絶技巧。
この弾き方、まさか。
僕は勢いよくお手洗いを出てテーブル席の真ん中のグランドピアノを見て、目を見開いた。その白いグランドピアノを見事に演奏していたのはヒイロだった。
カジュアルな格好に経験の浅いだろう若いピアニストの彼女に懐疑の目を向けていた人々の表情が、この演奏が進んで行くたびに変わっていく。
中にはこれはこれはと呟きながら笑顔になる人までいた。ああ……僕だって喜んでいいはずなのに、この耳の肥えた客が集うレストランのピアノを弾くというのはプロでも度胸がなければなかなか出来ないこと、それを称えるべきなのに。
……僕は、彼女が素晴らしい旋律を奏でる度に胸が締め付けられる。どこか別の世界に行ってしまうかのようで、それが耐えられないのかもしれない。
それではいけない。しっかりしなくては。
演奏が終わって、お辞儀をする彼女に拍手する人々に、僕も混じって拍手をした。すると辺りを見回した彼女と目が合った。僕が微笑むと彼女がにっといつもの笑みを浮かべてくれた。
お客の中で一人、おじいさんが立ち上がってVIPルームに帰ろうとする彼女に何か……名刺のようなものを渡した。何だ?まあ後で聞こう。
お次は、と次のピアニストが紹介されたので僕はミア達が待っている席に戻ることにした。
そんなお世辞はいらない。僕は先ほどからヒーたんのことを気にしている。内緒にしていたと思えば合コンになんか参加してしまって……ああ、僕がもう少し注意を払っておくべきだった。まあ意味を分かってないで参加してしまったようだから今回は仕方ないが。
それにしても、関係性をはっきりさせないままに彼女の行動を制限するのも考えものかもしれない。一度……その事について真剣に話し合う必要があるか。
「家森先生?」
「ああ!すみません、はい。首席でしたが特に変わったことは何もありませんよ。」
そんなことありませんわと僕以外の皆が目を合わせて感心した。ああ、この飲み会。何故か他校の男性陣は参加しなかったが、その理由も今となっては分かる気がした。雪原校の学長に副学長、ミアにあと一人は……南の島の若手教師のようだ。僕以外は全員女性ばかり。
テーブル席の僕の前には雪原校のおばさま二人組が座っていて、僕の左隣にはミアが、右隣には若手の女性が座っている。僕としては気が合いそうな山林校の学長と少し話をしたかったのだが彼が参加してないのでそれも出来ないし、さっきから僕の話ばかりしては感心して、何だか煽てられているようだ。早く帰りたい……。
「あら、次は何を頼みます?クリスタルリキッド?」
ミアが僕の空になったグラスを見て聞いてくれた。僕はすぐに答えた。
「マーメイドをお願いします。」
「あら、そう。マーメイド好きだったっけ?」
確かに、以前の僕を知っているミアはクリスタルリキッドが好きだと思うかもしれない。でも今はマーメイドの方が好きだ。ベラがいつも好んで飲んでいて学園のことを思い出せるし、クリスタルリキッドよりも度数が低めなのがいい。この場で万が一酔ってしまって介抱なんてされたくない。
「ええ、最近は特にマーメイドの方が好きです。……しかし何だか、僕は場違いではありませんか?女性同士話せることも多いと思いますが。」
『そんなことありませんわ!』
前の二人が同時にハモるように言ってきたので僕は少し驚いてしまった。照れて笑う彼女たちに、僕は追加注文でテーブルに届いたナッツを彼女たちに差し出すと勢いよくばくばくと食べ始めた。少し怖い。
「ねえ、家森先生。」
隣の若手教師が僕に話しかけてきたのでそちらを向いた。彼女の頬は赤い、少し酔っているのか。
「どうしました?」
「その……誰かお付き合いしている相手はいらっしゃるのかしら?」
うーん……そうか。この状況、少し厄介かもしれない。僕は答えた。
「いませんが、大切な人ならいることはいますよ。」
ええ!?そうなの!?と前の二人が反応する。ミアが僕の肩を叩きながら聞いた。
「ええ!?それってもしや?」
まあこれは言ってもいいことだろう。変に隠せばいないと思われて僕に言い寄ろうとしてこられても困る。
「はい。実を申せば、ブラウンプラントのグリーンクラスのヒイロです。彼女は今年からの入学でまだ出会って半年程度ですが……その日数にしては既に絆は深いと僕は思っていますし、これからも深めていきたい。」
「あら~きっと美人なんでしょうねぇ!ヒイロちゃんが羨ましいわぁ!」
雪原校の学長がふくよかな両手を組みながら想像し始めたので、僕ははは、と笑うしかなかった。
「きっとそのヒイロちゃんも、家森先生と同様に優秀なのでしょうね。」
それを言ったのは隣のミアだ。うん。グリーンクラスと聞いて敢えてそう言ってきたということ、これは明らかに皮肉なのかもしれない。
「まあ、僕は僕より彼女の方が優秀だと思います。勉学ではなく、彼女には音楽的な才能がありますし。しかしそれ以前に人に対して能力を考慮して優劣をつける考えが僕にはありませんが。少し失礼、お手洗いに行きます。」
ミアが避けてくれて僕は通路を歩いてお手洗いに向かうフリをした。本当はお手洗いに行きたいとは思っていないが、あのままヒーたんのことを皮肉って話すミアには付き合いきれない。ああ。もうこのまま帰りたいぐらいだが仕事上の付き合いなので仕方ない、もう少しだけいるか……。どれ、戻る前にVIPルームでも覗いてみるかとガラス扉から中を覗いた。
するとワイワイと騒いで音楽にノっている医学院のどうしようもない連中の中で、ヒーたんが立ちながらオレンジジュースのボトルにそのまま口をつけてグビッと飲んで隣のスティーブと同様、フラダンスのような不思議な踊りをし始めたのだ。……可愛いので写真を撮った。
しかしそうではない……この会、最初よりもかなり人数が減っている。もう男性陣がお持ち帰りし始めているのか?もう女性はヒーたんの他に、あと2人しかいない。もうこれ以上この野蛮な会に彼女を置いておきたくはないが、見た限り楽しんでいるようだし、もう少し様子を見るか……しかし気になって仕方なくなり僕は彼女にメールをした。
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何をボトルで飲んで
いますか!
それに何故周りの女性は
いなくなりましたか?
家森
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気づけ……気づけ。彼女がポケットに手を入れるのが見えた。よし。……しかしあの格好、ウェインに言われて用意したのだろうが、彼女が音に合わせて揺れるたびに胸も……うん、やはり露出が激しい。やはり出来れば今後は外で着て欲しくないが……。
携帯を確認し終わったヒーたんがこちらを向いてきて目があった。彼女は笑いもしないでまた携帯に視線を移してカタカタと操作した。すぐに返事が来た。
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女の子たちは他の人が
持ち帰ったんだって。
今みんなで採点して
競ってます。
一番高得点出した人が
私とハグっていうルール
なんですけど、どうやって
回避すればいいのです?
あとジュースは、お代わり
頼んだらボトル渡された
ヒイロ
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僕は口をあんぐり開けた。は?
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いけません!いけません!
何がハグですか!
そんなの無視しなさい!
そういってその先へ
持ち込もうとする魂胆です
もう僕と一緒に
帰りましょう
そのボトルも置いて
家森
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「どうしたの家森くん」
え?
「あ、ミア……」
ミアはジト目で僕を見ていた。ああ、もしやお手洗いと言ってヒイロのことを見に来たのだと思われたか。それなら正解だが。しかしそう思われては少し気まずくなるので誤魔化すか。
「ああ、いえ、少し理事長に連絡をしていました。ちょうどこの場所で。ミアはお手洗いですか?それならあちらです……あ」
ミアが僕の腕を引っ張って抱いてきた。彼女の甘えたような表情に僕は少し驚いた。
「いえ、私は帰りが遅い家森先生を迎えにきたんです。もう戻れる?みなさん待ってるから。」
「ああいえ、少しまだ。先に戻っていてください。すぐに行きますから。」
僕がそう言うと納得したのかミアが先に席の方へ戻って行った。改めてまたヒーたんの方を見ると今度は僕の方をジト目で見て携帯をカタカタを操作しながらポテトを口に放り込んだ。震える携帯を僕はすぐに確認する。
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その様子で今すぐ
帰れるんですか?
ミアって元カノですか?
ヒイロ
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……妬いてる。そうまで僕を気にしてくれているのか。珍しい彼女のあからさまな嫉妬に僕は少し嬉しい気持ちを持ったが丁寧に返信をした。
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彼女はただの学友でした。
いつもこうして
絡んでくるんです。
僕は興味ありません。
家森
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するとすぐに返事が来た。
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ふーん。とにかく
0時まででいいですよね?
ハグは何とか回避します!
大丈夫、ウェイン先生も
いますから……
今ちょっと夢中ですけど
ヒイロ
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夢中?そう思って部屋の奥の方を覗くとウェインが……同じ医学院OBのイザベラと濃厚な接吻をしていた。ああ……出来ればそんなものは見たくなかった。僕はヒーたんに何かあったらすぐに僕の方へ来てと連絡してから、時間を稼ぐためにお手洗いに行ってから戻ることにした。
席に戻るとおばさまたちが真っ赤な顔で良い具合になっていて、若手の教師は何か用事があると帰っていた。まあそうだろう、この僕をただ煽てるような飲み会、出世にも関係しないし何の意味もない。僕だって帰りたい。
「ああ!帰ってきた家森先生~さあ座ってください!ね!ミア先生と3人で、さっきから家森先生の彼女さんのことお話ししてたのよ~」
「ああそうですか……。どのような?」
僕はミアの隣に座った。真新しいマーメイドがそこに置いてある。頼んでくれたのか……僕は頭を少し下げて礼を言って、それに口つけた。僕がグラスを置くまで、じっと3人が見ているものだから少しやりづらい。そしてミアが口を開いた。
「ヒイロちゃんの音楽的な才能がすごいって話を聞いたから実は今、私のPCでヒイロちゃんの音楽の成績をチェックしたんです。」
「え!?」
確かにそれは出来る。しかし彼女が見せたくないなら見るつもりはなかったので、僕は見てこなかったものだ。担任でもないし。それをミア達が見たのか……まあ出来ることではあるが。
「そしたら驚いちゃったわよ!あのシュリントン先生が音楽の実技でSあげてたんですもの!」
「え?そうですか……」
あのシュリントン先生?色々と疑問が残る。おばさまたちは勝手に盛り上がって会話を始めた。
「そうそう!シュリントン先生と言ったら中央音楽院でそれはもう素晴らしい功績を残した方ですもの!彼がまさかSをあげるなんてこと……史上初じゃないかしら?」
「そうよそうよ!だって、魔法学園とはいえ音楽に対して妥協はしないと仰ってらしたもの!プロと同じ目線で見るって……だから大体の生徒はB取れればいい方だと。」
そうだったのか……彼は中央音楽院卒か。あそこはこの世界で一番の音楽院らしいし、かなり出来ないと入れない場所だと聞いたが。誰にでも特技はあるものだ。それに彼のその厳しい評価を持ってしてもヒイロのピアノはS評価か。それは紛れもない、最高評価だが……。
「なら、将来は楽団に入るのがいいかもしれませんね。」
ミアの言葉におばさまたちがそうよそうよ!と反応した。僕は反対意見なのでマーメイドを口にして何も答えなかった。
「家森先生はどう思います?ヒイロちゃんが楽団に入ったら嬉しいでしょう?」
「……かもしれませんね。」
「あら?あまりそうとは思わないのかしら?」
もう別の話題にしないか、そう言いたかったがぐっと堪えていると学長が口を開いた。
「実は私の甥っ子が楽団のフルート奏者なのです!」
「ええそうなのですか、それはすごい」
見事な棒読みのミアの反応だった。もう少しくらい大げさに受け止めたらいいのにとこんな僕でも思ってしまった。
「それでやっぱりあの楽団って言ったら劇場にコンサートにもう忙しいものよ。でもそれもあのお給料なのだから納得というか……こんな話いけないと思うけれど、でもここらのセレブ街に一軒家建ててね。」
あらま!とその隣の副学長が反応した。このエリアに一軒家か……となればやはり僕の給料なんて遠く及ばないだろう。じっと黙っているとミアが言った。
「でもいいじゃない。今度はヒイロちゃんがそんなに活躍するようになれば、我々教師のお給料なんて比にならないぐらい頂くもの貰って、将来はセレブ街に住めるかもしれないわよ?」
「え……」
そうよそうよ!家森先生いいわね~!とおばさま達が僕を見つめた。
いいのだろうか。そうしたら僕の方が低給になるということだが……それで果たしてヒーたんは僕と一緒にいてくれるのだろうか。いや、楽団行きは許可してない……と言っても彼女が行きたいと言えば僕は応援するだろうけど。
ああ!もしそれでやはり街に住むと言って遠距離になって……僕よりももっとイケメンで高収入な劇団俳優や歌手、奏者なんていうモンスターのような連中と出会ったらどうなるだろうか……ああ!それは耐えられない。
「だ、大丈夫ですか家森先生……過呼吸?」
学長と副学長が心配そうに僕を見てきた。
「あ、いえ……考え事を。すみません少し……またお手洗いに。」
ああ、耐えられない。ああ……落ち着きたい。ヒーたん。僕はまたカラオケルームの前で止まろうとしたが少し思い留まって、最初にお手洗いに行くことにした。まずは息を整えたい。
お手洗いには僕以外誰もいなかった。金の豪華なフレームの鏡に青ざめた僕の顔が映っている。僕は……一体どうしてここまで彼女にのめり込んでしまっているのか。いけないことだと分かっていても止められない。こんなこと、生まれて初めての体験で、どう対処すればいいのかも分からない。
「ああ……」
今すぐ彼女を抱きしめたい。
不安になっている気持ちを振り払うために冷たい水で手を洗っていると外から声が聞こえてきた。ピアノイベントの司会の声だ。
「お次は……灯の雪原でピアノ講師をしている若き期待の星、スカーレット!」
……ん?
同じ名前か。しかし何だ、この胸騒ぎは。
ピアノの旋律が聞こえてきた。これは……バラキレフ。超絶技巧。
この弾き方、まさか。
僕は勢いよくお手洗いを出てテーブル席の真ん中のグランドピアノを見て、目を見開いた。その白いグランドピアノを見事に演奏していたのはヒイロだった。
カジュアルな格好に経験の浅いだろう若いピアニストの彼女に懐疑の目を向けていた人々の表情が、この演奏が進んで行くたびに変わっていく。
中にはこれはこれはと呟きながら笑顔になる人までいた。ああ……僕だって喜んでいいはずなのに、この耳の肥えた客が集うレストランのピアノを弾くというのはプロでも度胸がなければなかなか出来ないこと、それを称えるべきなのに。
……僕は、彼女が素晴らしい旋律を奏でる度に胸が締め付けられる。どこか別の世界に行ってしまうかのようで、それが耐えられないのかもしれない。
それではいけない。しっかりしなくては。
演奏が終わって、お辞儀をする彼女に拍手する人々に、僕も混じって拍手をした。すると辺りを見回した彼女と目が合った。僕が微笑むと彼女がにっといつもの笑みを浮かべてくれた。
お客の中で一人、おじいさんが立ち上がってVIPルームに帰ろうとする彼女に何か……名刺のようなものを渡した。何だ?まあ後で聞こう。
お次は、と次のピアニストが紹介されたので僕はミア達が待っている席に戻ることにした。
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