LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

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初めましてシードロヴァ博士編

2 面接に来たのは

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 翌日、面接の時間の5分前になると、海辺の断崖絶壁の中を削って建てられた、この研究所のロビーが騒がしくなった。私のオフィスはロビーと隣接している上に、オフィスの扉が開けっ放しだったので、リンやキハシ君が、ようこそおいでくださいました、と言ったニュアンスの言葉を、来客者に対して掛けているのが聞こえた。そうなるとやはり、シードロヴァ博士本人が来たに違いないと思った。

 私はオフィスのドアを閉めて、大急ぎでオフィスを片付け始め、ソファにバラバラに散らばっている資料の紙を、一枚一枚拾って纏めて束にして、机の上に重ねて置いた。もう机の上は、ノート型のPCと、この研究所が取り扱っている分野の魔工学や自然環境学の本と、先程の紙の束で、ごちゃごちゃになっている。引き出しに入れようにも、引き出しにも資料がぎっしり詰まっている。もうこれは仕方ない、お手上げだ。後で片付けようと考えた。

 すぐに私のオフィスに、普段よりも一層、チークやリップの濃い、明らかに博士の好意を得るために必死に塗りたくったんだろうなと思われる、厚化粧のリンが入ってきた。本物の彼が、本当に来たことを改めて彼女から聞き、少しビビりつつも、私は彼をこちらに呼ぶようにリンに頼んだ。リンは手で胸を押さえて深呼吸して、興奮を鎮める仕草を取った後に、彼を呼びにオフィスから出て行った。

 数秒後にドアがノックされて、リンの後に続いて、このオフィスに入ってきたのは、スーツ姿の長身の男で、紛れもなく本物のシードロヴァ博士だった。その顔は確かに日々、新聞やニュースで見たことがあったので、有名人に出くわしたような変な緊張を覚えた。リンがオフィスを出て行った後、彼と二人きりになると、更にその鼓動が大きくなる気がした。

 私自身、初めての面接で、しかも自分よりも、この帝国内に置いて格上の人物が来てしまったのだ。その事も、私の心臓をばくばくと早めるのに十分な要素だった。これではいけない、面接で面接官の方が緊張してどうすると、心の中で自分のことを叱り、彼とは出来るだけ目を合わせないようにしながら、ソファを手で指した。

「どうぞお座りください。」

「はい、ありがとうございます。」

 スーツ姿の博士は、ピシッと背筋を伸ばしたままそのソファに座り、男性特有の細さがある彼の膝の上に、銀色のスーツケースを置いた。

 さらりとした質感で毛先がゆるりとクセがかっている彼の長髪は、肩の下までの長さだった。色はクリーム色に近い優しい金髪だった。そして縁なし眼鏡の奥にある、変わった色の瞳が綺麗だった。その色はバイオレットに近い色で、つい見惚れてしまうような美しさがあった。今までの、どの男性にも類似しない、その美しさを間近で見た私は、驚きに似た感動を覚えた。きっとこの世に、虹を見た犬がいたら、同じ感動を味わったことだろう。それほどの人間離れした、凄まじい美しさだった。

 そして私よりも頭一つ分、背が高く、服装はスーツのジャケットのボタンを開けて羽織っていて、中には黒いベストに白いシャツ、それから黒いネクタイで、まるで執事さんのようで、清潔感があった。世の女性は、清潔感のある男性を好きになる傾向がある。だからこの人はかなりモテるだろうと思った。

 ああ、後ろで雑に、ダークブラウンの髪の毛をポニーテールのように結っただけの髪型と、マスカラしか付けていない、殆どすっぴんに近い顔のまま、今日は出勤するべきではなかった。黒いTシャツに、カーキ色のカーゴパンツ、まるで軍人のようなスタイルで、ここに来るんじゃなかったと、少しばかり後悔した。

 以前の仕事はギルドの傭兵だったし、そのあとはこの研究所の調査部。鍛錬ばかりに気を取られて、ファッション雑誌の一つでさえ、目を通したことがない。その今までのことを、何故かこの時になって後悔している。何故なのか、そう思いながら視線を上げると、ちらりと不思議に、頭を傾げる博士と目が合い、志願書を私へと差し出しながら待っていた。いけない、違うことに気を取られていたことに、はっと気がついた。

 今はとにかく面接だ。色々なことを考えながらも彼の直筆の志願書に目を通す。学歴が、中学院や高学院を省いて、帝国立大学から始まっている。そして半年ほどで大学院に入学して、一年後には卒業している。これが本当なら、どういう訳か大人になってからふらりと、あたかも呼吸をするような当たり前の感覚で、あの帝国一の難関大に入学して、帝国一卒業が難しい大学院から、スッと卒業したことになる。明らかに彼は天才だ。因みに、彼のニュースは、この研究所でも話題になったことがある。

 そして、それからストレートで帝国研究所で勤務することとなり、数々の功績を上げ、帝国研究所の所長へと登りつめたようだ。他の経歴にも目を通したが、位置測定装置の特許を取得していたり、レーザーシステムの次世代研究室を立ち上げていたりと、心の底から、この研究所に来た意味が分からない。もしかしたらキハシ君の言う通りに、単なる嫌がらせか、からかいの類か、とも思ったが、目の前に座る彼は至って真剣な表情で、私が読み終わるのを待っていた。

 結論、やはり本人が来てしまった。これはどういう状況か、何を最初に聞こうか、頭の中をフル回転させて考えてみるが、中々思い付かない。冒頭から「この状況が信じられない」と、本音を言えば、失礼に値するだろう。無言のまま、志願書を折り目に沿ってまた畳んで、テーブルに置いた。その時に、彼の方から私に声をかけてきた。

「嘘だと思いましたか?」

「え?」

 明らかに図星だった。一瞬ぎくっとした表情をしてしまったのを、しっかりと博士に見られてしまった。彼は私の反応を見て、ソファに深く座り直し、「うーん」と唸りながら顎に手を当てて、考え始めた。私も何を言おうか迷っていると、また博士の方から話しかけてくれた。

「しかし、私が、そうですね。現に帝国研究所の所長であることは事実です。そしてその事実が、私がここに来たことで、あなたを混乱させる原因になっていることでしょう。」

「は、はい。その通りです。」

「そうですか。こう話しても、不信感を与えるばかりかもしれませんが、私がこの研究所で一、職員としての勤務を希望していることは、紛れも無い事実です。」

「それが不思議なのです。何故、このソーライ研究所なのですか?帝国内でも、この研究所の規模は、下から数えたほうが早いほどに小さいものですし、お給料も、設備も帝国研究所のそれには、遠く及びません。」

「なるほど。」

 何に「なるほど」なのか、今一つさっぱりだが、博士は顎を指でトントンと叩きながら、上の方を見つめて考え始めてしまった。私は彼のことを見つめながら、お返答を待っていると、少ししてから彼が、私の目を真っ直ぐに見つめて話し始めた。

「まず、一つ目の理由をお話し致します。このソーライ研究所は零細企業でありながらも、帝国全域において、私が得意とするレーザーを含めた魔工学、自然科学、自警システムの開発や、環境学に至るところまで、様々なジャンルの調査・研究を行なっています。私はその点に興味を持ちました。そして二つ目の理由は、この研究所の情報をウェブで拝見させて頂いた際に、研究施設としても最低限の設備が整っていることが判明したからです。」

「確かに、他の研究機関では受理出来なかった特殊な依頼も、ウチではこなしていますが……設備かぁ、それは帝国研究所にもあるのでは?寧ろ、そちらの方がご立派では。」

「ふふ、確かに外見は立派でしょうが、中身はこちらと然程変わりません。ここで勤務をすることが許されたのなら、私がここの全ての設備を、アップグレード致すことを約束します。そして、これが最も重要な理由となりますが、この研究所の研究開発部では、依頼分をこなしていれば、自身の好きな研究に専念してもいいと聞きました。それが福利厚生の一環だと。ふふ、面白いシステムだと思いました。」

「え、ええ、まあ。」

 確かにそのシステムは、私が所長になってから提案したもので、取り敢えず経営方針を決めなければと、焦る気持ちで、後先考えずに用意した言葉が「自由」だった。そのおかげで、研究開発班の博士達からの、私に対する株が一気に上昇したのはいいことだが、兵器を開発したいとか、ポイズンを開発したいとか、止まらなくなってきたので、少し後悔しているし、あまり奇抜な研究は、法に触れるので反対している。そうか、シードロヴァ博士は、それを狙ってきたのかもしれない。

 時折見せる、彼の微笑みがまた美しい。いつまでも見ていたい気分になる。そして彼は、また「ふふ」と、笑った後に話し続けた。

「職員自身の、好きな研究をさせてくれる研究所というものは、まずこの帝国内にはありません。帝国では、未開拓地への視察や、害のあるモンスターの生態、作物や天気に関する研究に対して、報奨金を与えます。帝国研究所にしても、それは同様で、更に、あの研究所では、ルミネラ帝国騎士団が使用する兵器の開発が、唯一認められていますし、それが多大な利益を生みますから、実質、あそこにいた時は、兵器ばかり研究させられたと言っても、過言ではありませんでした。しかし、このソーライ研究所は報奨金などに目もくれず、我が道を進んでいると。そうですね?」

「は、はあ。それは、この研究所が企業として利益を追う経営方針を遂行する前に、破滅寸前の状況だったからです。本当のことを言えば、今は建て直すことに精一杯で、依頼を選り好みしている余裕などありません。だから研究開発部には、変な仕事まで任せてしまう代わりに、博士の仰った通りに、依頼分をこなしていれば、あとは好きはことを任せています。私の許可が必要ですけどね。その方が、彼らもやる気が出るようで、評判はいいみたいです。」

「なるほど、そうですか。それは大変な事態でしたね。自身の研究について、あなたに報告義務があるようですが、何が出来ないのか、具体的に教えていただければ、助かります。」

 もしかして、この天才博士が、ここに来ることを前向きに検討しているのだろうか。そう疑問に思って彼の表情を見てみると、まるで宝箱を見つけた子どものように、目をキラキラとさせながら、私のことをしっかりと見つめていた。どうしよう、彼はこの研究所について、よく調べているようだし、この研究所に来たいと、思ってくれているのはありがたいことだが、果たしてこれから、次元の違う世界を生きている彼を、使いこなせるだろうか。いや、使うというよりは、一緒に協力していくと考えたほうが、いいのかもしれない。

 とにかく報告義務について答えることにした。

「これは実際に研究要望があったものですが、兵器開発や、ポイズン系はお断りしています。自警システムならまだしも、兵器を開発していいのは、帝国研究所だけだし、ポイズン系は……趣味悪いし、違法です。でも私自身、調査部の出身で、研究のことは基礎的な内容なら分かりますが、詳しいところまでは理解出来ないので、不許可にすることは、それ以外にありませんから、緩いことは緩いので、基本自由です。」

「ふふ、なるほど。ここに来れてやはり良かった。いつから勤務が可能でしょうか?」

 待ってくれ。まだ採用とは言っていない。
 だが、今まで落ち着いた雰囲気を持っていた彼が、ソファに座りながら深呼吸で息を整えたり、膝に手を置いたり置かなかったりして、ソワソワしている。見ただけで分かる程に、楽しげな雰囲気が彼を包んでいる。そんな彼を突き放すようなことは出来ないが……。

「で、でも、いいのですか?帝国研究所のトップとしての勤務は、いつまで?」

「実は、辞表はもう提出済みです。色々と駄々をこねられましたが、受理して頂けました。」

「そ、そうですか……じゃあどうしよう。分かりました。それでは、これから共に働いていけたらと思います。シードロヴァ博士には、研究開発部での勤務をお任せしたいと「本当ですか!?」

 突然立ち上がって、私の手を取った彼が、笑い慣れてないのか、ピクピクと頬を痙攣らせながら口角をあげた。そして嬉しそうに、私の手をブンブンと振って、握手をしてくれた。そこまで嬉しいと思ってくれるとは意外だったけど、私も嬉しかったので、ちょっとだけブンブンと力を入れ返した。

「いつから勤務可能でしょうか?」

「え?ああ、そっか、言ってませんでしたね。じゃあ、明日からお願いします。それよりもまだ、お給料のお話など、していませんけれど。」

「ああ、因みにどれ程ですか?」

 冷静な表情を取り戻した彼が、ソファに座り直したので、私は机のところからメモ帳とペンを取って来て、用紙に給料の基本額と、研究開発部の私的研究に関わる予算と、その他の手当を殴り書きして彼に渡した。
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