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混沌たるクラースの船編
58 漁業のシロープ島
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夜になると天気は回復した。もう雨は止み、雲の隙間から眩しいくらいの月が顔を覗かせている。デッキには卓上のコンロが置いてあり、その上にはグツグツと湯気を放つスープの入った鍋がある。これはピア海峡を抜けて、一度船内を二人で掃除した後に、クラースさんがご褒美だと作ってくれたものだ。ちなみにあの二人は、その時も姿を見せなかった。二段ベッドで休んでいたらしい。
美味しそうな匂いを放つ、クラースさん特製お魚スープをお椀によそっていると、げっそりとした二人が帰って来た。簡易の組み立て椅子に二人を座らせて、お椀に入れたスープを二人に渡した。少しでも飲めたらいいけど、と思った時に、チビチビと二人同時にスープを飲み始めた。
色々あったけど、こうして海の上で美味しいスープをみんなで飲むのは悪くない。シロープ島まで、あとどれくらいで着くだろうかと、遠くの星々に聞いた。
それから一日が過ぎ、もう船の上の生活にも慣れた私は、クラースさんの釣りの手伝いをしていた。リンは海の上の風景に飽きたのか、デッキの淵に座って、ウォッフォンで何かウェブサイトを見ているようだ。あのにやにやした顔は見覚えがある。どうやら恋愛サイトを見ているらしい……。そしてジェーンは気分転換に、デッキブラシを持って、床を掃除していた。
「おお!あれだ!漸くだな!」
突然クラースさんの声が響いたので、船の前方を見ると、水平線上に島の影が現れた。
「やった!やっと着いた!タマラ村!」
「シロープ島だ。」
リンの望みは儚く打ち砕かれた。言葉を無くした彼女の隣に来たジェーンが、デッキブラシを近くに立て掛けて、ウォッフォンのホログラムで地図を出し、指でなぞりながら言った。
「シロープ島の先、単純計算しますと、タマラ村まで船で一日半、更にタマラ村からボルダーハン火山付近のグレン研究所まで、ハウリバー平原をブレイブホースで飛ばしたとしても六時間ですね。」
「あああああ!」と、リンが絶叫しながら膝から崩れ落ちた。私は彼女に言った。
「だから遠いって言ったでしょ、グレン研究所。」
私の言葉にリンは力なく頷いた。
「うん……もう気分で行動しないことにする。もうやだ。」
シロープ島には、クラースさんの船と同じ色合いの船がたくさん停まっていた。白いボディとオレンジの屋根の船が何艘も青い海の上に浮かんでいる。その風景がとても美しかった。その内の一つの船が、我々の船に気付いたのか汽笛を鳴らした。するとそれに気付いた人々が、港に集まり始めた。
クラースさんを知っている漁師の人達が着港を手伝ってくれた。船から降りると皆が皆、シロープ流のハグの挨拶をしてきた。初めて会う人とハグするのは何だか恥ずかしいけれど、彼らの文化なので従う事にした。でも、何だか温かい気がした。
海に囲まれ漁業の盛んなこの島は、坂道が多く、それに合わせて家屋や塀が建てられているので、何だかこの島全体が要塞のような感じがした。しかし島に存在する建物の壁は、全て白で統一されていて、屋根はオレンジだった。
とてもおしゃれな街の風景に、思わずウォッフォンで何枚を写真を撮ってしまった。私達以外にもシロープ島を観光目的で訪れている人も多く、彼らは白とオレンジ色のリゾートシャツを着て楽しそうに歩いている。また今度、次は観光で訪れたいと、少し思った。
お魚の入ったクーラーボックスを担いだクラースさんは、どんどん坂を登っていく。すると、後ろの二人が遅れ始めた。
「待って~……待って~……」
リンのか細い声が聞こえる。話せるだけいい。その隣の男は歩くので精一杯である。立ち止まったクラースさんが振り返り、笑いながら言った。
「そんなんで、この先どうする。この島の後は、あの火山地帯に行くんだ。足腰を鍛えろ。早く来い。」
リンは目を閉じて、ゾンビのように歩きながら言った。
「私はね~……あなた方みたく~……体力がね~……」
まだ歩いて話せるだけいい。その隣の男は、もう立ち止まって膝に手をついている。
「ジェーン!……ふふ、しんどそうだけど大丈夫?」
私が笑いを含みながら話しかけると、膝に手をついて、肩で呼吸しているジェーンが、片手を挙げて合図をした。その時に、彼のそばを通りかかった現地のおばさまやお姉様達が、彼を見つけてはキラキラした目で見つめていた。何処に行ってもそれは本当に変わらないんだと、苦笑した。
「まあいい、俺は先に行くぞ。」
クラースさんの声を聞いて、私もまた歩き始めた。島の中で一番大きな坂を上りきると、そこには白いタイルが地面に敷かれている、広場に辿り着いた。その広場の周りには様々なお店があり、人々で賑わっている。クラースさんによれば、この広場の先を少し行くと、展望所と呼ばれる崖っぷちがあり、そこからは街を一望出来るらしい。私はそこに行く事にした。
太陽の光に照らされた、眩しく輝く白とオレンジの色が散りばめられた街並みや、遠くまで続く青い海の組み合わせが、とっても綺麗だった。私は感激して、またウォッフォンで写真を撮った。遅れてきたリンも、私の隣でその光景を見ると、同じく写真を撮り始めた。
何枚も撮影している時に、ふとクラースさんと目が合った。嬉しそうに微笑んでいた。そうか、自分の故郷を紹介出来て、嬉しいんだと思った。
一通り写真を撮り終えると、我々は広場に戻った。それでも彼がやってこない。数分待って、漸くジェーンが広場に到着した。クラースさんはジェーンの方へ駆け寄り、ジェーンからバッグを受け取り、それを背負って歩き始めた。
「こっちだ。俺の実家に案内する。」
クラースさんは広場のお店とお店の間の狭い道を歩き始めた。私達もその後に続いた。人一人が通れるくらいの狭さで、本当にこれは正規ルートなのかと疑問に思ったが、クラースさんはさも普通だと言わんばかりにスタスタ歩いて行くので、黙って付いて歩いた。
お店とお店の間を通り抜けると、今度は建物の裏側なのか、白い壁と白い壁の間に変化した。それがずっと先まで進んでいる。建物の感覚が、こんなに狭い場所は初めて来た。そしてもう一つの疑問がある。この白い壁には、たまにロープの梯子がかかっているのだ。不思議に思って梯子の先を見ると、そこには扉があった。しかもそのドアのドアノブは通常のドアノブと比較すると、かなり下方に付いているのだ。
もしや梯子を上ったままドアを開けるため?そんな訳ないか……しかし、あれが玄関なのだろうか?いやまさか、裏口だろう。どういうおもてなしか知らないけど、クラースさんは我々を裏口から入れようとしているに違いない。しかし何故?頭の中のハテナが果てしなく広がっていった。
そしてまた右側の白い壁にロープの梯子が現れると、その前でクラースさんが立ち止まった。じっと彼の様子を見ていると、彼は自分のバッグとジェーンのバッグ、それからクーラーボックスを担いだまま梯子を登り、ポケットから鍵を出すと、梯子の上の扉を開けたのだ。
「どうぞ、実家に着いたぞ。中に入れ。」
「え?これは裏口?」
「何言ってるんだ。これが玄関だ。さあ入れ。」
驚く事に、そこがクラースさんの実家への入り口だった……人生とは驚きの連続である。それによくその状態で梯子を登れるなと思った。クラースさんが中に入っていったので、私も続こうとしたが、ふと後ろのリンが気になって様子を見た。ちゃんと付いて来ていたリンは、アゴで私に先に行くように訴えてきたので、私が先に梯子を登ろうとすると、リンは私に彼女のリュックを持たせてきた。
……頑張って二人分の荷物を背負いながら梯子を登り、ドアの中に入った。白い壁の家は内壁も白く、木製の長めのテーブルと椅子が四つあった。壁には油絵で描かれた、青い魚の絵が飾ってあった。私はテーブルの近くにカバンを二つ置いた。リンも入ってきて部屋の中を眺めている。そしてキッチンからクラースさんが戻ってきた。
「何もないところだが、すまんな。一階にベッドがある。以前、俺が使っていたものと、兄が使っていたもの、それと親が使っていたものだ。」
しかし静かだ。時計の針の音もない。誰もいない。リンが私を意味ありげに見つめてくる。きっと同じことを疑問に思っているのだろう。私はクラースさんに聞いた。
「誰も居ないの?」
「ああ、親はとっくに居ないし、兄は帝国の騎士団に属している。ここには当分帰ってきていないようだな。」
「そうだったの……。」
私とリンの顔色を見たクラースさんが優しく微笑んでくれた。
「別に構わん。今の俺には今の俺の仲間が居る。さ、夜まで時間があるからどうだ、何か地元の料理を食べに行かないか?」
クラースさんの言葉に我々は笑顔で頷いた。そう言えば、まだジェーンが到着していない事に気付き、私は家のドアから下の道を覗いてみる事にした。すると少し離れた所で、ジェーンがキョロキョロしながら我々を探していた。
美味しそうな匂いを放つ、クラースさん特製お魚スープをお椀によそっていると、げっそりとした二人が帰って来た。簡易の組み立て椅子に二人を座らせて、お椀に入れたスープを二人に渡した。少しでも飲めたらいいけど、と思った時に、チビチビと二人同時にスープを飲み始めた。
色々あったけど、こうして海の上で美味しいスープをみんなで飲むのは悪くない。シロープ島まで、あとどれくらいで着くだろうかと、遠くの星々に聞いた。
それから一日が過ぎ、もう船の上の生活にも慣れた私は、クラースさんの釣りの手伝いをしていた。リンは海の上の風景に飽きたのか、デッキの淵に座って、ウォッフォンで何かウェブサイトを見ているようだ。あのにやにやした顔は見覚えがある。どうやら恋愛サイトを見ているらしい……。そしてジェーンは気分転換に、デッキブラシを持って、床を掃除していた。
「おお!あれだ!漸くだな!」
突然クラースさんの声が響いたので、船の前方を見ると、水平線上に島の影が現れた。
「やった!やっと着いた!タマラ村!」
「シロープ島だ。」
リンの望みは儚く打ち砕かれた。言葉を無くした彼女の隣に来たジェーンが、デッキブラシを近くに立て掛けて、ウォッフォンのホログラムで地図を出し、指でなぞりながら言った。
「シロープ島の先、単純計算しますと、タマラ村まで船で一日半、更にタマラ村からボルダーハン火山付近のグレン研究所まで、ハウリバー平原をブレイブホースで飛ばしたとしても六時間ですね。」
「あああああ!」と、リンが絶叫しながら膝から崩れ落ちた。私は彼女に言った。
「だから遠いって言ったでしょ、グレン研究所。」
私の言葉にリンは力なく頷いた。
「うん……もう気分で行動しないことにする。もうやだ。」
シロープ島には、クラースさんの船と同じ色合いの船がたくさん停まっていた。白いボディとオレンジの屋根の船が何艘も青い海の上に浮かんでいる。その風景がとても美しかった。その内の一つの船が、我々の船に気付いたのか汽笛を鳴らした。するとそれに気付いた人々が、港に集まり始めた。
クラースさんを知っている漁師の人達が着港を手伝ってくれた。船から降りると皆が皆、シロープ流のハグの挨拶をしてきた。初めて会う人とハグするのは何だか恥ずかしいけれど、彼らの文化なので従う事にした。でも、何だか温かい気がした。
海に囲まれ漁業の盛んなこの島は、坂道が多く、それに合わせて家屋や塀が建てられているので、何だかこの島全体が要塞のような感じがした。しかし島に存在する建物の壁は、全て白で統一されていて、屋根はオレンジだった。
とてもおしゃれな街の風景に、思わずウォッフォンで何枚を写真を撮ってしまった。私達以外にもシロープ島を観光目的で訪れている人も多く、彼らは白とオレンジ色のリゾートシャツを着て楽しそうに歩いている。また今度、次は観光で訪れたいと、少し思った。
お魚の入ったクーラーボックスを担いだクラースさんは、どんどん坂を登っていく。すると、後ろの二人が遅れ始めた。
「待って~……待って~……」
リンのか細い声が聞こえる。話せるだけいい。その隣の男は歩くので精一杯である。立ち止まったクラースさんが振り返り、笑いながら言った。
「そんなんで、この先どうする。この島の後は、あの火山地帯に行くんだ。足腰を鍛えろ。早く来い。」
リンは目を閉じて、ゾンビのように歩きながら言った。
「私はね~……あなた方みたく~……体力がね~……」
まだ歩いて話せるだけいい。その隣の男は、もう立ち止まって膝に手をついている。
「ジェーン!……ふふ、しんどそうだけど大丈夫?」
私が笑いを含みながら話しかけると、膝に手をついて、肩で呼吸しているジェーンが、片手を挙げて合図をした。その時に、彼のそばを通りかかった現地のおばさまやお姉様達が、彼を見つけてはキラキラした目で見つめていた。何処に行ってもそれは本当に変わらないんだと、苦笑した。
「まあいい、俺は先に行くぞ。」
クラースさんの声を聞いて、私もまた歩き始めた。島の中で一番大きな坂を上りきると、そこには白いタイルが地面に敷かれている、広場に辿り着いた。その広場の周りには様々なお店があり、人々で賑わっている。クラースさんによれば、この広場の先を少し行くと、展望所と呼ばれる崖っぷちがあり、そこからは街を一望出来るらしい。私はそこに行く事にした。
太陽の光に照らされた、眩しく輝く白とオレンジの色が散りばめられた街並みや、遠くまで続く青い海の組み合わせが、とっても綺麗だった。私は感激して、またウォッフォンで写真を撮った。遅れてきたリンも、私の隣でその光景を見ると、同じく写真を撮り始めた。
何枚も撮影している時に、ふとクラースさんと目が合った。嬉しそうに微笑んでいた。そうか、自分の故郷を紹介出来て、嬉しいんだと思った。
一通り写真を撮り終えると、我々は広場に戻った。それでも彼がやってこない。数分待って、漸くジェーンが広場に到着した。クラースさんはジェーンの方へ駆け寄り、ジェーンからバッグを受け取り、それを背負って歩き始めた。
「こっちだ。俺の実家に案内する。」
クラースさんは広場のお店とお店の間の狭い道を歩き始めた。私達もその後に続いた。人一人が通れるくらいの狭さで、本当にこれは正規ルートなのかと疑問に思ったが、クラースさんはさも普通だと言わんばかりにスタスタ歩いて行くので、黙って付いて歩いた。
お店とお店の間を通り抜けると、今度は建物の裏側なのか、白い壁と白い壁の間に変化した。それがずっと先まで進んでいる。建物の感覚が、こんなに狭い場所は初めて来た。そしてもう一つの疑問がある。この白い壁には、たまにロープの梯子がかかっているのだ。不思議に思って梯子の先を見ると、そこには扉があった。しかもそのドアのドアノブは通常のドアノブと比較すると、かなり下方に付いているのだ。
もしや梯子を上ったままドアを開けるため?そんな訳ないか……しかし、あれが玄関なのだろうか?いやまさか、裏口だろう。どういうおもてなしか知らないけど、クラースさんは我々を裏口から入れようとしているに違いない。しかし何故?頭の中のハテナが果てしなく広がっていった。
そしてまた右側の白い壁にロープの梯子が現れると、その前でクラースさんが立ち止まった。じっと彼の様子を見ていると、彼は自分のバッグとジェーンのバッグ、それからクーラーボックスを担いだまま梯子を登り、ポケットから鍵を出すと、梯子の上の扉を開けたのだ。
「どうぞ、実家に着いたぞ。中に入れ。」
「え?これは裏口?」
「何言ってるんだ。これが玄関だ。さあ入れ。」
驚く事に、そこがクラースさんの実家への入り口だった……人生とは驚きの連続である。それによくその状態で梯子を登れるなと思った。クラースさんが中に入っていったので、私も続こうとしたが、ふと後ろのリンが気になって様子を見た。ちゃんと付いて来ていたリンは、アゴで私に先に行くように訴えてきたので、私が先に梯子を登ろうとすると、リンは私に彼女のリュックを持たせてきた。
……頑張って二人分の荷物を背負いながら梯子を登り、ドアの中に入った。白い壁の家は内壁も白く、木製の長めのテーブルと椅子が四つあった。壁には油絵で描かれた、青い魚の絵が飾ってあった。私はテーブルの近くにカバンを二つ置いた。リンも入ってきて部屋の中を眺めている。そしてキッチンからクラースさんが戻ってきた。
「何もないところだが、すまんな。一階にベッドがある。以前、俺が使っていたものと、兄が使っていたもの、それと親が使っていたものだ。」
しかし静かだ。時計の針の音もない。誰もいない。リンが私を意味ありげに見つめてくる。きっと同じことを疑問に思っているのだろう。私はクラースさんに聞いた。
「誰も居ないの?」
「ああ、親はとっくに居ないし、兄は帝国の騎士団に属している。ここには当分帰ってきていないようだな。」
「そうだったの……。」
私とリンの顔色を見たクラースさんが優しく微笑んでくれた。
「別に構わん。今の俺には今の俺の仲間が居る。さ、夜まで時間があるからどうだ、何か地元の料理を食べに行かないか?」
クラースさんの言葉に我々は笑顔で頷いた。そう言えば、まだジェーンが到着していない事に気付き、私は家のドアから下の道を覗いてみる事にした。すると少し離れた所で、ジェーンがキョロキョロしながら我々を探していた。
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