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混沌たるクラースの船編
60 リンのコスメ作戦
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シロープの食堂からの帰りに、わたくしリンは、わざと食堂に忘れ物をしたと嘘をついて、地酒を購入し・ま・し・た。そしてその日の夜、キリーがベッドで寝たのを確認してから、バッグからボトルを取り出してグビッと飲んで、ぼんやりと膝の上のPCを眺めていた。
さっきは私の航海日誌とポータルが、火を吹いたわ。きっとアリスとケイト先生はおうちで、ジェーンが既婚であることを話題にしてるに違いない。
はあ。思ったよりも、あの二人の状況が悪いけど、チームイエスとして何か作戦を練らないといけないわ。そうだ、アリスにチャットを送って作戦会議をすることにした。しかしアリスから返事は無かった。もしかしたら今、深夜二時だから寝てるのかも。
「はあ……。」
ため息をついて、隣のベッドを見た。花柄の布団の中で、私の可愛いボスが寝息を立てている。この顔を毎日のように見る事が出来るのに、ジェーンはどうとも思わないのだろうか。
ああ、なるほど。色気だな。彼女には色気が足りない。私みたいにメイクをすれば、多少なりとも大人の雰囲気を出せるのに、そう言えばキリーはメイクしないな。
私はもう一度だけ酒を飲んで、それをバッグにしまい、バッグからポーチを取り出して、キリーのベッドのそばに座った。試しにトントンと肩を叩いたけど、一瞬も起きなかった。
よしよし、私はポーチからチークを取り出して、キリーの頬に優しく塗った。そうよ、そうそう。もう既に誰かの物なら、略奪すればいいのよ。唇にはグロスを塗った。これは今流行りのサンライズレッドという派手な赤色のグロスだから、きっとエキゾチックな顔つきのキリーにも似合うはず。
ほらほら似合った。段々と色気が出てきたぞ。私は満足げに、ほくそ笑んだ。更にマスカラで、まつ毛をギュンと伸ばし、アイライン、シャドーも入れて、眉毛もちょっと整えてあげた。これはいい、ほうら美人だ。
「ヒッヒッヒ……」
明日の朝が楽しみだ。これほど朝日を待ち遠しく思ったことは無い。明日の朝のキリーの顔を見たらもう、ジェーンは絶対に恋に落ちるだろう。興奮したまま布団に入り、翌日の朝を待った。
いつの間にか眠っていた私は、誰かに体を揺さぶられ、目を覚ました。目の前にいるのは誰だろう、見たことのない美人だった。ああ、キリーだ。
「おはようキリー!」
「お、おはよう……もう朝だよ。いい匂いがするから、クラースさんが朝ごはん作ってくれてるのかも。そろそろリビングに行こう?」
「うん、いいよ!」
しめしめ、彼女は自分がムービースターばりの美人になっていることに気付いていないようだ……笑いを必死に堪えてキリーに付いて行く。ここは一階だったので、リビングのある二階に向かい、階段を上がって行く。
階段の中腹辺りで、顔を引き締めて真顔を作った。ここで、にやけてたら犯人がバレてしまう。リビングに着くと、テーブルのところにジェーンが座って、何か本を読んでいた。よしよし、キリーが挨拶をすれば、あとはレシピの完成だ。
「おはようジェーン。」
「おはようございます。」
と、ジェーンが反応したが、あろうことかジェーンは本を読んだまま、そう答えたのだった。キリーもそれが普通なのか、その事についてスルーしてしまった。
そんな熟年夫婦のような展開は求めていない!更にキリーは、クラースさんがいるであろうキッチンに向かおうとしている。それはダメよ!最初に見るのはジェーンじゃないと!私は急いで走って、キリーの前に立ちはだかった。キリーは驚いた顔をした。
「な、なに?」
「……えっと、えっと。」
やばい。何も思いつかない。何か……何か!
「あ、あのね。なんていうか、テーブルに座って話そ?」
「でもクラースさんに挨拶してないよ、まだ。」
私はキリーの背中を押して、テーブルの方へと向かった。
「いいから、いいから。座ろう。クラースさんは、そのうち来るから。」
ええ?でも?と繰り返すキリーを無理やり座らせる事に成功した私は、満足げにため息をついた。するとジェーンが本を閉じて、私を見た。
「何を企んでいますか、リン。」
「あ、おはようジェーン。」
「……おはようございます。それで何をお考えですか?」
「別に、何も?考えすぎじゃない?」
ふん、と鼻で笑ったジェーンが、また本を読もうとページを開いた。また読むのか……と残念に思った瞬間、彼が一瞬だけ、キリーの顔をチラッと見たのだ!
しかも一度本に視線を戻しては、またキリーの顔を見るという、所謂二度見をしたのだ!あまりにも面白すぎて、笑いを必死に堪えていると、喉がひっくり返りそうになった。当の本人は、何も気付いておらず、じっとジェーンの本を覗いている。
「ねえジェーン、それは何の本なの?」
「……。」
「ジェーン?」
「え?あ、ああ……これは……リン、後で話があります。」
え。何でこのタイミングで、お叱りの確定通知を受け取らないといけないんだろう。ジェーンはキリーを変身させた犯人が誰かお分かりなのか、私を睨んでいる。でも面白かったから、いいけどね。
「へえ~珍しいタイトルの本だね。小説?」
「キルディア、先程の発言は、本のタイトルではありません……これはタージュから借りた、バイオ燃料の作成方法を記した本です。はあ、全く……しかしキルディア、今朝のあなた、んん、」
ジェーンが照れた様子で、チラチラとキリーを見て、何か話そうとした。だがその時に、お鍋を両手で持ったクラースさんが、テーブルに来てしまった。ああ、良いとこだったのに!
「おはよう、みんな!今朝は昨日釣った魚で、スパイス鍋を作ったんだ!少し辛いが、やみつきになるぞ~!……お?キリーどうした?」
鍋を置いたクラースさんが、キリーの顔をじっと見つめた。やばい。
「え?何が?」
「キルディア、素敵です。」
「え?え?」
「ああ、そうだな、今朝は素敵だ。」
「私の意味は、その程度ではありません。まあ、鍋を食べましょうか。」
「え?何の話?」
ちょっと待って、情報量が多すぎる。ジェーンめ、どさくさに紛れて、キリーを褒めるなんてやってくれる。少し悔しいと思っていると、キリーがポケットからコンパクトミラーを出して、自分の顔を見てしまった。
「あ!何これ!いつの間に?え?私こんなにメイク出来ないんだけど?」
混乱してる……。
「……これ、リンと同じグロスじゃない?これ、リンと同じシャドーじゃない?これやったのリンじゃない!?マスカラまで付いてる!」
「……別に良いじゃん。」
キリーに肩をベシッと叩かれてしまった。しかし私はそれでも嬉しかった。何故なら、キリーが私にベラベラとお叱りをしていても、クラースさんがそれを「まあまあ」と宥めながらスープを器によそっていても、ジェーンがじっとキリーのことを、これでもかと言わんばかりに見つめていたからだ。しかもいつもの真顔で。それが面白くて笑うと、またキリーにベシッと叩かれた。
「聞いてる!?なんで私が寝てる間に、こんなことしたの?」
「だって別に良いじゃん。まあまあ、食べようよ。旅は長いからね~。」
何とかキリーを宥めようとした。しかしキリーが、ジェーンとクラースさんにジロジロ見られていることに気付いて、恥ずかしさを感じたのか、洗面所に逃げてしまった。帰ってきた時には、キリーはいつものキリーに戻ってしまっていた。
食事の後、ちょっとしてから我々はクラースさんの船に乗った。ああ、また海上での生活が始まる。この複雑な人間関係を乗せて。
少し経ってから、クラースさんが船の操縦をオートに切り替えて、早速釣りを始めた。私も外に出て風を感じていると、キリーとジェーンが位置測定機能の実験をして、きゃっきゃっ楽しんでいた……ように見えた。
我々を乗せた船は、この大海原を進んで行くのであった。
さっきは私の航海日誌とポータルが、火を吹いたわ。きっとアリスとケイト先生はおうちで、ジェーンが既婚であることを話題にしてるに違いない。
はあ。思ったよりも、あの二人の状況が悪いけど、チームイエスとして何か作戦を練らないといけないわ。そうだ、アリスにチャットを送って作戦会議をすることにした。しかしアリスから返事は無かった。もしかしたら今、深夜二時だから寝てるのかも。
「はあ……。」
ため息をついて、隣のベッドを見た。花柄の布団の中で、私の可愛いボスが寝息を立てている。この顔を毎日のように見る事が出来るのに、ジェーンはどうとも思わないのだろうか。
ああ、なるほど。色気だな。彼女には色気が足りない。私みたいにメイクをすれば、多少なりとも大人の雰囲気を出せるのに、そう言えばキリーはメイクしないな。
私はもう一度だけ酒を飲んで、それをバッグにしまい、バッグからポーチを取り出して、キリーのベッドのそばに座った。試しにトントンと肩を叩いたけど、一瞬も起きなかった。
よしよし、私はポーチからチークを取り出して、キリーの頬に優しく塗った。そうよ、そうそう。もう既に誰かの物なら、略奪すればいいのよ。唇にはグロスを塗った。これは今流行りのサンライズレッドという派手な赤色のグロスだから、きっとエキゾチックな顔つきのキリーにも似合うはず。
ほらほら似合った。段々と色気が出てきたぞ。私は満足げに、ほくそ笑んだ。更にマスカラで、まつ毛をギュンと伸ばし、アイライン、シャドーも入れて、眉毛もちょっと整えてあげた。これはいい、ほうら美人だ。
「ヒッヒッヒ……」
明日の朝が楽しみだ。これほど朝日を待ち遠しく思ったことは無い。明日の朝のキリーの顔を見たらもう、ジェーンは絶対に恋に落ちるだろう。興奮したまま布団に入り、翌日の朝を待った。
いつの間にか眠っていた私は、誰かに体を揺さぶられ、目を覚ました。目の前にいるのは誰だろう、見たことのない美人だった。ああ、キリーだ。
「おはようキリー!」
「お、おはよう……もう朝だよ。いい匂いがするから、クラースさんが朝ごはん作ってくれてるのかも。そろそろリビングに行こう?」
「うん、いいよ!」
しめしめ、彼女は自分がムービースターばりの美人になっていることに気付いていないようだ……笑いを必死に堪えてキリーに付いて行く。ここは一階だったので、リビングのある二階に向かい、階段を上がって行く。
階段の中腹辺りで、顔を引き締めて真顔を作った。ここで、にやけてたら犯人がバレてしまう。リビングに着くと、テーブルのところにジェーンが座って、何か本を読んでいた。よしよし、キリーが挨拶をすれば、あとはレシピの完成だ。
「おはようジェーン。」
「おはようございます。」
と、ジェーンが反応したが、あろうことかジェーンは本を読んだまま、そう答えたのだった。キリーもそれが普通なのか、その事についてスルーしてしまった。
そんな熟年夫婦のような展開は求めていない!更にキリーは、クラースさんがいるであろうキッチンに向かおうとしている。それはダメよ!最初に見るのはジェーンじゃないと!私は急いで走って、キリーの前に立ちはだかった。キリーは驚いた顔をした。
「な、なに?」
「……えっと、えっと。」
やばい。何も思いつかない。何か……何か!
「あ、あのね。なんていうか、テーブルに座って話そ?」
「でもクラースさんに挨拶してないよ、まだ。」
私はキリーの背中を押して、テーブルの方へと向かった。
「いいから、いいから。座ろう。クラースさんは、そのうち来るから。」
ええ?でも?と繰り返すキリーを無理やり座らせる事に成功した私は、満足げにため息をついた。するとジェーンが本を閉じて、私を見た。
「何を企んでいますか、リン。」
「あ、おはようジェーン。」
「……おはようございます。それで何をお考えですか?」
「別に、何も?考えすぎじゃない?」
ふん、と鼻で笑ったジェーンが、また本を読もうとページを開いた。また読むのか……と残念に思った瞬間、彼が一瞬だけ、キリーの顔をチラッと見たのだ!
しかも一度本に視線を戻しては、またキリーの顔を見るという、所謂二度見をしたのだ!あまりにも面白すぎて、笑いを必死に堪えていると、喉がひっくり返りそうになった。当の本人は、何も気付いておらず、じっとジェーンの本を覗いている。
「ねえジェーン、それは何の本なの?」
「……。」
「ジェーン?」
「え?あ、ああ……これは……リン、後で話があります。」
え。何でこのタイミングで、お叱りの確定通知を受け取らないといけないんだろう。ジェーンはキリーを変身させた犯人が誰かお分かりなのか、私を睨んでいる。でも面白かったから、いいけどね。
「へえ~珍しいタイトルの本だね。小説?」
「キルディア、先程の発言は、本のタイトルではありません……これはタージュから借りた、バイオ燃料の作成方法を記した本です。はあ、全く……しかしキルディア、今朝のあなた、んん、」
ジェーンが照れた様子で、チラチラとキリーを見て、何か話そうとした。だがその時に、お鍋を両手で持ったクラースさんが、テーブルに来てしまった。ああ、良いとこだったのに!
「おはよう、みんな!今朝は昨日釣った魚で、スパイス鍋を作ったんだ!少し辛いが、やみつきになるぞ~!……お?キリーどうした?」
鍋を置いたクラースさんが、キリーの顔をじっと見つめた。やばい。
「え?何が?」
「キルディア、素敵です。」
「え?え?」
「ああ、そうだな、今朝は素敵だ。」
「私の意味は、その程度ではありません。まあ、鍋を食べましょうか。」
「え?何の話?」
ちょっと待って、情報量が多すぎる。ジェーンめ、どさくさに紛れて、キリーを褒めるなんてやってくれる。少し悔しいと思っていると、キリーがポケットからコンパクトミラーを出して、自分の顔を見てしまった。
「あ!何これ!いつの間に?え?私こんなにメイク出来ないんだけど?」
混乱してる……。
「……これ、リンと同じグロスじゃない?これ、リンと同じシャドーじゃない?これやったのリンじゃない!?マスカラまで付いてる!」
「……別に良いじゃん。」
キリーに肩をベシッと叩かれてしまった。しかし私はそれでも嬉しかった。何故なら、キリーが私にベラベラとお叱りをしていても、クラースさんがそれを「まあまあ」と宥めながらスープを器によそっていても、ジェーンがじっとキリーのことを、これでもかと言わんばかりに見つめていたからだ。しかもいつもの真顔で。それが面白くて笑うと、またキリーにベシッと叩かれた。
「聞いてる!?なんで私が寝てる間に、こんなことしたの?」
「だって別に良いじゃん。まあまあ、食べようよ。旅は長いからね~。」
何とかキリーを宥めようとした。しかしキリーが、ジェーンとクラースさんにジロジロ見られていることに気付いて、恥ずかしさを感じたのか、洗面所に逃げてしまった。帰ってきた時には、キリーはいつものキリーに戻ってしまっていた。
食事の後、ちょっとしてから我々はクラースさんの船に乗った。ああ、また海上での生活が始まる。この複雑な人間関係を乗せて。
少し経ってから、クラースさんが船の操縦をオートに切り替えて、早速釣りを始めた。私も外に出て風を感じていると、キリーとジェーンが位置測定機能の実験をして、きゃっきゃっ楽しんでいた……ように見えた。
我々を乗せた船は、この大海原を進んで行くのであった。
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