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15 凍りついた心
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「おちょくるにしては随分と陰湿なやり方じゃないか?」
イオリがシードロヴァを睨んだ。シードロヴァは笑うのをやめて、さっきまでの無表情を取り戻した。
「陰湿なのでしょうね。私は。」
「だが、フォレスト大佐の推理を早く知れて良かったよ。いつもいつもバタバタと忙しい割には、報告書を読んで、仕事熱心なことだ。」
「まあ、私くらいの地位になると通常はそう言った事件の報告書を目にすることはありません。しかし今回は容疑者があなたでしたので、大佐が特別に私に報告をしました。胸を躍らせましたよ、とうとうこの無意味な時間ともおさらばかと喜んだのですが……残念です。」
「ああそう……。」
イオリが困った様子で頭をかいた。さっきから思うんだけど、よくこの人と幼なじみでいられるもんだ。止まらぬ皮肉のオンパレードに私が苦笑いしている間、ここには気まずい沈黙が流れた。
そしてイオリが、ソファに深く座ってため息をついてから、彼に聞いた。
「それで?折角だから君のことを聞かせてくれ。魔工学に関する話でも、生活の話題でも、好きな人の話でも何でもいい。」
「……。」
こういう人って、恋に落ちたりするんだろうか。私はつい気になって、シードロヴァに聞いた。
「好きな人いる?」
「あなたは、殆ど寡黙ですね。女性にしては珍しい。幼い頃から余程、威圧的な教育を受けたのでしょうか?」
質問返しされた……やっぱり話しかけないほうが良かったとまた苦笑いした。私の困った顔を見て気を使ったのか、シードロヴァがかけている眼鏡を中指で押し上げて、それから答えた。
「……恋というものが、私の胸に芽生えたことは一度もありません。強いて言うなら、私は魔工学を愛している。人間よりも確実な成果を私に与えてくれる。」
「ロボットが好き?」
「ええ。とても好きですよ。」
「へえ」とイオリが言った。「珍しいものだ。君が誰かの質問に素直に答えるなんて。そうだ、最近の研究があったよな、確か……。」
「時空間歪曲機ですか?」
私は聞いた。
「何それ?」
するとシードロヴァは目も合わせず、何も答えなかった。イオリが彼の肩をポンと叩いて、彼に言った。
「俺から説明しろと言うのは少し残酷な話だ。リアに説明してあげて。」
「……了解しました。時空間歪曲機は、所謂タイムマシンです。」
「え?」
「タイムマシンです。一瞬で過去や未来に飛ぶことの出来る、そういう機械です。」
「まあそれは知ってる……けど。」
タイムマシン作ってるの?この人。そんなこと出来たらノアズはもうやりたい放題なんじゃないの?事件が起きる前に飛んで犯人を止めればいいし、オリオンカンパニーが発生する前に飛べば、その巨大で邪悪な組織自体を滅ぼせる。
私は彼に聞いた。小さい声になった。
「つ、作れるの?」
「私の頭では簡単に作れはしません。ですから時間がかかっている。他の依頼された機械はすんなりと設計出来るのに、こればかりは。……ですから、時間が無いのです。生きている間に完成させたい。今まで犠牲にした何十という生物のためにも。」
イオリが彼に聞いた。
「となると実験は最終段階に入っているのか?ああ、君が生物を使って実験する度に、それが世界に拡散されて、ノアズの職員がもみけすのに労力を払う。そして少佐や研究員が君には直接言えないから俺にその不満をぶちまける。」
「ああ、それは大変ですね。それが嫌だというのなら、あなたも私のように研究に没頭してはいかがでしょうか?実力さえあれば、この世界で権力を持つことは容易い。」
なんかこの人どうにかならないんだろうか。それにしても全然彼の表情は動かない。こんな美人でも心が凍ったりするんだなぁと私は彼を見つめた。シードロヴァは腕時計に目を配った。早く終わらせたいらしい。
「もう話すことはありません。」
「あ、君にお願いしたいことがある。」
シードロヴァはイオリを見て、首を傾げた。イオリは少し言葉を選んでから、ぼそっと言った。
「リアの住民票を復活させてほしい。」
「それは私ではなく、役所の住民課に依頼すれば宜しいのではありませんか?」
「だから……その、ほら、データ的に。」
「……。」
あは、あはは、とイオリの乾いた笑いが響いている。シードロヴァは少しイオリを見つめてから、答えた。
「成程。彼女には元々住民票が無いということなのですね?学校にも通わず、公共施設は一度も利用したことがない。それは復活と言いますか?」
「復活では無いね……でも頼む、リアのデータを作成してくれたら、そうだな……今後、君がカウンセリングをサボることに関して、俺が協力しよう。」
「ほお。」
その交換条件が気に入ったのか、シードロヴァは腕を組んで座り直して、イオリをじっと見つめた。
「役所を通さないID作成は違法ですが。」
「ああ、知っている。でも作成したのが君なら、違法じゃ無い。それも知ってる。」
「成程。」
「ID無いとダメなのかな。」
私のふとした質問にイオリは顔を引きつらせて、シードロヴァは私を見ないで答えた。
「IDが無ければ魔力認証も公共機関も使えません。魔力認証がなければ、ノアフォンで代金の支払いも出来ず、魔銃のリロードも出来ず、車も運転出来ない。自宅のドアにロックをかけることさえ不可能だ。フーリガンオリオンカンパニーの人間でさえ、脱獄したIDを使用している。この世のすべての人間が使用しているのに、一体あなたはここまでどうやって生きてきたのです?」
イオリがゲッとした顔をした。私は咄嗟に答えた。
「森の中で生活してた。モンスターの肉食べた。イオリと出会って、イオリが家に置いてくれるから、リアのID欲しい。ID必要なの知らなかった。」
はぁ、とため息をついたシードロヴァが立ち上がり、イオリも合わせて立ち上がった。シードロヴァはドアに向かって歩きながら言った。
「リア、あなたの事情までは詳しく知りたくはありません。IDに関しては、遅くても今夜には作成します。」
「シードロヴァ!」
「何です?」と、彼がドアの取手を掴んだまま振り返った。イオリが彼に聞いた。
「……馬鹿げた質問を許して欲しい。」
「構いませんが。」
「人を生き返らす方法って、あるか?」
え。
私の為に聞いてくれたの?
そうなの?
「中々面白い質問ですが、その方法があれば、ポーションや病院はたちまち必要ではなくなる。幾ら私でも、人を瞬時に蘇生する方法は思いつきません。死体のセルラインを再構築すれば或は……いや、極めて難しい問題だ。それに私には時間がない。イオリ、時空間歪曲機は私にとって、この人生で達成しなければならない目的です。何者にも邪魔されたくはない。その研究に着手する余裕はありません。」
「分かっている、分かっているよ。君がそれだけ情熱を持っているのなら、俺だって邪魔したくはない。」
「それは有難い。……だが、」
「だが?」
「逆の方法ならすぐに思いつきます。これは私の個人的な研究です。痕跡を残さずに人を殺す方法をつい先日作り上げました。」
「どんな?」
つい私は聞いてしまった。だって本職に関することだし、興味があったからだ。シードロヴァは腕を組んで私を見た。その瞳は冷酷な、温かさのかけらもない目だった。
「飴です。そのレモン味の飴に似た機械を飲ませるだけで、相手はたちまち動かなくなる。スッと眠るように死んでしまう。それを設計しました。量産が出来ないのが難点ですが。」
「な、何の為に?」
イオリが慄きながら聞いた。シードロヴァはさも当たり前かのように答えた。
「ノアズの為です。それ以外に何が?」
「……そうか。それなら」
良かった、とイオリが言う前に、シードロヴァは颯爽とドアから出て言ってしまった。
イオリがシードロヴァを睨んだ。シードロヴァは笑うのをやめて、さっきまでの無表情を取り戻した。
「陰湿なのでしょうね。私は。」
「だが、フォレスト大佐の推理を早く知れて良かったよ。いつもいつもバタバタと忙しい割には、報告書を読んで、仕事熱心なことだ。」
「まあ、私くらいの地位になると通常はそう言った事件の報告書を目にすることはありません。しかし今回は容疑者があなたでしたので、大佐が特別に私に報告をしました。胸を躍らせましたよ、とうとうこの無意味な時間ともおさらばかと喜んだのですが……残念です。」
「ああそう……。」
イオリが困った様子で頭をかいた。さっきから思うんだけど、よくこの人と幼なじみでいられるもんだ。止まらぬ皮肉のオンパレードに私が苦笑いしている間、ここには気まずい沈黙が流れた。
そしてイオリが、ソファに深く座ってため息をついてから、彼に聞いた。
「それで?折角だから君のことを聞かせてくれ。魔工学に関する話でも、生活の話題でも、好きな人の話でも何でもいい。」
「……。」
こういう人って、恋に落ちたりするんだろうか。私はつい気になって、シードロヴァに聞いた。
「好きな人いる?」
「あなたは、殆ど寡黙ですね。女性にしては珍しい。幼い頃から余程、威圧的な教育を受けたのでしょうか?」
質問返しされた……やっぱり話しかけないほうが良かったとまた苦笑いした。私の困った顔を見て気を使ったのか、シードロヴァがかけている眼鏡を中指で押し上げて、それから答えた。
「……恋というものが、私の胸に芽生えたことは一度もありません。強いて言うなら、私は魔工学を愛している。人間よりも確実な成果を私に与えてくれる。」
「ロボットが好き?」
「ええ。とても好きですよ。」
「へえ」とイオリが言った。「珍しいものだ。君が誰かの質問に素直に答えるなんて。そうだ、最近の研究があったよな、確か……。」
「時空間歪曲機ですか?」
私は聞いた。
「何それ?」
するとシードロヴァは目も合わせず、何も答えなかった。イオリが彼の肩をポンと叩いて、彼に言った。
「俺から説明しろと言うのは少し残酷な話だ。リアに説明してあげて。」
「……了解しました。時空間歪曲機は、所謂タイムマシンです。」
「え?」
「タイムマシンです。一瞬で過去や未来に飛ぶことの出来る、そういう機械です。」
「まあそれは知ってる……けど。」
タイムマシン作ってるの?この人。そんなこと出来たらノアズはもうやりたい放題なんじゃないの?事件が起きる前に飛んで犯人を止めればいいし、オリオンカンパニーが発生する前に飛べば、その巨大で邪悪な組織自体を滅ぼせる。
私は彼に聞いた。小さい声になった。
「つ、作れるの?」
「私の頭では簡単に作れはしません。ですから時間がかかっている。他の依頼された機械はすんなりと設計出来るのに、こればかりは。……ですから、時間が無いのです。生きている間に完成させたい。今まで犠牲にした何十という生物のためにも。」
イオリが彼に聞いた。
「となると実験は最終段階に入っているのか?ああ、君が生物を使って実験する度に、それが世界に拡散されて、ノアズの職員がもみけすのに労力を払う。そして少佐や研究員が君には直接言えないから俺にその不満をぶちまける。」
「ああ、それは大変ですね。それが嫌だというのなら、あなたも私のように研究に没頭してはいかがでしょうか?実力さえあれば、この世界で権力を持つことは容易い。」
なんかこの人どうにかならないんだろうか。それにしても全然彼の表情は動かない。こんな美人でも心が凍ったりするんだなぁと私は彼を見つめた。シードロヴァは腕時計に目を配った。早く終わらせたいらしい。
「もう話すことはありません。」
「あ、君にお願いしたいことがある。」
シードロヴァはイオリを見て、首を傾げた。イオリは少し言葉を選んでから、ぼそっと言った。
「リアの住民票を復活させてほしい。」
「それは私ではなく、役所の住民課に依頼すれば宜しいのではありませんか?」
「だから……その、ほら、データ的に。」
「……。」
あは、あはは、とイオリの乾いた笑いが響いている。シードロヴァは少しイオリを見つめてから、答えた。
「成程。彼女には元々住民票が無いということなのですね?学校にも通わず、公共施設は一度も利用したことがない。それは復活と言いますか?」
「復活では無いね……でも頼む、リアのデータを作成してくれたら、そうだな……今後、君がカウンセリングをサボることに関して、俺が協力しよう。」
「ほお。」
その交換条件が気に入ったのか、シードロヴァは腕を組んで座り直して、イオリをじっと見つめた。
「役所を通さないID作成は違法ですが。」
「ああ、知っている。でも作成したのが君なら、違法じゃ無い。それも知ってる。」
「成程。」
「ID無いとダメなのかな。」
私のふとした質問にイオリは顔を引きつらせて、シードロヴァは私を見ないで答えた。
「IDが無ければ魔力認証も公共機関も使えません。魔力認証がなければ、ノアフォンで代金の支払いも出来ず、魔銃のリロードも出来ず、車も運転出来ない。自宅のドアにロックをかけることさえ不可能だ。フーリガンオリオンカンパニーの人間でさえ、脱獄したIDを使用している。この世のすべての人間が使用しているのに、一体あなたはここまでどうやって生きてきたのです?」
イオリがゲッとした顔をした。私は咄嗟に答えた。
「森の中で生活してた。モンスターの肉食べた。イオリと出会って、イオリが家に置いてくれるから、リアのID欲しい。ID必要なの知らなかった。」
はぁ、とため息をついたシードロヴァが立ち上がり、イオリも合わせて立ち上がった。シードロヴァはドアに向かって歩きながら言った。
「リア、あなたの事情までは詳しく知りたくはありません。IDに関しては、遅くても今夜には作成します。」
「シードロヴァ!」
「何です?」と、彼がドアの取手を掴んだまま振り返った。イオリが彼に聞いた。
「……馬鹿げた質問を許して欲しい。」
「構いませんが。」
「人を生き返らす方法って、あるか?」
え。
私の為に聞いてくれたの?
そうなの?
「中々面白い質問ですが、その方法があれば、ポーションや病院はたちまち必要ではなくなる。幾ら私でも、人を瞬時に蘇生する方法は思いつきません。死体のセルラインを再構築すれば或は……いや、極めて難しい問題だ。それに私には時間がない。イオリ、時空間歪曲機は私にとって、この人生で達成しなければならない目的です。何者にも邪魔されたくはない。その研究に着手する余裕はありません。」
「分かっている、分かっているよ。君がそれだけ情熱を持っているのなら、俺だって邪魔したくはない。」
「それは有難い。……だが、」
「だが?」
「逆の方法ならすぐに思いつきます。これは私の個人的な研究です。痕跡を残さずに人を殺す方法をつい先日作り上げました。」
「どんな?」
つい私は聞いてしまった。だって本職に関することだし、興味があったからだ。シードロヴァは腕を組んで私を見た。その瞳は冷酷な、温かさのかけらもない目だった。
「飴です。そのレモン味の飴に似た機械を飲ませるだけで、相手はたちまち動かなくなる。スッと眠るように死んでしまう。それを設計しました。量産が出来ないのが難点ですが。」
「な、何の為に?」
イオリが慄きながら聞いた。シードロヴァはさも当たり前かのように答えた。
「ノアズの為です。それ以外に何が?」
「……そうか。それなら」
良かった、とイオリが言う前に、シードロヴァは颯爽とドアから出て言ってしまった。
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